放射線による人体への影響を考慮して決められた放射線量の限度をいう。国際放射線防護委員会(略称ICRP)から勧告として提供された基準値が、日本をはじめ各国において、放射線防護に関連する諸法令の線量基準に採用されている。ICRP勧告における線量限度の呼称は、「耐容線量」、「最大許容線量」、「容認線量」、そして「線量限度」と、新しく得られた知見を反映して変遷してきた。また、線量の単位も、最初はX線のみに対して導入されたレントゲンであったが、さまざまな種類の放射線を測定管理する必要からそれぞれの放射線の生物効果比(RBE)を盛り込んだレムになり、現在はシーベルトに変わった。
[井澤庄治]
1934年、X線等を利用する医療従事者の防護のために「耐容線量」として、1日当り0.2レントゲンが勧告された。これは、現行のシーベルト単位で表せば、1年当り500ミリシーベルトにほぼ相当する。
1950年代になって、原子力の利用が盛んになり、放射線防護上対象となる放射線の種類も、X線だけではなく、α(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線や中性子線など、すべての電離放射線に拡大した。また、管理対象を放射線作業者に対する職業上の被曝(ひばく)だけではなく、一般公衆の被曝にも広げて限度量が勧告された。
1956年の勧告では、「最大許容線量」として、職業上の被曝に関して週当りの線量と集積線量の限度が設定され、公衆の被曝防護のための限度として、その10分の1に相当する値が設定された。現行のシーベルト単位に換算すれば、作業者に対して1年に50ミリシーベルト、公衆に対して1年に5ミリシーベルトに相当する。作業者に対してのこの値は、1990年勧告で、「線量限度」として、5年間平均で1年当り20ミリシーベルトに低減された。広島・長崎の原爆被爆者の被害調査・研究等から得られた新しい放射線リスクの知見に基づくものである。一方、公衆に対する線量限度は、1985年のICRPパリ会議で出された声明(パリ声明)以来、年間1ミリシーベルトに低減された。これらの限度量は、2007年勧告にも引き継がれ、(1)職業被曝に関して5年間の平均で年間20ミリシーベルト、かつ、どの1年においても50ミリシーベルトを超えるべきでない、(2)公衆被曝に関して年間1ミリシーベルト(特別な事情においては、定められた5年間にわたる平均が年間1ミリシーベルト)の線量限度が示されている。
また、ICRPは、2007年勧告で、通常の操業状態のように放射線防護が前もって計画できる「計画被曝状況」に対して勧告された「線量限度」のほかに、新しく「参考レベル」の概念を導入し基準値を示した。この参考レベルは、「緊急時被曝状況」(原子力事故や破壊行為を含む緊急事態に対応する必要がある状況)や「現存被曝状況」(事故後長期間にわたって放射性汚染が残存するとか住居内や作業場内に高濃度のラドンが存在する等の事例)に対して、当事国の政府が待避や移住、除染、飲食物の規制など、さまざまな対策をとる上での目安を示したものである。
[井澤庄治]
ICRPは、放射線被曝による有害な健康影響を2種類に分類し、確定的影響と確率的影響とよんでいる。確定的影響には、高い線量の被曝による細胞死や機能不全から生じる白内障や皮膚の損傷、不妊等がある。その特徴は、影響が起こる線量に閾値(しきいち)がある、つまり、あるレベルの線量までは、放射線による影響が現れないことである。初期の段階で定められた「耐容線量」は、安全な閾値があることを暗に示しており、被曝線量を閾値よりも低くすれば影響の発生を防止できるという考え方によっていた。
しかし、その後、放射線影響の研究が進み、確定的影響のほかに確率的影響が生じることが明らかになった。確率的影響には、放射線被曝による細胞の突然変異等に起因して生じる癌(がん)や遺伝的影響等がある(遺伝的影響については、現在のところ生物実験のみでの実証)。この確率的影響に着目して限度を決定するにあたっては、ICRPが採用しているLNT(Linear Non-Threshold)のモデルでは、影響の発生確率は線量に比例して増加し閾値がないため、線量が低くてもリスクがゼロではないこととなり、また、癌の発生はそもそも確率的であるとする本質論からも、安全と危険を明確に区別することは困難になる。この難しさの中で容認点を定める方法として、たとえば、1977年勧告では、「リスク比較」の考え方を導入している。これは、放射線被曝に伴うリスク(危険度)のレベルを算定し、その結果を高い安全水準にあると認められている他の職業に伴うリスクと比較する方法で、限度量が容認できるか否かを判断するものである。また、1990年勧告や2007年勧告では、(1)放射線被曝を伴う行為は、それによる損害を利益が上回る場合でなければ正当化されないとする「正当化の原則」、(2)経済的、社会的要因を考慮に入れながら、被曝線量を合理的に達成し得る限り低く保つべきであるとする「防護の最適化の原則」、(3)個人の総線量は、委員会が特定する適切な限度を超えるべきではないとする「線量限度の適用の原則」の3原則を防護体系の基本とし、なかでもとくに最適化の原則の重視を明記している。
[井澤庄治]
放射線の有害作用から人体を防護するため国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告した放射線の被曝量の限度。以前,最大許容被曝線量(許容線量)といわれていたものである。世界中のほとんどの国で,放射線防護に関する法律をつくるにあたって,原則的にこの勧告を採用している。日本では放射線障害防止法をはじめとして各種法律に反映されている。
放射線は医療面のみならず現代社会の広い分野で有効に使用されているが,他方では人体に種々の影響をもたらす。放射線の発癌作用と突然変異誘発作用は確率的なものであり,通常の放射線被曝によるそれらの誘発の確率はきわめて低いであろうが,線量とその確率との間の関係が学問的に明らかでないことから,放射線防護を考えるにあたって,どんなに少ない線量でもその確率は線量に正比例し0ではないとする仮定が採用されている。このような仮定に立つと,絶対的な意味で安全な放射線量は存在しなくなる。そこで,国際放射線防護委員会は,(1)正当化,つまり放射線被曝を伴う行為はそれによって総体でプラスの利益を生むものでなければ採用してはならない,(2)最適化,つまり被曝を経済的および社会的な要因を考慮に入れながら合理的に達成できるかぎり低く保たなければならない,(3)制限,つまり個人の被曝線量は委員会が勧告する限度を超えてはならない,の3点から成る線量制限体系を勧告している。このうちの(2)の最適化は原文の〈as low as reasonably achievable〉からALARA思想といわれるものであり,(3)の制限が線量限度である。
線量限度を定量的に定めるにあたっては,放射線被曝によって誘発される癌や,遺伝的障害の確率,すなわち,危険度を他の因子による危険度と比較評価する考え方を適用する。たとえば,職業人の場合,どの職業でも労働災害等職業上の危険度をもつので,そのうちの高い安全水準であると一般に認められている職業での危険度を採り,その危険度に相当する線量をもって線量限度とする。具体的には,線量限度の適用対象とする個人を,X線技師など職業上放射線を取り扱う職業人と一般公衆の構成員とに分け,次のように勧告している。職業人には,全身均等被曝で0.05Sv/年(Svはシーベルト,1Sv=100レム),身体の部分被曝の場合は悪性の癌や遺伝的障害の誘発率が0.05Sv/年の全身均等被曝によるそれと同じになる線量,さらに特定の単一器官組織に関しては眼の水晶体で0.15Sv/年,その他の器官で0.5Sv/年である。公衆の構成員に対しては,基本的に職業人の場合の1/10であるが,単一器官組織に関しては水晶体も含めて0.05Sv/年である。これらを放射線防護のための基本限度と呼ぶが,これだけでは放射線管理の実務上使用しにくいので,たとえば職業上摂取する放射性物質の量の限度など種々の補助限度あるいは誘導限度が定められている。
→放射線量
執筆者:稲葉 次郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(渥美好司 朝日新聞記者 / 2008年)
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