生駒高俊(読み)いこま たかとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「生駒高俊」の解説

生駒高俊 いこま-たかとし

1611-1659 江戸時代前期の大名
慶長16年生まれ。生駒正俊の子。父の死により元和(げんな)7年11歳で讃岐(さぬき)高松藩主生駒家3代となり,母の父藤堂高虎とその子高次が後見した。家臣間の対立抗争(生駒騒動)がおこり,17万石余の全領地を没収され,寛永17年堪忍料1万石で出羽(でわ)矢島(秋田県)にうつされた。万治(まんじ)2年6月16日死去。49歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の生駒高俊の言及

【生駒騒動】より

…讃岐高松藩生駒氏に起こった御家騒動。1621年(元和7)生駒高俊は幼少にして父正俊の跡をついだ。後見役に外祖父にあたる伊勢津藩主藤堂高虎が命じられた。…

※「生駒高俊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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