神太寺村(読み)かんだいじむら

日本歴史地名大系 「神太寺村」の解説

神太寺村
かんだいじむら

[現在地名]神奈川区神大寺かんだいじ

東は六角橋ろつかくばし村、南は青木あおき町、西から北は片倉かたくら村に接する。「平地なれども少く高低あり、天水場にして常に旱損の患あり」と「風土記稿」にある。

「北条記」によれば、天文六年(一五三七)上杉朝定は北条氏綱を攻めるため「武州の神大寺と云処に、古要害を取立」てて出城としたが、敗戦に終わった。村名の起りとして「風土記稿」は小机こづくえ(現港北区)城代笠原信為がこの地に神太寺を草創し、二世住僧天叟順孝の時に小机に移り、雲松うんしよう院と号したといい、その旧地は村内中央より少し南東にあって、畑となっているという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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