翻訳|lesion
病気の過程であらわれる生体の局所変化のこと。種々の病因に対して,生体が反応する形式から病気の実態をとらえて,各組織や器官などに共通する法則を見いだし表現する際に用いられる病理学総論上の言葉である。現在,日本で行われている病理学総論では,19世紀から20世紀初頭にかけてドイツ学派によってまとめられた概念が踏襲されている。これは,病気に対する生体の態度が受動的であるか能動的であるかによって病変を大別する立場で,前者を退行性病変,後者を進行性病変とする。これに加えて,生れながらの病的状態である奇形,血液やリンパ液の流れの異常を契機とする循環障害,病因に対する防御反応としての炎症,細胞増殖機構の異常の結果起こる腫瘍の6群を基本的病変としている。
(1)退行性病変は,障害因子の作用が生体の反応よりも強いために起こる変化であって,極型は死である。身体の一部にだけ起こる死は,その組織の壊死と呼ばれる。それに至る過程には,細胞の大きさが小さくなり,組織や器官の大きさが減ずる萎縮,細胞小器官の変化や,代謝過程の物質が細胞内に貯留して起こる変化のためにあらわれるさまざまな変性病変がある。
(2)進行性病変は,生体が障害因子に抗して克服する反応過程であり,障害の影響下にある,生体の活動的な適応現象としてみることができる。肥大,過形成(増生)などの作業負荷に対する反応と,再生,修復などの,損傷に対する反応とがある。進行性病変として細胞の増殖,分化の異常も扱われるが,これは腫瘍と深い関係のある病変である。化生という現象も,環境への順応反応としてあらわれる病変である。
(3)奇形には,外表にあらわれる大きなものから,組織奇形のような小さなものまでがあり,さらには分子レベルでの異常も奇形として考えられる。奇形には,遺伝子の異常が推定されるレックリングハウゼン病やポイツ=ジェガース症候群のようなもののほかに,母体の妊娠初期の風疹感染後に起こる胎児の心臓奇形のように,胎生期に受けた外因の結果生ずるものがある。
(4)循環障害は,組織の栄養,酸素の供給,代謝産物の運搬をつかさどる脈管系の異常に基づく障害であり,局所の貧血(乏血),充血,鬱血(うつけつ),出血などの血液の分布の異常に基づくものと,血栓症,塞栓症,それらに続く梗塞(こうそく)のように,血行異常の結果起こった病変がある。
(5)炎症は,組織の損傷を局所にとどめ,それを処理して元どおりに修復しようとする,一連の複雑な過程である。外因の性質や量,内因の違い,損傷を受けた臓器の違いで,著しく様相を異にする。種々なレベルの免疫学的現象が関与し,血管からの滲出液,滲出細胞,それらの放出する各種の化学物質が作用し,損傷に対する生体の基本的反応である肉芽組織形成とからみあって複雑な像を呈する。
(6)腫瘍は新生物ともいわれるように,個体の細胞に由来し,組織構築からくる制約から外れてもなお増殖を続ける細胞群をいう。進行性病変の枠組みの中で取り扱うことができるが,その重要性から,病理学総論では別個に考察されている。細胞分裂のさい,いずれか一方の細胞に遺伝子活性化の異常が起こり,増殖異常をきたし,腫瘍細胞となる。腫瘍は,1個の細胞の分裂増殖に基づくのであるから単クローン性増殖物といわれる。この点では,良性腫瘍でも悪性腫瘍でも変わらない。再生や炎症にさいして起こる細胞の増殖では,腫瘍とちがって,多数の細胞が分裂,増殖を起こしており,たとえ腫瘍状の塊をつくっても,多クローン性増殖物といわれ,単クローン性の腫瘍とは本質的に異なる。
上記のような病変分類ではなくて,細胞単位,あるいは核,ミトコンドリア,小胞体などの細胞小器官レベルで病変を考察したり,代謝機能の障害,免疫学的異常の観点や,成長と加齢などの観点から,病変を組み立てなおそうとする立場もある。従来は退行性病変の中で扱われた変性も,細胞の死への過程にある病変とか代謝異常の病変に組み替えることができる。フィブリノイド(類繊維素)変性は,血管炎などのときに血管壁がヘマトキシリン・エオシン染色で赤く均質に染まる状態を指すが,その成分には,フィブリンを含む血漿成分や,抗原抗体免疫複合体が沈着していることが多いので,免疫病の分野に入れることができる。硝子化は,細繊維が無定型基質に包埋されたものとされ,一種のタンパク質変性と考えられるが,単純に代謝障害の産物とすることはむずかしい。いずれの観点から病変を整理するにせよ,たゆみなく進歩する研究成果を加えて,病変の本質を見通すことが重要である。
執筆者:山口 和克
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