改訂新版 世界大百科事典 「福羽逸人」の意味・わかりやすい解説
福羽逸人 (ふくばはやと)
生没年:1856-1921(安政3-大正10)
園芸学者。子爵。石見国(島根県)の出身。生家は佐々布姓。福羽家の養子となる。1877年津田仙の主宰する学農舎農学校で西洋果樹,蔬菜(そさい)について学び,卒業後勧農局に入り80年播州ブドウ園の責任者となる。86年から89年までフランス,ドイツへ留学しブドウ栽培法とブドウ酒醸造法を修め,帰国後農商務省技師兼東京農林学校(東大農学部の前身)講師,ついで宮内省式部官を兼務。新宿御苑内苑頭,大膳頭を経て宮中顧問官となる。果樹の袋掛け,蔬菜の促成栽培,温室栽培など画期的な技術に初めて成功し,イチゴの品種(福羽)育成,海外からの新種苗の導入など,日本の園芸史上に残した足跡は大きい。著書に《甲州葡萄栽培》《紀州柑橘録》《果樹栽培全書》など。
執筆者:安田 健
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報