篠ヶ城跡(読み)ささがじようあと

日本歴史地名大系 「篠ヶ城跡」の解説

篠ヶ城跡
ささがじようあと

[現在地名]日南市吉野方

吉野方よしのかたの南部、酒谷さかたに川を望む篠ヶ嶺の丘上にある。西には丘が続き、東・南・北の三方水田が広がる。水田面との比高は約二〇メートル。飫肥おび城からは西方一・五キロほどにあたり、同城の出城の役割を果した。サヽカ尾(「北郷忠相等三代日帳写」都城島津家文書)などとも書いた。永禄一〇年(一五六七)一二月下旬、伊東義祐は島津忠親の領有する飫肥攻撃の作戦会議を開いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android