白河北殿跡(読み)しらかわきたどのあと

日本歴史地名大系 「白河北殿跡」の解説

白河北殿跡
しらかわきたどのあと

[現在地名]左京区聖護院川原町・東丸太町・東竹屋町・聖護院東寺領町一帯

平安時代末期に白河法皇によって造営された院御所のうち、南側の南殿みなみどのに対し北側の御所。鴨川東の中御門なかみかど大路末・大炊御門おおいのみかど大路末・仏所ぶつしよ小路に囲まれ、方四町を占める。跡地は熊野神社の西、丸太町通を挟んで南北一帯の地。

嘉保二年(一〇九五)に造営された白河南殿に遅れること二〇年余、元永元年(一一一八)三月に造られ、大炊御門末に南門をもっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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