米野井村(読み)こめのいむら

日本歴史地名大系 「米野井村」の解説

米野井村
こめのいむら

[現在地名]取手市こめなど

北相馬台地南縁の純農村。南は利根川、西は戸頭とがしら村。正保四年(一六四七)の森屋領米野井村亥物成可納割付之事(蛯原仁文書)によれば村高二六〇・九四三石。「寛文朱印留」によれば寛文四年(一六六四)には堀田正俊(のち古河藩主)領。「廿三町村沿革」によれば寛文八年より酒井忠挙領、天和元年(一六八一)天領、同二年より下総関宿藩領、延享四年(一七四七)より徳川三卿の田安家領となって明治に至る。享保一〇年(一七二五)の相馬郡守谷領人別家数留帳(斎藤一彦文書)によれば家数四四・人口二五一。文政一〇年(一八二七)の相馬郡地頭并村高調帳(長塚家文書)によれば田安家領二六〇石余のほか竜禅りゆうぜん寺朱印地一九・三石があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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