田万里村(読み)たまりむら

日本歴史地名大系 「田万里村」の解説

田万里村
たまりむら

[現在地名]竹原市田万里町

賀茂川の支流でほぼ東流する田万里川流域を村域とする。東は賀茂郡竹原西野たけはらにしの村、南は同郡仁賀にか村、北は豊田郡入野にゆうの(現賀茂郡河内町)、西は賀茂郡上三永かみみなが(現東広島市)に接する。豊田郡に属した。

沼田新ぬたしん庄に含まれる地で、仁治四年(一二四三)二月日付の安芸沼田新庄方正検注目録写(小早川家文書)によれば、同二年に「田万里十九町五反半卅歩、除田三丁三反、仏神田一丁四反、人給一丁九反(中略)定田十六丁二反半卅歩、御佃二反三百卅歩、官物田十五丁九反大、所当米卅九石三升八合、公物二十五石二斗九升七合、地頭分十三石七斗四升二合」が検注された。延徳四年(一四九二)四月二四日の小田元範契状写(小早川家文書)によると、応仁の兵乱以来、田万里村は平賀弘頼に押領され、小早川家の一族小田元範は田万里村半分を沼田小早川敬平に進上してこの地の回復を依頼、明応三年(一四九四)三月二三日付の幕府奉行連署奉書(同文書)で、それが認められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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