多種多様な商品取引と、国の内外にわたる広範な市場との取引を一手に取り扱う日本の巨大商社を総合商社という。それは、しばしば特定の商品・事業に活動分野を限定する専門商社と対置される。総合商社の英訳にしばしばgeneral merchantという語があてられることがあるが、この英語はむしろ雑貨店とか「よろず屋」とよばれる何でも取り扱う小規模な小売店をいう場合が多く、日本の総合商社のような巨大な商社を意味する語とはいえない。日本以外の各国には、アメリカのカーギル社、フランスのドレフュス社などのような穀物メジャーといわれる大商社や、オランダのインターナチオ・ロッテルダム・ボルスミのような植民地貿易商社としての大商社の例はあるが、いずれも特定の商品や地域に偏っていて、日本の総合商社に匹敵するような総合巨大商社は見当たらない。
総合商社の特徴は、次の5点に集約することができる。
(1)企業規模、売上高が巨大であること。
(2)取扱い商品が多種類にわたっていること。
(3)営業内容が多彩であり、対象とする市場が世界的規模にわたっていること。
(4)海外支社、支店、営業所などが全世界にわたって設置され、優れた情報網をもっていること。
(5)企業集団の取りまとめ役であると同時に、商社自体が多数の系列企業を支配していること。
[御園生等]
総合商社の活動範囲はきわめて多彩であり、取り扱う商品も「インスタント・ラーメンからミサイルまで」といわれることがあるように、多種類にわたっている。こういう総合商社の機能を要約することは現実の商社の複雑な機能を単純化することになりかねないが、整理すれば次のようになる。
(1)取引機能 総合商社の主たる事業は多国間取引であるが、これには仕入れや販売などの国内取引が当然付随する。また、陸上・海上・航空輸送、倉庫、保険などの代理業務も必要となる。
(2)投資・金融機能 メーカーに対し、その商品を購入して手形を発行することにより、実際にはその商品の需要者への販売が行われていない場合でも、資金を融通することができる。とくに、中小企業に対しては、その原材料費や、製品の買い取りによる融資、設備投資資金の融資などに至るまで、金融上の役割を果たしている。これは銀行よりも、取引を通じて企業の信用力、経理内容を商社がよく知っていることから生ずる機能である。この商社の中小企業に対する金融機能は、これを通じて企業を支配する手段ともなっている。また、輸出入貿易業務の発展は、単なる商品の取扱いだけにとどまらず、現地生産や資源開発などの海外投資にまで発展することが多い。
(3)オルガナイザー機能 都市開発や海洋開発、原子力発電、高速鉄道網など、システム的な巨大事業の展開に際しては、多数のメーカー、建設会社などの関連企業を組織化するオルガナイザー機能が必要である。また、プラント輸出や海外大規模プロジェクトの引き受けなどについても、この機能は重要な役割を果たしている。
(4)情報機能 これらの多種多彩な事業を運営し、海外市場を開拓するためには、総合商社の全世界にわたる支社、支店、営業所を結ぶ情報網が役だっていることはいうまでもない。
このように、総合商社の機能がいくつかに分類されるとはいっても、実際には各機能は重なりあい、複雑に入り組んでいる。そういう総合的な機能において総合商社の特色が発揮されているのである。
[御園生等]
このような総合商社がなぜ日本に出現したのか、この点については、総合商社の沿革を第二次世界大戦前と大戦後とに分けて、その動きをみることが必要である。
[御園生等]
第二次世界大戦前においては、三井物産、三菱商事(みつびししょうじ)の財閥系商社2社のみが、日本における総合商社であった。この2社に次ぐ東洋棉花(とうようめんか)(後のトーメン)、日綿実業(後のニチメン)などはいずれも綿花輸入などの専門商社であったし、取扱高においても三井物産、三菱商事2社との間に大きな格差があった。また第3位の東洋棉花は、1920年(大正9)に三井物産の棉花部が分離独立した同社の子会社であった。このように、第二次世界大戦前における財閥系2商社は、取扱い実績や営業範囲の広さおよびその歴史の古さからみても群を抜いていた。
三井物産の場合は、江戸時代の両替商と呉服商を兼営した商人資本以来の歴史をもち、1876年(明治9)に三井物産会社となって以後、急速にその営業を拡大し、明治の中期には総合商社としての実質を備えるに至っていた。三菱商事の場合は、明治維新以降の歴史となるが、土佐藩の下級武士出身の岩崎弥太郎(やたろう)によって1873年に三菱商会として発足して以来、順調に業績を拡大し、これも明治の中ごろには総合商社の実質を備えるに至っている。しかもこれら2社は、それぞれ三井財閥、三菱財閥の中心であって、単なる商社というよりは、ほかの財閥系企業に比べても一段と高い地位を占めていた。第二次世界大戦前の日本経済においては、産業構造が繊維産業などの軽工業中心であり、しかも後れた農業や中小企業などの部分と近代的大工業との二重構造が存在していた。したがって、紡績会社や製糸会社のような大工業と、零細な織物製造業、二次製品製造業との間を流通過程から結び付ける商社の役割が重要であった。また、米・麦・繭などの農産物を全国的な流通にのせたり、肥料や飼料などを農村に販売するなどの商社機能を発揮する余地が大きかった。明治初期の商館貿易から脱却し、外国貿易を開拓する役割においても、これら両財閥系商社の果たした機能はきわめて重要であり、単なる代理商的商社にとどまらなかった。いわば第二次世界大戦前の日本経済の後進的特殊性が、「ニワトリの餌(えさ)から軍艦まで」といわれた広範多彩な総合商社機能を必要としたのであった。
[御園生等]
第二次世界大戦後、占領政策としての財閥解体によって、三井物産と三菱商事の両社は解散の命令を受けた。両社の巨大さと日本の軍事的侵略に追随して朝鮮半島や中国大陸に進出した役割が侵略的かつ非民主的と考えられたからであった。こうして両社は、占領中それぞれ100社以上にわたる群小の商社に分割された。しかし、1952年(昭和27)の対日講和条約(サンフランシスコ講和条約)発効とともに復活のための合併を急速に進め、三菱商事は1954年にほぼ再編のための合併運動が完了し、三井物産も1959年に至って復活のための合併運動が完了した。三井物産の復活が三菱商事より5年遅れたことは、第二次世界大戦前と比べて両社の順位を逆転させ、その遅れは今日まで取り戻されていない。この三井物産、三菱商事の2社が解体されていた間に、その間隙(かんげき)を埋めるものとして伊藤忠商事、丸紅などの関西系繊維商社などが鉄鋼、機械、化学製品の輸出および工業原材料、原燃料などの輸入業務に進出し、総合商社化していった。この結果、復活した三菱商事、三井物産と、これら戦後総合商社化した商社とを加えて、総合商社は十数社に上る状態となった。
これらの総合商社は、第二次世界大戦後の日本経済の高度成長と、産業構造の重化学工業化の過程で、輸出入貿易、国内取引などあらゆる市場で激烈な競争を演じ、かつ営業範囲を拡大していった。その間、丸紅による高島屋飯田(たかしまやいいだ)の合併(1955)、三井物産による木下産商の合併(1965)、兼松(かねまつ)と江商(ごうしょう)の合併(1967)、日商と岩井産業の合併(1968)、伊藤忠商事による安宅産業(あたかさんぎょう)の合併(1977)など、商社間の集中合併が進んだ。バブル経済の崩壊後、不況の深刻化とともに、総合商社も再編成期に入った。リストラクチャリング(リストラ)の強化、不採算部門の切り捨てだけでなく、総合商社の体制そのものに根本的な修正を加える動きが出ている。1999年(平成11)5月、総合商社の一角を占めていた兼松が事業分野の大幅な選別整理を行い、事業規模の絞り込み、人員の整理により、みずから専門商社への転身を宣言せざるをえなくなった。このような事業整理の絞り込み、人員の大幅な整理の動きは、ほかの商社にも波及し、総合商社体制も再編成の時期に入った。現在まで生き残っている総合商社は、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事、双日(そうじつ)(2004年4月、日商岩井とニチメンが合併して成立)、豊田通商の7社となった。
総合商社の存在とその多彩な活動は、日本経済の成長とグローバリゼーションの発展に伴い、世界の注目を集めるようになった。日本商品の輸出増加は、総合商社の活動の成果であるとまで評価する声が、外国政府の経済担当者や有識者の間に少なくない。しかし、日本の輸出伸張は総合商社の力によるところが大きかったのか、あるいは逆に日本経済の発展と工業技術の高度化による輸出競争力の向上が総合商社の発展をもたらした要因であったのか、あたかも「ニワトリが先か、卵が先か」の循環論のようにみえる問題である。現実において総合商社は日本経済の発展とともに、一路拡大発展の道をたどってきた。しかし、バブル経済の崩壊と低成長時代を迎え、総合商社は業績低下と採算の悪化により、従来の総花的拡大の路線からの転換を余儀なくされている。各商社とも不採算部門からの撤退と重点部門の絞り込み、本社機能のスリム化など、リストラクチャリングを急いでいる。この背景としては、バブル期における不動産投資など、リスクが大きい投資・金融部門が肥大化した反面、本来の輸出入貿易に果たす商社機能が低下するという事実があるものと考えられる。今後、日本経済の内外にわたって、幾多の曲折と波乱が予想されるおりから、総合商社のあり方は、資源開発、環境問題、大型国際プロジェクトの調整等に重心をかけていくことになろう。
[御園生等・森本三男]
『曽我信孝著『総合商社とマーケティング――'80年代後半の戦略転換』(1992・白桃書房)』▽『中谷巌編著『商社の未来像』(1998・東洋経済新報社)』▽『河村幹夫・林川真善著『総合商社ビッグバン』(1999・東洋経済新報社)』▽『島田克美・黄孝春・田中彰著『総合商社――商権の構造変化と21世紀戦略』(2003・ミネルヴァ書房)』▽『岩谷昌樹・谷川達夫著『総合商社――商社機能ライフサイクル』(2006・税務経理協会)』
取扱品目が〈ミサイルからラーメンまで〉といわれるほど多種多様に及び,また業務内容が単なる商品の仲介にとどまらず,海外資源の開発,プラント輸出における装置の取りまとめ,鋼材の加工配送センターや食品コンビナートの形成等多岐にわたっている大商社を指す。一般には,特定商品を中心に扱う専門商社と対比してこのように呼ばれる。総合商社は日本にだけみられるもので,アメリカには取扱金額で規模の大きな商社が存在するが,品目が穀物類に限られている。
総合商社といった場合,具体的にどの会社が該当するかは難しいが,三菱商事,三井物産,伊藤忠商事,丸紅,住友商事,日商岩井(以上を大手六社ということがある),トーメン,兼松,ニチメンのいわゆる九大商社が総合商社としての実質を備えているといえよう。これら総合商社は1950年代から60年代にかけて,旧財閥系商社の再編と繊維,金属専門商社の総合化によって成立した。1947年に三菱商事と三井物産の両財閥商社はGHQの指令によって完全に解体された。戦前,戦中に日本の貿易の約3割を占めていた両社の解体により,貿易商社は数多い中規模の企業が活躍する群雄割拠の時代に変わった。ところが朝鮮戦争(1950-53)のブームの反動でほとんどの商社が大打撃を受け,日本の貿易促進のために商社の強化が必要であるとの認識が政府と産業界で強まり,商社強化の施策が取られた。また商社側にも体質強化を目ざす再編成が起きた。繊維中心の商社であった丸紅,伊藤忠商事は金属商社を吸収合併し,他方,三菱商事が54年,三井物産が59年に大合同を実現した。1956-73年に日本経済の高度成長と国際化の進展のもとで商社の活躍舞台は著しく拡大し,総合化,大型化が進んだ。木材,水産物,鉄鋼,原料炭の開発輸入,プラント輸出,石油や天然ガスの輸入等がその例である。再編・統合も活発に行われ,企業規模の拡大,総合化がいっそう進んだ。ところが73-74年にインフレが高進した(狂乱物価と呼ばれた)過程で大企業批判,とくに総合商社の市場支配力,投機活動(買占めなど)等に世論の批判が高まった。これに対応して総合商社は,投機の自粛や中小企業との競合に配慮する等の行動基準を設定した。また,1973年秋の石油危機後,世界的に深刻な不況が長びくなかで,総合商社は苦境におちいった。取扱高が低迷する一方,大小の倒産が多発するごとに商社の不良債権はふくれ上がり,ついに77年,十大商社の一角を占めていた安宅産業が崩壊し,伊藤忠商事に合併された。
総合商社の中核機能として次の3点があげられる。第1に国内取引,輸出入,三国間取引(〈三国間貿易〉の項参照)などの物的流通を創出,仲介する取引機能である。ここでは多様な商品を総合的に取り扱うことによって流通の効率化と危険の分散ができている。第2に,商品の売手,買手に信用を与えたり(与信),投融資活動等の金融機能がある。これは総合商社の信用による金融であるため商社金融と呼ばれる。第3に,世界を網羅した拠点による情報収集,分析,伝達の情報機能がある。90年代に入り伊藤忠商事をはじめ各社が衛星放送を含む通信・情報分野に力を入れているのはこの例である。なお,戦後日本の輸出増大,ひいては日本経済躍進の原動力の一つとして総合商社の力に着目したアメリカは,83年輸出商社法(いわゆる総合商社法)を制定した。
執筆者:下田 雅昭
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…またこの言葉は1960年にD.H.リリエンソールが使ってから有名になった。もっとも最近は多くの発展途上国に経済開発融資を行っている多国籍銀行が注目を浴びるようになっており,また日本の総合商社や欧米の巨大穀物商社は世界各地に支店・営業所を置いて世界規模の視野から営業活動をしている。こうした実情からすれば,これら金融や流通関係の大企業も含めてよいであろう。…
※「総合商社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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