生仁城跡(読み)なまにじようあと

日本歴史地名大系 「生仁城跡」の解説

生仁城跡
なまにじようあと

[現在地名]更埴市雨の宮

村の東端にあって、東西一三〇メートル、南北一〇〇メートルの堀に囲まれる。堀幅は約一三メートルあり現在は水田になっている。村民は生身大和守の居館跡と伝え、また方六〇メートルほどの畑を字堀内と称している。

至徳四年(一三八七)村上頼国・小笠原清順・高梨朝高・長沼太郎らが信濃守護代二宮氏泰を平芝ひらしば(現長野市安茂里あもりの守護所に攻めたり、水内みのち漆田うるしだ(現長野市芹田)で戦った。その時市河頼房は二宮氏に味方して戦い、生仁城で連合軍を破っている。「就中所々御在陣并至生仁城没落期、致忠節条、御見知上者、賜御証判、為備後代亀鏡」とあって二宮氏の承了を得ている(「市川頼房軍忠状」市河文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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