真木嶋氏(読み)まきしまうじ

改訂新版 世界大百科事典 「真木嶋氏」の意味・わかりやすい解説

真木嶋氏 (まきしまうじ)

室町時代の武将。槙島氏とも記す。山城国の土豪で,近衛家領五箇庄(現,京都府宇治市)の有力名主で,宇治離宮社の神官をも務め,槙島長者とも呼ばれた。室町中期には,山城守護畠山氏の被官であったが,応仁の乱前後に宇治大路氏とともに室町幕府奉公衆に抜擢され,将軍の親衛隊を構成した。本拠の槙島城巨椋池(おぐらいけ)に浮ぶ小島にあったが,奈良街道を押さえる要衝であり,幕府の南山城支配の中心となった。乱中は東軍として行動した。乱後は山城国一揆の中心人物の一人で1486年(文明18)の平等院における集会は同氏が演出したと推測される。99年(明応8)には幕府にそむき没落,1520年(永正17)にも挙族出奔し,このとき奉公衆を離脱した。下って65年(永禄8),当主昭光は奈良から脱出した足利義昭随従して詰衆に列し,73年(天正1)義昭が信長にそむいたときは居城を提供し,ここが幕府終焉の地となった。以後も昭光は義昭の流浪と行をともにした。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の真木嶋氏の言及

【網代】より

…殺生禁断に伴う網代の破却は,1114年(永久2)から見られるが,1285年(弘安8)の叡尊の申請による破却は徹底したものであった。その後,1314年(正和3)に曾束荘民は網代を構えているが(《禅定寺文書》),網代はしだいに衰滅し,真木嶋氏は宇治川の交通路を押さえる有力な一族として戦国期まで勢威を保った。(b)霞ヶ浦・北浦の入口,利根川河口に設けられた囲網。…

※「真木嶋氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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