肝臓のビリルビン処理,タンパク質合成,解毒などの代謝機能が,高度に障害された状態。大別して,急性肝不全と慢性肝不全に分けられる。前者は,種々の急性肝炎の重症化により生じる劇症肝炎,亜急性肝炎,妊娠性急性脂肪肝,急性化膿性胆管炎,重症のアルコール性肝炎などでの激しい炎症による肝細胞機能の停止と,広範な壊死が原因である。後者は,進行した肝硬変や肝臓癌,肝臓内に長期間持続して胆汁が鬱滞(うつたい)することなどによって生じ,高度の肝臓萎縮と繊維化,およびその結果生じる肝血流障害,腫瘍性変化などが直接の原因となる。ともに症状として,全身消耗,皮膚や性器の異常,感染に対する抵抗力の低下,循環障害などを伴うが,黄疸の増強,腹水,出血傾向,肝性脳症と,高度の栄養障害が臨床的には重大な問題となる。
(1)黄疸 黄色色素のビリルビンが体内に蓄積して皮膚などを黄色に染める現象を黄疸という。ビリルビンは主として老廃赤血球のヘモグロビンから作られ,肝細胞にとりこまれてグルクロン酸と抱合されたうえで,胆汁とともに腸に排出される。これらの過程のどこかに障害があると,ビリルビンの血中濃度が高くなって黄疸となる。したがって,肝細胞機能の低下とともに黄疸は高度となる。これは,肝臓によるビリルビンの摂取と,そのグルクロン酸抱合,および胆道閉塞がなくとも,胆汁中への排出が障害されるためである。非抱合型(間接型)ビリルビンの占める割合も高くなり,脳症を悪化させる一因となる。(2)腹水と浮腫 肝臓は,生体維持に必要な多種類のタンパク質合成を行っている。アルブミンの産生が低下すると,その血液中の濃度も著しく低下し,その結果,血漿の浸透圧が下がるため,血管内の水分は腹腔内や組織間に逸脱しやすくなる。さらに,肝臓内の繊維化により,血管は圧迫され,門脈の圧力が上昇することも,細静脈壁からの水分漏出を促進するため,両要因が重なり,腹水や浮腫(水腫)が生じる。(3)出血傾向 多くの血液凝固因子も肝臓で作られるため,肝不全時には,血中におけるそれらの量が低下し,出血傾向が生じる。臨床的に,プロトロンビン時間の延長は,そのよい指標となる。門脈血流が障害されると,その血流は胃や食道壁の静脈を通る側副血行路を作り,胃,食道静脈瘤が生じる。出血傾向が高まると,その破裂による大量の消化管出血を招き,生命に危険が生じる。(4)肝性脳症 解毒機能の低下は,肝性脳症hepatic encephalopathyを引き起こす。人間の大腸内では,腸内細菌により,タンパク質,アミノ酸,脂肪などが分解され,アンモニア,低級脂肪酸,メルカプタン類,インドール,スカトール,有毒アミン類などの有毒物質が産生されている。これらは一部,腸壁を通過し,門脈血中に入るが,正常な状態では肝臓で解毒されるため,体には悪影響を及ぼさない。しかし肝細胞障害と門脈血流障害が生じると,その解毒が行われなくなり,脳神経障害が生じる。軽症では,四肢の震え,とくに肝不全に特有な手をはばたくような運動(はばたき振戦flapping tremor)がみられる。脳症が高度になると,意欲低下,嗜眠,性格変化,場所・時間感覚の消失,運動機能の障害が生じ,ついには意識の低下・消失を起こす。これを肝性昏睡hepatic comaと呼ぶ。以上のように肝不全は,肝細胞の代謝,解毒機能,循環・神経障害などの加わった重篤な病態である。
→肝炎
執筆者:松崎 松平
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重篤な肝障害によって極度に肝機能が低下した状態をいう。黄疸(おうだん)、腹水、出血性傾向などのほか、腎(じん)不全を伴うこともある。昏睡(こんすい)に陥った場合は肝性昏睡とよばれ、意識障害など精神神経症状が現れた場合は肝性脳症とよぶ。反応の遅延、錯乱、上肢に羽ばたき振戦(震え)が出現する。また、肝性口臭もみられる。急性肝不全はおもに劇症肝炎によっておこり、慢性肝不全は進行した肝硬変にみられるものが代表的である。
[太田康幸・恩地森一]
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