神経梅毒は梅毒スピロヘータ(トレポネーマ・パリドム)に感染後、数年から数十年経過して生じるさまざまな神経症状の総称です。先進国ではペニシリンを主とした抗生剤の進歩とともに比較的まれな病気になりました。しかし、最近ではHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と梅毒の合併例が多くなり、新たな問題として取り上げられています。
神経梅毒は、
梅毒は梅毒スピロヘータによる性感染症で、神経梅毒は梅毒スピロヘータが中枢神経系へ直接侵入して起こります。梅毒の初感染から、数年~数十年経過してから症状が出ますが、神経系に対してどのような直接的な障害が起きたのか、またどのような免疫学的メカニズムが介在するのかはよくわかっていません。
①髄膜血管型神経梅毒
髄膜血管型には髄膜型、脳血管型、脊髄髄膜血管型があります。髄膜型は初感染から数年以内に発症することが多く、頭痛、発熱など急性ウイルス性髄膜炎と同様の症状を示します。また、髄液の流出路を閉塞して水頭症を合併することがあります。
脳血管型は初期感染から5~30年経過して発症し、
脊髄髄膜血管型は横断性脊髄炎を生じ、運動障害、感覚障害、排尿障害を伴います。
②進行麻痺
脳実質に炎症が波及し神経細胞が脱落した結果、認知障害を示します。記憶障害、判断力の低下、
③脊髄癆
脊髄癆は四肢や体幹の
血中のトレポネーマ・パリドムを分離することは困難であり、梅毒の診断には血清を用いた梅毒検査が重要です。梅毒反応試験には、脂質抗原試験とトレポネーマ抗原試験の2種類があります。
脂質抗原試験は梅毒感染のスクリーニング検査として、またその結果は臨床症状と相互に関係しあっているので、治療効果の指標として有用です。トレポネーマ抗原試験は鋭敏で特異的な反応であるため、梅毒感染の確認試験として用いられています。
神経梅毒の診断は、神経梅毒が疑われる臨床症状があること、血清の梅毒反応試験が陽性であり、髄液の細胞数増加およびトレポネーマ抗原試験が陽性であることを確認することによって行われます。
ペニシリン療法を行います。治療効果の判定には、臨床症状の改善、脂質抗原試験の正常化、髄液細胞数の低下などを指標とします。
梅毒かどうかの診断はどこの病院でも行えます。神経梅毒が疑われる時は、神経内科、脳神経外科、精神神経科などの専門医の診察を受けてください。
綾部 光芳
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
梅毒トレポネマの感染によって起こる神経系疾患の総称で,(1)無症候型(無症状で髄液のみ異常,約30%),(2)髄膜血管型(約20%),(3)実質型(約50%)に分けられる。(2)には早期型(感染後2年以内に発症)と後期型(感染後4~10年で発症)とがあり,髄膜炎症状を中心とした多彩な症状を呈する。(3)では脊髄癆(ろう)(約30%)と進行麻痺(約15%)が重要で,10年以上の潜伏期の後に発症する。前者では電撃痛,発作性内臓痛,失調歩行,腱反射消失,瞳孔異常などが,後者では人格変化,知能低下,痙攣(けいれん)などが特徴的症状である。
診断上,臨床症状のほか,血清および髄液の梅毒血清反応が決め手となる。治療はプロカインペニシリンGを1日1回60万単位,総量で1200万~2400万単位を1クールとして行う。(1)は治療によく反応するが,(2)で片麻痺などの局所症状は改善しにくく,(3)も症状が多彩で,治療が遅れると予後不良であるため,早期の診断,治療が重要である。
→進行麻痺 →脊髄癆 →梅毒
執筆者:水沢 英洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中枢神経系に梅毒のスピロヘータが感染しておこる疾患の総称。スピロヘータは血行で髄液に運ばれ、脳および脊髄(せきずい)の髄膜腔(くう)および血管に沿って広がり、さらに実質を侵していく。この際スピロヘータが、どの場所に病変をおこすかによって症状が異なる。無症状でありながら髄液の検査をして初めて気づく神経梅毒もある。
髄膜や血管を中心に病変がおこれば髄膜血管型梅毒で、これには、髄膜が広く侵されて髄膜炎の症状を示す型、髄膜の一部に限局した病巣をつくって脳腫瘍(しゅよう)の症状を示す型(ゴム腫)、脳や脊髄の血管を侵して血管閉塞(へいそく)の症状を示す型がある。脳か脊髄か、どちらの症状が強く現れているかによって脳梅毒、脊髄梅毒ということもある。梅毒感染後、髄膜炎型神経梅毒の場合は2年以内、血管型神経梅毒の場合は数年で発病するものが多い。これらに対し、スピロヘータによって脳や脊髄の実質がおもに侵された場合は実質型神経梅毒で、進行麻痺(まひ)と脊髄癆(ろう)があり、潜伏期は10~20年である。
診断は、髄液の検査で確定される。神経梅毒は、梅毒に感染したときに十分ペニシリンで治療すれば防止できる。ペニシリン療法が行われるようになってから神経梅毒の患者発生数は激減した。神経梅毒自体に対する治療もペニシリン療法が基本で、梅毒の活動性を阻止し、病気の進行を止めることができる。髄膜炎型で感染早期のものでは治癒できる。
[海老原進一郎]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…よく侵されるのは中枢神経系と循環器系である。中枢神経系では脳脊髄液に病的変化が認められるのみで他の症状のない無症候性神経梅毒のほか,激しい精神障害を示す進行麻痺(いわゆる脳梅毒)や,知覚障害と歩行障害を主症状とする脊髄癆(ろう)が発症しやすい。循環器系では大動脈弁閉鎖不全,胸部大動脈炎,胸部大動脈瘤が起こる。…
※「神経梅毒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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