家庭医学館 の解説
のうせきずいしんけいけいのしゅようなしょうじょう【脳、脊髄、神経系の主要な症状】
神経系は、頭から手足の先まで連絡網を張り巡らせ、生命と生活と文化を支えています。この神経系が障害を受けると、その重要さがあらためて切実にわかりますが、その症状にも特異なものが少なくありません。
脳・脊髄・末梢神経系が障害を受けたときのおもな症状は、以下に解説します。
●気分の変化
●頭痛(「頭痛」)
●視力(しりょく)、視野(しや)の障害
●めまい(眩暈(げんうん))
●難聴(なんちょう)/耳鳴(みみな)り/頭鳴(あたまな)り
●しびれ
●意識障害(いしきしょうがい)
●失語(症)
●失行(しっこう)(症)
●失認(しつにん)(症)
●健忘(けんぼう)(症)
●運動まひ
●運動失調(うんどうしっちょう)
●無動症(むどうしょう)と不随意運動(ふずいいうんどう)
●けいれん
●構語障害(こうごしょうがい)
●嚥下障害(えんげしょうがい)
●歩行障害
●失禁(しっきん)と尿閉(にょうへい)
●自律神経(じりつしんけい)の障害
●その他
●気分の変化
いらいら感、不安感、恐怖感、絶望感などの内心耐えがたい気分に襲われますが、このような気分の変化も、自分からは言いださないことが多いものです。
●頭痛
もっともありふれた症状で、自己診断、自己治療ですまされていることが多いようですが、生命にかかわるくも膜下出血(まくかしゅっけつ)や、油断のならない脳腫瘍(のうしゅよう)などが原因のことがあります。
吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)をともなう、痛みがいつもよりも激しい、痛み方がいつもとはちがう、痛みがいつまでもおさまらないなどのときは、一度、診察を受けるべきです。
●視力(しりょく)、視野(しや)の障害
急に視力が落ちる、視野の一部や半分が見えなくなる、物が二重に見える(複視(ふくし))などの目の症状は、脳(とくに後頭葉(こうとうよう))と脳神経(のうしんけい)(視神経(ししんけい)、動眼神経(どうがんしんけい)、滑車神経(かっしゃしんけい)、外転神経(がいてんしんけい))に病変が生じたことを示す重要な兆候です。
●めまい(眩暈(げんうん))
めまいには、周囲がぐるぐると回って目を開けていられない回転性(かいてんせい)めまいと、足元がぐらぐらしたり、浮いた感じがする浮動性(ふどうせい)めまいとがあります。
回転性のめまいは、内耳(ないじ)・脳幹(のうかん)・小脳(しょうのう)の病気(血管の障害、腫瘍)が原因のことが多く、吐き気、嘔吐、頭痛をともないます。また、めまいは体位や頭の位置を変えると強くなります。
浮動性めまいは、血圧の変化や血管障害でおこることが多いものです。ときに脳卒中(のうそっちゅう)の前触れのこともあります。
●難聴(なんちょう)/耳鳴(みみな)り/頭鳴(あたまな)り
難聴、耳鳴りにめまいをともなう場合は、メニエール病(「メニエール病」)や聴神経腫瘍(ちょうしんけいしゅよう)が疑われます。
老人には、頭の中でごーごー、ぶんぶんと音のする頭鳴りがおこることがあります。これは血管障害が原因と考えられています。
脈拍(みゃくはく)と一致して、頭の中でざーざーという音が続く場合は、動静脈奇形(どうじょうみゃくきけい)のことがあります。
●しびれ
ジンジン、ピリピリ、チクチク、ムズムズなどという不快感を、からだの一部分に感じることもありますし、半身に感じることもあります。長く続くことが多く、耐えがたいものです。知覚神経(ちかくしんけい)が刺激されておこると考えられています。
末梢神経障害(まっしょうしんけいしょうがい)(糖尿病(とうにょうびょう)、アルコール依存症など)、脊髄(せきずい)の病気(多発性硬化症(たはつせいこうかしょう)など)、脳の病気(視床(ししょう)の障害など)でおこります。
●意識障害(いしきしょうがい)
ねぼけや居眠りのようにもみえますが、ひどい場合は、呼びかけたり、ゆすったりするふつうの刺激では意識が覚めませんし、意識がもどった後にそのときのこと、たとえば、大騒ぎしたり、苦痛をともなう手当を受けたりしたことなどをまったく覚えていない点が大きくちがいます。
意識障害は、脳の全般的な重症の病態を意味するもので、一刻も早く生命維持の手当(呼吸・循環の機能確保)をし、病因の確定、適切な治療を受けさせなければなりません。
意識障害には、いろいろな程度があります。
ぼんやりしていて、自分のいる場所、時間、周囲の人のことなどがわからない(見当識(けんとうしき)の障害)程度のものから、大声で呼んでも、痛みなどの皮膚刺激を与えても、何の反応もない昏睡(こんすい)まで、いろいろな段階があります。
重症になると、呼吸や血液循環の障害をともない、生命の危険にさらされます。当人にはまったくわからない出来事なので、周囲の人の機転と配慮が生命を左右します。
意識障害は、脳卒中(のうそっちゅう)でおこることがもっとも多いのですが、脳外傷(のうがいしょう)、てんかんなどでもおこります。
●失語(症)
脳の障害でおこるコミュニケーション障害の代表は、失語(症)です。
失語は、大脳皮質(だいのうひしつ)の言語野(げんごや)の障害でおこり、つぎのようなタイプがあって、読み書きもできなくなりますし、失行(しっこう)や失認(しつにん)(「失認(症)」)をともなうこともしばしばです。
■運動性失語(うんどうせいしつご)(症)
思うことを話すことはできないが、聞いて理解することはできる。
■感覚性失語(かんかくせいしつご)(症)
聞いたことを理解できない。話しても意味が通じない。
■全失語(ぜんしつご)(症)
しゃべることがまったくできないし、聞いて理解することもまったくできない。
■健忘失語(けんぼうしつご)(症)
話すことも聞くことも一応はできるが、目の前の品物の名前などがどうしても出てこない。
●失行(しっこう)(症)
手足の動き、目・耳などの通常の神経機能には異常はありません。それなのに、目を閉じる、口を開く、手を振ってさようならをするなどの動作を行なうように促されてもできない状態が失行(症)です。また、食器、歯ブラシ、鍵(かぎ)などの生活用具が使えなかったり、衣服を着ることができなかったりすることもしばしばです。大脳皮質の障害でおこるもので、失語(「失語(症)」)や失認(しつにん)(「失認(症)」)をともなうことも少なくありません。
●失認(しつにん)(症)
見たり、聞いたりしたものが何なのか、何を意味するのか理解できないのが失認(症)で、視覚(しかく)の認識に関する障害が問題になります。
品物を見ても何かわからないのに、触るとわかったり、知人に会っても誰だかわからないのに、声を聞いたとたんにわかったりします。
大脳皮質の障害によっておこるもので、症状はしばしば、失語や失行をともなって現われます。
●健忘(けんぼう)(症)
覚えていなければいけないことを覚えられなかったり、思い出せなかったりして、そのために社会生活や日常身辺の対処にこまる状態が健忘(症)です。
たとえば、誰もが覚えていて話題にする事柄や自分の人生のなかで大事な事柄を思い出せなくなったり(記憶力の障害)、日常生活に必要で、意識的に覚えておくべきことを覚えられなかったり(記銘力の障害)します。
●運動まひ
筋力の低下や運動能力の不足のために手足に力が入らず、手足の先がだらりと垂れ下がってしまったりします。
大脳皮質の運動野から脊髄(せきずい)にかけての錐体路(すいたいろ)と呼ばれる運動神経の束や、脊髄から筋肉にかけての末梢神経(まっしょうしんけい)のどこかに障害があっておこります。
●運動失調(うんどうしっちょう)
話す、書く、細かい手仕事をする、歩く、走るなどの動作をスムーズにこなすには、各筋肉群がバランスよく、協調してはたらくことが必要です。
小脳(しょうのう)に病変が発生するとこの筋肉の調整機能がはたらかなくなり、たどたどしいしゃべり方になったり、書いた文字の大きさがまちまちになったり、酔ったような歩き方になったりします。
●無動症(むどうしょう)と不随意運動(ふずいいうんどう)
脳の芯(しん)の部分にある大脳基底核(だいのうきていかく)を中心とする錐体外路系(すいたいがいろけい)が障害されると、筋肉がかたくなってからだを動かしづらくなったり、とっさの動きができなくなったりします。また、手足を静止させておくことができず、ひとりでに手足が動きだし、止めようとしても止められなくなります(無動症)。また、動かそうと思わないのに、手が震(ふる)えたり、手足が奇妙に動いたり、からだが不自然にくねったり、おどけ踊りのような動作になったりします。このような運動の異常を不随意運動といいます。
●けいれん
不意の筋肉の収縮がけいれんで、手足が突っ張ったままになったり(強直性(きょうちょくせい)けいれん)、がたがたと手足を震わせたり(間代性(かんたいせい)けいれん)しますが、自分で止めることはできません。
全身にわたる大きなけいれんはてんかんといい、意識がなくなります。
部分的なけいれんで、意識ははっきりしていることもあります。
いずれも、脳・脊髄の運動神経の異常な興奮によるものです。
●構語障害(こうごしょうがい)
ことばを発するときにはたらく口・舌・のど(咽頭(いんとう)・喉頭(こうとう))の運動障害でおこる発語の異常が構語障害です。
ろれつが回らない、ことばがはっきりしない、息がもれる、声がかすれる、声が出せないなどがおこります。
延髄(えんずい)を中心とする脳神経の障害(球(きゅう)まひ)、大脳(だいのう)の運動神経の左右両側の障害(仮性球(かせいきゅう)まひ)、小脳の障害が原因でおこります。
●嚥下障害(えんげしょうがい)
物が飲み込みにくいのが嚥下障害で、飲み込むときにむせたり、のどにつまったりします。
構語障害(「構語障害」)と同じ原因でおこります。
のどをゼイゼイ鳴らしたり、よだれをだらだら流したりしているときは、嚥下障害があると考えられます。飲食物が誤って気管に入って肺炎(はいえん)をおこしたり、食物をのどにつまらせて窒息(ちっそく)したりする危険があります。
●歩行障害
末梢の運動神経に障害があると、膝(ひざ)を曲げて高くもち上げ、垂れる足を前に振りだし、つま先から下ろしてペたぺたと歩く鶏歩(けいほ)になります。
筋肉の病気では、腰をゆすってゆらゆらと歩いたり、小脳に病気がある場合には、よたよたと歩く千鳥足(ちどりあし)になります。
大脳の病気では、ちょこちょことした小刻みな歩行になったり、足が突っ張って膝が曲がらなくなったり、足がすくんで前にでなかったりします。
これらの歩行障害に、四肢(しし)(両手足)の関節の変形や筋萎縮(きんいしゅく)(筋肉がやせて細くなる)などをともなうことも少なくありません。
●失禁(しっきん)と尿閉(にょうへい)
幼児期までに身についた『がまん機能』が失われ、尿や便の垂れ流し状態になるのが失禁です。
一方、出すべきときに括約筋(かつやくきん)が締まって尿が出なくなり、膀胱(ぼうこう)に尿がたまりすぎるものを尿閉といいます。
いずれも、脳や脊髄の障害が原因となります。
●自律神経(じりつしんけい)の障害
自律神経に障害がおこると、からだの一部がひどく汗をかいたり、逆にかかなくなったりする発汗異常、立ち上がると血圧が異常に下がり、失神(しっしん)して倒れる起立性低血圧(きりつせいていけつあつ)(「低血圧(症)」の起立性低血圧)などになったりします。
●その他
脳や脳神経(動眼神経(どうがんしんけい)、滑車神経(かっしゃしんけい)、外転神経(がいてんしんけい)、顔面神経(がんめんしんけい))に障害があると、無表情、不穏(ふおん)(おだやかではない)な顔つき、まぶたやくちびるの締まりが悪い、よだれをたらす、左右の目の位置が変わる(本人は、物が二重に見える)、まぶたが垂れ下がる、まぶたや口が開いたまま閉じないなどがおこります。異常な行動(徘徊(はいかい)、不潔な行為など)も脳の病気の症状として重要です。いつもとようすがちがう、何か変だという周囲の人の発見が、脳の病気を発見する糸口になることがよくあります。