ある特定の物質が,外囲環境より高濃度となるように,生物の体内に選択的に蓄積されている現象,およびその過程をいう。海水中にはほとんど検出されないほど低濃度にしか存在しないバナジウムが,海産動物のホヤの体内に濃縮されている例は,元素の生物濃縮の好例として1910年代にすでに動物学の教科書に記載されていた。水産業では,銅の蓄積によりカキが緑化し,食用にならなくなることも早くから知られた例である。生物濃縮される物質は,生体を構成する炭素,窒素,リンなどをはじめとするあらゆる元素といえるが,生物の種類や体の器官・組織などでもその濃縮の度合は異なる。生物濃縮の度合を示す指標としては,生物体内の濃度CBと外囲環境中の濃度CWとの比CB/CWを用いる。これは濃縮係数と呼ばれ,初めは放射性物質による汚染にともなう水産生物の汚染の程度を示すのに使われたが,現在では問題となるすべての物質について一般的に用いられるようになった。生物濃縮の経路としては,水生生物では,体表やえらから直接吸収される場合と,摂食により餌として体内にとり込まれる場合とがある。陸上生物では,大気から肺などを通じて直接吸収されることもあるが,食物を通じてとり込まれる場合が圧倒的に多い。こうした食う・食われるの関係(食物連鎖)を通じて生物濃縮が起こることは,不幸にして人間が環境に排出した有害物質によって実証された。図に濃縮の過程を示したDDTやBHC,ディルドリンなどの有機塩素系殺虫剤,PCB(ポリ塩化ビフェニル)などの難分解性有毒物質,カドミウムや水銀などの重金属,原子力発電所などから排出される放射性物質などは深刻な社会問題となった。とくに熊本県の水俣湾や新潟県の阿賀野川における工場排水中のメチル水銀の食物連鎖を通じての魚貝への生物濃縮は,水俣病裁判において実証された。これらの事実を考慮すると,有害物質の環境への排出が低濃度であっても,危険な場合があるということを認識すべきである。
執筆者:林 秀剛
放射性物質が大規模に環境中に放出され,それを生物が濃縮して放射能汚染の問題が生じたのは,1954年に始まったビキニおよびエニウェトク環礁での水爆実験によってであった。とくに日本では,第五福竜丸の被災とともに,同水域でとったマグロに高度の放射能が検出され,その結果大量の廃棄処分を余儀なくされたビキニマグロ事件は大きな社会的関心をひき,放射性物質による海洋汚染と生物濃縮の研究の端緒となった。環境中で生物に濃縮される放射性核種には,ラジウムやウランのような天然放射性元素と,核爆発や原子力平和利用に伴って生成される人工放射性核種がある。これらの放射性核種の濃縮係数は,核実験で生じた放射性降下物を対象とした野外調査,安定元素を対象とした野外調査および放射性同位体を用いた室内飼育実験によって求められており,水素のように1に近いものから,鉄,亜鉛,マンガンのように魚,軟体動物,海藻で数千~数万に達するものまである。これらの濃縮係数は,原子力施設を沿岸に設置する際の環境影響評価に用いられる。すなわち,施設からの廃液量と核種組成およびその海域の気象海洋学的条件がわかれば,海水中の核種濃度が推定できる。この海水の汚染状況から,そこにすむ生物の汚染がどの程度になるかを予測するのに濃縮係数を用い,生物体の濃度からそれを食品としてとった場合の人間の被曝(ひばく)線量を計算する。また,生物濃縮現象を利用して,生物体を分析することにより,環境中にごく微量にしか存在していない放射性物質の濃度,あるいはその変化の傾向を推定することができる。この目的で使用される生物を指標生物といい,褐藻のホンダワラ,二枚貝のムラサキイガイなどが利用されている。
執筆者:稲葉 次郎
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生体濃縮ともいう.生物が外界から取り込んだ物質を,体内で濃縮,蓄積する現象.食物連鎖などの過程で起こることが多く.重金属や有害な化学物質,放射性物質,さらに環境ホルモンなどの蓄積が懸念されている.水俣病の原因は,有機水銀を生物濃縮した魚を食することによるものであった.近年,PCBやダイオキシン類などの環境ホルモンが,生物に濃縮,蓄積される影響が問題となっており,世界各地から奇形や個体数の減少などが報告されている.一般に,これらの物質はきわめて低い濃度でも環境中から取り込まれ,特定の組織器官に蓄積されることが知られている.たとえば,海水中の銅イオンの濃度は0.001~0.025 g t-1 程度であるが,ミドリガキの体内には,海水濃度の 104~105 倍の銅イオンが存在する.一方で,シダ植物の一種のヘビノネゴザは土壌中のカドミウムを特異的に吸収濃縮することが知られ,金属汚染土壌などの環境浄化への応用も検討されている.
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…ほかの一つは,広く環境を汚染する産業廃棄物や残留農薬が食品に混入するものである。大気汚染,水汚染,土壌汚染などの公害によって,自然環境が汚染され,これら有害物質が農作物に直接吸収されたり,生物濃縮つまり,自然界の食物連鎖によって相対的に高濃度となった有害物質が,魚介類や家畜などに蓄積され,これらを人間が食品として摂取することによって,健康障害がひき起こされる。代表的なものとしては,メチル水銀の水汚染によって,魚介類が汚染されて起こった水俣病や新潟水俣病,鉱山排液に含まれたカドミウムが米を汚染して起こったイタイイタイ病,ヒ素の土壌汚染によって起こった土呂久の慢性ヒ素中毒,残留農薬BHCが農作物に吸収されて起こった有機塩素剤中毒などがある。…
…環境汚染,湖沼や海洋の富栄養化現象も,こうした物質環境系の乱れとみなすことができる。また,公害問題として注目される重金属や有毒物質で見られる生物濃縮の過程も同様な循環系の乱れであろう。 循環する物質の性状と生物の関与の仕方の差で多様な循環が形成される。…
※「生物濃縮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...
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