翻訳|fetus
胎生動物の発生後期の胚を胎児という。精子と卵子の癒合によってできた受精卵は子宮内膜に着床して発育を続け,一個の個体となる。ヒトの場合は受精後8週までは,各胚葉からいろいろの器官の分化が終わるまでの期間なので,これまでを胎芽embryoといい,これ以後を胎児という。胎児は羊水中に浮いており,臍帯(さいたい)で胎盤とつながっている。胎盤は子宮壁につき,この中には胎児側から臍帯を通じて血管が入り込み,胎児はここでガス交換(呼吸)や物質交換を行って発育していく。すなわち,胎児から発した2本の臍動脈は胎児の静脈血を胎盤に運び,胎盤の中の絨毛(じゆうもう)膜を通して炭酸ガスや老廃物を母体の血液へ移し,酸素や発育に必要な栄養物を母体血から取り入れて,また胎児へ1本の臍静脈を通じて戻ってくる。これが胎児・胎盤循環feto-placental circulationであり,胎児は胎盤が腎臓や肝臓のような働きをしているので,自分の臓器が未熟でも発育していける。羊水,卵膜,胎盤,臍帯は胎児に付属しているものという意味で胎児付属物fetal appendageという。
体重が約5gで,頭部が大きく区別され,四肢,眼,耳,口が肉眼でようやく判別できる程度のもの。主要臓器の発生は妊娠5週から8週までの間に終わるので,薬物による催奇形や先天性異常の問題もこの時期に起こることが多い。
体重が約20gで,肉眼で四肢は明りょうに区別され,外性器を見て男女の性別も容易に判定できる。
体重が約120gで,男女性別判定は外性器上からより明瞭となり,皮膚に生毛(うぶげ)がわずかに発生する。
体重が約250~300gで,活発に子宮内を動きまわるようになり,母体は胎動を感じるようになる。胎児には毛髪が生えはじめる。
体重が約600~700g,身長が約30cmとなり,皮脂腺の分泌が始まり,体の表面に胎脂(脂肪)vernix caseosaがつきはじめる。皮膚は暗赤色で,血管が透けて見え,眼裂がようやくできてくるころで,この時期に生まれてくると,呼吸する能力はいくらかあるが,生存することはほとんどない。
体重が約1000~1200g,身長は約35cmとなり,皮下脂肪もつき,皮膚から血管は一部を除きほとんど見えなくなる。毛髪は黒くよくわかり,この時期に生まれても専門的管理が十分であれば生存する。
体重が約1500~1700g,身長が約40cmで,皮膚は浮腫状で皮下脂肪の発育はまだ十分ではない。つめは指の先端まで発育している。
体重が約2300~2500g,身長が約45cmで,皮下脂肪の発育も良好となり,淡紅色を呈し,しわも少なくなり,腹部の生毛は消失してくる。このころになると,胎児の肺もよく成熟し,出生後の呼吸障害も少なくなってくる。腎機能も成熟してくるので,尿もよく生成され排出されるので,浮腫もなくなってくる。
成熟児と呼ばれ,体重は約3000g,身長は約50cmとなり,皮膚は淡紅色(いわゆる新生児特有のばら色)となり,皮下脂肪の発育が良好なために弾力性を帯び,しわがない。四肢は筋肉に緊張があるので屈曲位を保ち,出生後は元気に泣いて,四肢を動かす。胎脂は体の一部にしか残らず,生毛も肩甲骨部や上腕の外側部のみしかみられなくなる。男児では睾丸は陰囊内に下降し,女児では小陰唇は大陰唇に隠れて見えなくなる。
妊娠週数に比べて発育の悪い胎児のことを子宮内発育遅延intra-uterine growth retardation(略称IUGR)といい,体重は少なく,皮下脂肪の発育が悪いのが特徴である。母体に高血圧や胎盤の異常があると起こりやすい。
妊娠末期になると胆児の位置はそれぞれにほぼ固定する。胎児の縦軸と子宮縦軸の関係を胎位といい,両軸が一致するものを縦位という。縦位には頭が下にある頭位とその逆の骨盤位がある。また両軸が一致しないものに横位と斜位がある。妊娠末期には大部分の胎児は頭位となる。また胎児は母親に対し左右いずれかの方向を向くが,これを胎向という。
執筆者:島田 信宏
法律的には母親の胎内にあってまだ出生していない生命体を胎児といい,胎児は権利・義務が帰属する主体になれない(民法1条ノ3)。しかし,これを徹底させると胎児に不利益の生ずる場合があるので,民法では個別的な救済が用意されている。損害賠償請求(721条),相続(886条),遺贈(965条)に関しては,胎児はすでに生まれたものとして扱われる。ただし,胎児は独立した権利・義務の主体としてではなく,後に生きて生まれた場合にかぎり,法的紛争となっている事件の発生時にさかのぼって出生した子と同様に扱われるにすぎない。刑法では懐胎に始まり母体から一部露出する前までの生命体をいい,胎児を人為的に母体外へ分離,排出し,もしくは殺害すると堕胎罪に問われる(刑法212条など)。また労働者災害補償保険法では胎児が生きて生まれると,問題となる災害時から労働災害で死亡した者の子として扱われる(16条の2-2項)。
前述のように,現行法下では,胎児は権利・義務の帰属主体になれないので,胎児は,(1)薬害,環境汚染による被害,(2)体外受精による懐胎など医療行為に際して発生する損害に対して,生きて出生しないかぎり損害賠償を独自に請求できない。また,胎児は独自のプライバシーや名誉を保障される道をもたない。さらに,親の認知の客体にはなれるが,みずから認知を請求する主体になれない不均衡もある。堕胎に際しても,その判断は父もしくは母にゆだねられており,胎児は主体者としての権限をもっていない。死胎についても,その処遇は親,もしくは第三者の決定にゆだねられており,胎児の〈人〉権が侵害される状況も指摘されている。近年,生命科学の進歩により,試験管ベビーが誕生しているが,受精時から胎児とみるべきか母体内に戻されたときから胎児として扱われるのか,あるいは着床時からとするのかなど,法的保護の観点から議論が残されている。
→出生
執筆者:南方 暁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
胎生動物の発生後期における胚(はい)で、ヒトの場合は普通、受精後8週までを胎芽embryoといい、それ以後を胎児とよんでいる。すなわち、受精後に卵分割が進み、約2週で球状の細胞集団となる桑実(そうじつ)期を経て胞胚期となるが、これまでの期間を配偶子期ともよび、子宮内膜への着床は胞胚期に行われる。これに続いて器官の分化する胎芽期に入るが、4週ころから神経系、脈管系、感覚器などが分化され始め、8週ころに各器官原基が形成されて12週までには器官形成が完成する。この器官の分化・発育に続いて、胎外生活への適応に必要な機能が完成するまでの期間を胎児期という。このうち、妊娠のごく初期である4~12週の期間中に、母体のウイルス感染(風疹(ふうしん))をはじめ、薬物服用やX線照射が要因となって胎芽病(先天異常)をおこすことがあり、この期間を奇形臨界期ともいう。
胎児の発育は身長・体重ともに月数によって概算する方法もあるが、近年は超音波断層法によって詳しく計測されるようになった。成熟胎児の平均体重は3000グラム、身長は50センチメートルとされているが、近年は体重が増えており、標準値は2500~3800グラムとなっている。形態的には頭部がもっとも大きくて身長の4分の1を占め、顔面よりも頭蓋(とうがい)が大きい。また頭部の骨縫合は可動性で、各縫合の接点は開大していて泉門とよばれる。なお、卵膜、胎盤、臍帯(さいたい)、羊水はいずれも胎児の付属物であるが、とくに胎盤は胎児にとって重要な器官で、胎児の肺、腸、腎臓(じんぞう)などの役割を、胎盤を通して母体に代行してもらっている。
[新井正夫]
胎児は自分の肺で呼吸する必要がなくてすむ独特の血液循環を行っている。すなわち、右心房の血液の半分は卵円孔を通して直接左心房に入り、左心室を経て大動脈から全身を回る。残りの半分は右心房から右心室を経て肺動脈に入るが、大動脈と肺動脈との間にあるボタロー管から血液は大動脈に流れ込み、肺には血液がほとんど達しないばかりでなく、心臓の左右ともほぼ同量の血液が流れるようになっている。なお、全身を回った血液は臍動脈を経て胎盤に達し、母体血との間で物質交換が行われ、老廃物を渡して酸素や栄養をもらった血液は、臍静脈を経て胎児の肝臓に達し、ここから右心房へ行く。
出産後に肺呼吸が始まると、数分のうちに卵円孔はふさがり、ボタロー管は収縮して閉ざされ、血流は成人と同様になるよう急変する。これがうまくいかないと、ボタロー管開存症など心臓奇形となる。また、胎盤との血行も出生と同時に閉鎖される。
[新井正夫]
胎児が胎外生活を行うことが可能な時期(成育限界)については、周産期医学の進歩によって早まり、日本では24週とされている。すなわち、24週以後の出産は早産となるわけであり、胎児の身長・体重は24週では30センチメートル、650グラム程度となっている。
なお、妊娠・出産時における胎児についてはそれぞれ「妊娠」「出産」の項目を参照されたい。
[新井正夫]
胎内にある出生前の子をいう。人は出生によって権利の主体となる人格(権利能力)を取得するのを原則とするため、胎児には権利能力がない(民法3条1項)。しかし、この原則を貫くと、胎児は相続することができないなどの不利益を生ずることとなる。そこで、胎児は、損害賠償の請求権(民法721条)、相続(同法886条)、および遺贈(同法965条)については、すでに生まれたものとみなされ、権利能力を有するものとして取り扱われる。ただし、死産であってはならず、生きて産まれることを要する。
また、未婚の女性が妊娠しているときに、胎児の父はその女性(母)の承諾を得て胎児を認知することができる(同法783条)。さらに、刑法も胎児を保護しており、母体保護法によって認められている人工妊娠中絶事由(母体保護法14条)に該当しないときは、堕胎罪(刑法212条~216条)となるものとしている。さらに、近時は、体外受精が行われるようになった結果、受精卵も胎児か、胎児でないとしても胎児に準じて法的に保護されるかが論じられている。これは、受精卵を破壊したりした場合にどのような法的責任を負うかなど受精卵の取扱いとの関係で生じてきた問題であり、今後立法論的にも解決されなければならない問題である。
[石川 稔・野澤正充]
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…ただし,受遺者となるためには,遺言が効力を生ずるときに生存ないし存在していなければならない(994条1項)。しかし,胎児は遺贈についてもすでに生まれたものとみなされるし(965条による866条の準用),設立中の法人も,胎児と同様,受遺者たりうるものと解されている。遺贈義務者は相続人である。…
…分娩(ぶんべん)ともいう。胎生の動物で母体内での発達を終えた胎児(胎子)が母体から放出されること。妊娠期間,産子数,出産時の胎児の状態などは,動物の種類によって異なる。…
…哺乳類では,妊娠は,受精卵が発生しはじめ,胚盤胞の状態で子宮壁に着床したときから始まり,出産のときに終わる。胚と母体とを連絡している組織を胎盤といい,母体側に由来するものを母性胎盤,胚由来のものを胎児性胎盤という。哺乳類の場合,子宮壁から黄体ホルモンの作用によって,母性胎盤が生じる。…
※「胎児」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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