筋萎縮(読み)きんいしゅく(英語表記)muscular atrophy

改訂新版 世界大百科事典 「筋萎縮」の意味・わかりやすい解説

筋萎縮 (きんいしゅく)
muscular atrophy

骨格筋は多数の筋繊維,すなわち横紋筋細胞が集まってできているものであるが,この筋繊維の数が減少したり,筋繊維の太さが細くなったりすると,筋肉全体の体積の減少が生ずる。このような状態を筋萎縮という。多くの骨格筋は主として脂肪組織から成る皮下組織によって皮膚から隔てられているため,皮下組織の量が多いと,このような筋萎縮があっても皮膚の表面からあまり気づかれないことがある。とくに小児や女性などでは,このようなことが生じやすい。

 すべての骨格筋は運動ニューロンによって支配されており,運動ニューロンからの指令によって初めて収縮するのであるが,同時に,筋繊維の栄養状態をコントロールし,その正常の太さを保っているのも運動ニューロンである。したがって筋萎縮は筋肉そのものの病気によって生ずると同時に,運動ニューロンやそれに由来する末梢神経の病気によっても生じ,前者を筋原性筋萎縮myogenic muscular atrophyといい,後者を神経原性筋萎縮neurogenic muscular atrophyという。また,運動をすると筋肉がよく発達して太くなることはよく知られているが,逆に筋肉を長い期間使わないでいると萎縮が生ずる。これを廃用性筋萎縮disuse muscular atrophyという。骨折などを生じたためにギプス固定をしていた後に固定していた部分の筋肉が萎縮したり,いろいろな病気で臥床安静を保たなければならなかったときに,下肢の筋肉が萎縮して細くなり立ったり歩いたりするときの力が弱まってしまったりするようなことは,日常よく経験されることである。

筋原性筋萎縮では,横紋筋細胞がこわされるために筋繊維が少なくなると同時に個々の筋繊維も細くなるが,原因として重要なものは,多発性筋炎,進行性筋ジストロフィー症である。このほか,アルコールや,クロロキンなどの薬物中毒甲状腺機能亢進症低カリウム血症副腎皮質ホルモンの投与などでも筋原性筋萎縮が生ずる。

神経原性筋萎縮の原因にもさまざまの病気があるが,いずれの場合にも,筋繊維の数の減少はあまり目だたず,萎縮は個々の筋繊維が細くなるために生ずる。ハンセン病や膠原(こうげん)病などのような末梢神経の炎症,外傷や圧迫による末梢神経障害などでは,その末梢神経の支配する骨格筋に著しい神経原性筋萎縮を生ずる。同様のことは,変形性脊椎症や,脊椎骨などの骨奇形,椎間板ヘルニアなどで神経根が圧迫された場合にも起こる。また多発性神経炎や,ギラン=バレー症候群においては,広い範囲にわたって神経原性筋萎縮が認められる。最も高度の神経原性筋萎縮は,脊髄運動ニューロンの病変によって生ずるが,その代表的なものはポリオ運動ニューロン疾患である。しかしこのほかにも,脊髄腫瘍脊髄空洞症など,脊髄の病気で神経原性筋萎縮を生ずる原因となるものは少なくない。

多くの場合の筋萎縮では,全身の筋肉が同じように萎縮するのではなく,筋萎縮の原因によって特定の筋肉がとくに萎縮しやすいということが知られている。したがって筋萎縮をみた場合には,それがどの筋肉の萎縮によるものであるかを知ることが重要である。顔面部の筋肉でとくに萎縮が見いだされやすいのは,側頭筋や咬筋のような咀嚼(そしやく)筋であり,これらの筋肉が萎縮すると頰骨だけがとび出し,側頭部とほおがそげ落ちたような顔貌となる。頸部の筋萎縮では,とくに胸鎖孔突起の萎縮が見つかりやすい。体肢の筋萎縮は,大きく近位性筋萎縮と遠位性筋萎縮に分けられる。近位性筋萎縮は,肩や上腕,腰,大腿など,体幹に近い部分の筋肉の萎縮であり,遠位性筋萎縮は,前腕,手,下腿,足などの部分に現れる筋萎縮である。一般に,近位性筋萎縮は主として筋原性筋萎縮のことが多く,遠位性筋萎縮は神経原性筋萎縮の場合が多いが,これには例外も少なくない。筋萎縮には筋力の低下を伴うのが普通であり,近位性筋萎縮の場合には,腕を上に挙げたり,重いものを支えたりする力がなくなったり,階段の上り下りや,しゃがんだ位置や座った位置からの起上がりが不自由になるのに対し,遠位性筋萎縮では,字を書いたり,はしを使ったりというような手先の動作がへたになってきたり,足先が垂れ下がってパタンパタンと鶏が歩くような歩き方になったり,つま先立ちやかかと歩きができなくなったりする。ただし,筋力低下の程度は筋萎縮の程度と必ずしも並行しないこともある。

 このほか筋萎縮に伴う徴候として重要なものに,筋繊維束性攣縮,筋痛,仮性筋肥大,こむらがえりなどがある。筋繊維束性攣縮は,筋肉の一部が不規則にぴくぴくと小さく動くものであり,あっても自覚していないことが多いが,これがみられれば神経原性筋萎縮であることはほぼ間違いない。筋肉の痛みは,多発性筋炎の症状として重要であり,とくに大腿やふくらはぎ,上腕,前腕などの筋肉を圧迫したときに感じられることが多い。しかし急性多発性神経炎でも筋肉の圧迫による痛みを生ずることがある。仮性筋肥大は,体の他の部分では筋萎縮がみられるにもかかわらず,一部の筋肉,とくにふくらはぎの筋肉が逆に正常より大きく肥大し硬くなる現象である。これは進行性筋ジストロフィー症のある型でみられることが多く,筋肉内の筋繊維は減少するが,筋繊維が太くなったり,脂肪組織が増殖したりするために見かけ上大きくなっているにすぎず,真の筋肥大ではないことから,仮性筋肥大といわれている。こむらがえりは,主としてふくらはぎの筋肉などが痙攣して硬くつっぱり,強い痛みを生ずるものであり,神経原性筋萎縮の場合にみられることが多い。先天性代謝異常によるミオパチーでも運動時に強い痛みを伴う筋痙攣を起こすことがある。

このような筋萎縮の分布とそれに伴う神経徴候を詳細にしらべることによって,筋萎縮の原因に対する診断はある程度まで可能であるが,診断を確定するためにはさらに種々の検査を行う必要がある。筋電図の記録,末梢神経伝達速度の測定,クレアチンホスホキナーゼ(CPK)やアルドラーゼのような筋肉に由来する血清酵素の測定は,筋原性筋萎縮と神経原性筋萎縮を識別するのに重要な検査である。また筋萎縮の原因を確定するためには,筋肉の小片を手術で取り出して,これを検査する筋生検が必要となることも多い。

 以上のように,筋萎縮はその病態も原因もさまざまであり,けっして単純なものではないため,確定診断は専門の神経内科医の手にゆだねるのが最良であり,治療は原疾患に応じて行われる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

栄養・生化学辞典 「筋萎縮」の解説

筋萎縮

 →筋ジストロフィー

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