能因塚(読み)のういんづか

日本歴史地名大系 「能因塚」の解説

能因塚
のういんづか

[現在地名]高槻市古曾部町三丁目

慶安二年(一六四九)高槻藩主永井直清が建立、林羅山の撰文能因法師は永延二年(九八八)長門守橘元の子として生れ、俗名を永という。若くより作歌を始め、出家後当地に居を構えたことは、古曾部入道という呼称(今昔物語集など)からもうかがえるが、能因の「我やどの梢のなつになるときはいこまのやまぞ見えずなりける」は、「後拾遺集」には「津の国の古曾部といふ所にてよめる」と詞書を付してあるのに、自撰の「能因法師集」には「夏児屋池亭」と注記しているという問題もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android