新聞,雑誌,書籍,映画などの編集方針,表現内容を決定する権能をさすが,おもに新聞にかかわる概念である(放送では〈編成権〉という)。現実には,この権能がどのような範囲の問題にまで及ぶのか,またその権能がだれに帰属するのかが,重要な問題となる。日本では,第2次大戦後,新聞労働者による社内〈民主化〉運動のなかで,従業員が新聞製作のイニシアティブをにぎる状況が生じたため,占領軍の民主化抑制への方針転換を背景に,新聞編集の実権を取り戻そうとする経営者とのあいだで,1946年の第2次読売新聞争議(読売争議)など紙面編集の権限をめぐる紛争が続いた。その結果,48年3月16日,日本新聞協会が〈新聞編集権の確保に関する声明〉を発表して,編集権の概念やその権限の帰属関係について新聞界の統一見解を打ち出した。それによると,新聞の編集権とは〈新聞編集に必要な一切の管理を行なう権能〉という広範な権限を意味し,その権能の行使者は,〈経営管理者およびその委託を受けた編集管理者に限られる〉として,その全権を経営責任者に一元的に帰属させている。そして,この編集権に対する外部からの侵害はあくまで拒否するとともに,内部において定められた編集方針に従わぬ者も,編集権を侵害したものとしてこれを排除する,としている。
編集権という用語は日本で独自に生み出されたものだが,同種の問題は海外にも広く存在する。アメリカの実態は日本と似かよっており,発行者に権限が集中しているが,ヨーロッパ諸国では,日本の包括的・一元的な考え方とは対照的に,編集方針のレベルに従って編集責任者に独自の決定権を認めたり,ジャーナリストが自己の政治的信条にもとる記事の執筆を,不利益を被ることなく拒否できる権利を保障するなど,権能の範囲と行使者について多元的な関係を実現している。このほか,日常受け手の立場に閉じこめられている一般市民が,マス・メディアを通じて自己の見解を公表する権利を求める〈アクセス権〉の観念の登場は,これがマス・メディアの〈編集権〉を制約する主張を含むため,両者の関係をどう考えるかが,将来の大きな課題となったが,その後アクセス権の主張が後退し,問題意識も希薄になってきている。
執筆者:広瀬 英彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
新聞の編集方針を定め、それを実行して、報道の真実、評論の公正ならびに公表方法の適正を維持するなど新聞編集に必要ないっさいの管理を行う権能のこと。雑誌、書籍、放送(編成権という)、映画などでも同じ意味で使われる。編集権は経営管理者とその委託を受けた編集管理者に帰属し、経営・編集管理者は、外部はもとより内部の侵害からもこの権能を守る義務があるとされている。本来、編集物を発行する行為は、自ら表現したいことを社会に訴える一つの方法であり、編集・発行者が内容の決定に完全な自由と責任をもつのが言論・表現の自由からいって当然といえよう。しかし企業規模が大きくなり、もっぱら取材、執筆、編集に携わるジャーナリストが生まれ、編集業務がそれらの人々に日常的にゆだねられるようになると、ジャーナリストの間から編集内容の決定に対する権利が主張されるようになった。
わが国では編集権ということばは1948年(昭和23)3月16日、社団法人日本新聞協会が発表した「編集権声明」で初めて使われ、定義づけられたとされる。当時、日本は占領下にあり、各地の新聞社、出版社で激しい民主化争議が続発していた。こうした民主化運動に対し、占領政策を急変したGHQ(連合国最高司令部)が抑圧に乗り出した時期に編集権声明が発表された点は見逃すことはできない。その後、世界的に新聞をはじめマス・メディアをめぐる諸条件が変化するなかで、内部的自由(経営者の経営管理権に対抗して、ジャーナリストの表現活動の自主性を図ろうとする自由)の容認が進むなど、編集権にも再検討の兆しがみえる。
[高須正郎]
『日本新聞協会編・刊『新聞の編集権』(1985)』
(浜田純一 東京大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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