脳卒中(読み)ノウソッチュウ(その他表記)cerebral apoplexy

デジタル大辞泉 「脳卒中」の意味・読み・例文・類語

のう‐そっちゅう〔ナウ‐〕【脳卒中】

脳動脈の障害により急激に意識を失って倒れ、運動・言語などの障害が現れる疾患の総称。脳出血蜘蛛膜下くもまくか出血脳梗塞など。卒中。→脳血管障害

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精選版 日本国語大辞典 「脳卒中」の意味・読み・例文・類語

のう‐そっちゅうナウ‥【脳卒中】

  1. 〘 名詞 〙 脳の血管に、出血、血栓、塞栓が起こったために現われる症状。多くは突然に発症する半身麻痺(まひ)で、重症の場合には意識を失い、早期に死亡する。右大脳の循環障害時には左の半身麻痺を、左大脳の場合には右の半身麻痺を起こす。卒中。
    1. [初出の実例]「これは脳卒中(ナウソッチュウ)で右半身(ゆうはんしん)不随になってゐます」(出典:渋江抽斎(1916)〈森鴎外〉)

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家庭医学館 「脳卒中」の解説

のうそっちゅうのうけっかんほっさ【脳卒中(脳血管発作) (Cerebral Apoplexy)】

◎破綻(はたん)する脳動脈
 脳は、4本の脳動脈(左右2本の内頸動脈(ないけいどうみゃく)系と椎骨動脈(ついこつどうみゃく)系)を介して送られてくる血液から、酸素と栄養素の供給を受け、これをエネルギー源として活動しています。
 4本の脳動脈は、頭蓋内(ずがいない)でいくつにも枝分かれして細くなり、脳のすみずみにまで血液を供給します。
 これらの動脈のどこかに破れる、つまるなどの破綻が生じて血液が流れなくなると、その動脈から血液の供給を受けていた脳実質(のうじっしつ)(脳そのもの)が障害され、手足のまひや感覚障害、言語障害、失語症(しつごしょう)などのほか、意識障害や呼吸困難のために生命に危険をおよぼす症状が現われてきます。このような状態を脳卒中(脳血管発作)といいます。
 おもに高血圧、糖尿病(とうにょうびょう)、心臓病、高脂血症(こうしけっしょう)、多血症(たけつしょう)、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)、脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)、がんなどが基盤となっておこります。
◎脳卒中を2種類に大別
 脳卒中はおこり方によって、頭蓋内出血(ずがいないしゅっけつ)と脳梗塞(のうこうそく)(脳軟化症(のうなんかしょう))の2つに大きく分けられます。
■頭蓋内出血
 脳動脈が破れて周囲に血液があふれ出るものです。脳動脈が破れても、血管が収縮し、血液が固まるので、出血はまもなく止まりますが、あふれ出た血液が固まって血腫(けっしゅ)となり、周囲の脳組織を破壊したり、圧迫したりするため、さまざまな神経症状が現われてきます。
 頭蓋内出血はさらに、①脳実質に出血する脳出血(脳溢血(のういっけつ))と、②脳の表面近くのくも膜下腔(まくかくう)に出血するくも膜下出血(まくかしゅっけつ)に分けられます。
■脳梗塞(脳軟化症)
 動脈の内腔が血栓(けっせん)(血液のかたまり)によってつまり、その先へ血液が流れなくなってしまうものです。したがって、つまった部位より先の脳は、酸素不足、栄養不良におちいって障害を受け、さまざまな神経症状がおこってきます。
 脳梗塞は原因となる血栓の生じ方により、さらにつぎのように分けられます。
①脳血栓(のうけっせん)(症)
 動脈硬化(どうみゃくこうか)によって脳動脈の内腔に血栓が生じ、血管を閉塞させるものです。そのおこり方や出現する神経症状、成因、治療方法、予後などが異なるため、最近では、太い脳動脈がつまるアテローム血栓性脳梗塞(けっせんせいのうこうそく)と、脳の深部にある細い動脈がつまるラクナ梗塞(こうそく)に分けて呼ばれています。
②脳塞栓(のうそくせん)(症)
 脳以外の部位(心臓のことが多い)に発生した血栓などが脳の動脈まで流れてきて、突然、内腔をつまらせてしまうものです。
◎脳卒中の前兆となる症状
 脳動脈の内腔が血栓によってつまり脳卒中の症状が現われても、血流が再開して症状が24時間以内(20分以内のことが多い)に自然に消える一過性脳虚血発作(いっかせいのうきょけつほっさ)(「一過性脳虚血発作」)は、脳梗塞の前兆としてもっとも重要な症状です。
 脳の動脈硬化が強く高血圧の治療を受けている人で、血圧が下がりすぎたときにも、同様の症状(脳循環不全)がみられることがあります
脳卒中(のうそっちゅう)の診断(しんだん)
脳卒中(のうそっちゅう)の応急手当(おうきゅうてあて)
脳卒中(のうそっちゅう)の治療(ちりょう)

脳卒中(のうそっちゅう)の診断
◎問診(もんしん)が診断の決め手
 診断の手がかりは、問診です。
①どんな状況で発作がおこったか。
②顔や手足のまひ・しびれや感覚のにぶさなどの感覚障害、ろれつが回らなかったりことばが出ないなどの言語障害、呼びかけても反応が悪いなどの意識障害はおこっているか。
③頭痛・吐(は)き気(け)・嘔吐(おうと)・めまいなどをともなうか。
④その後症状がどのように変化したか。
⑤高血圧症、糖尿病、心臓病、がんなどの脳卒中の基盤となる慢性の病気(危険因子)をもっているか。
 以上のことを聞くだけで、脳卒中の種類やその程度まで、おおよそ見当をつけることができます。
 意識障害や言語障害などのために、本人がこれらの情報を直接、医師に伝えられないことが少なくありません。発作(ほっさ)をおこしたときに近くにいた家族や倒れているのを発見した人など、いちばん状況を知っている人がつき添い、医師に報告するのが最良です。
 病院に着くと、入院手続きに追われがちですし、医師も手当や検査につきっきりになるため、口頭で伝えられないこともあります。病状の経過を簡潔なメモにして医師に手渡すことも勧められます。
◎検査に欠かせない画像診断
 脳卒中が疑われた場合は、診察後にまずCTが行なわれます。CTは、脳の中を輪切りにして撮影できる装置で、脳卒中の種類、脳の病変の部位や程度を診断できます。脳出血なら発病直後に、脳梗塞(のうこうそく)なら発病数日後には病変を見ることができます。
 CTは、短い時間で撮影ができて、脳卒中の診断には欠かせない検査ですが、小さな病巣、脳幹(のうかん)(中脳(ちゅうのう)、橋(きょう)、延髄(えんずい))や小脳(しょうのう)病変はわかりにくいため、さらにMRI(磁気共鳴画像装置)を行なうと、CTではわからない部位の診断が可能になります。
 MRIは、撮影方法を変えれば、脳血管を画像にすること(MRIによる脳血管撮影)ができ、比較的太い血管の閉塞や脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)を診断できます。
 脳梗塞の発症後6時間以内で、脳血管閉塞部位の血栓(けっせん)を溶かす治療や脳神経外科で手術を前提とする場合は、従来からの脳血管撮影が必要です。
 脳血管撮影は、脳に行く動脈に造影剤を注入し、X線で撮影して脳血管の状態を調べる検査です。脳の血管病変が確実にわかるので、脳卒中の原因や今後の治療方針を決定できます。
 このほかに、全身状態を調べるために尿検査、血液検査、胸・腹部X線検査、心電図検査などの一般的検査も、同時に行なわれます。

脳卒中(のうそっちゅう)の応急手当
◎予後に影響、早く医師の診察を
 脳卒中をおこしたときは、できるだけ早く医師に診(み)てもらう手段を講じることが必要です。なぜならば、治療開始までの時間が、その後の後遺症(こういしょう)などの予後に大きく関係してくるからです。
 かかりつけの内科医がいれば、電話をしてすぐに指示を仰ぐか、往診を依頼します。夜間や休祭日などで、主治医や近くの医師の往診が受けられなかったり、どこの医療機関で治療が受けられるのかわからないときは、救急車の出動を依頼しましょう。
 治療が受けられる医療機関は、そのときの患者さんの状態によって救急隊員が決めてくれますが、どうしても自分で医療機関を選ばなければならないときは、救命救急部をもっている病院か脳卒中専門の病院を選びます。
◎まず、意識状態の確認を
 医師や救急隊員がくるまでに、適切な手当を行なうことがとても重要になります。手当をせずに放置したり、誤った手当をすると、病状がいっそう悪化することがあるので、適切な手当のためにも、まず本人の名前を呼んだり話しかけたりして、意識状態を確認して病状を把握することが必要です。
●軽症
 呼びかけると返事をし、会話ができるなら意識がしっかりしている証拠で、軽症のことが多いようです。
●中等症
 呼びかけると返事はしてもすぐにうつらうつら眠ってしまう(傾眠(けいみん))ようなときは、意識はあってもかなり悪い状態で、さらに悪化する可能性があり、すぐにも入院が必要です。
●重症
 呼びかけても返事がなく、皮膚をつねっても反応がにぶく、いびきをかいている(昏睡(こんすい))ようなときは、最悪の状態です。
 重症のものほど生命にかかわる危険が高くなるので、一刻も早く病人を医師の手に渡す手段を講じるべきです。
 注意 からだ(とくに頭部)をゆすって意識の有無を確かめてはいけません。重症の脳出血やくも膜下出血の場合、病状を悪化させることがあります。
◎中等症・重症の応急処置
 救急車を呼んで、一刻も早く脳卒中の専門医のいる病院に運ぶことが大事ですが、とりあえず応急処置としてつぎのようなことをやっておきましょう。
①安全に寝かせられる場所へ運ぶ
 トイレ、風呂場(ふろば)、玄関、道路などで倒れているのを発見したら、まず安全に寝かせられる場所へ病人を運びます。ひとりで運ぶことをしないで、周囲の人に応援を頼み、病人のからだを横にまっすぐにした状態で抱え上げて運びます。
 かつては脳卒中で倒れたときは、その場を動かしてはいけないとされていましたが、現在では、運んだ後に病状が悪化したときは、たとえその場を動かさなくても病状は悪化するものと考えられています。
 注意 気道閉塞や脳ヘルニアを助長しないため、くびが前方に曲がってうなずいた格好にならないように、頭とくびの下をしっかりと支え、まっすぐに伸ばした状態で運びます。
②ややかためのふとんに、肩まくらをして寝かせる
 室内に運んだら、からだが沈まない程度のかたさのふとんに、あおむけに寝かせ、衣服をゆるめます。
 意識状態の悪いときは、呼吸困難におちいることがあります。いびきをかいていたり、のどをぜろぜろいわせているときは呼吸が苦しい証拠です。折りたたんだバスタオルなどを肩の下に当て(肩まくら)、のどを後ろにそらせると、らくに呼吸ができるようになります。
③嘔吐(おうと)に備えて、顔を横向きにする
 脳卒中では、発症時に嘔吐をともなうことが少なくなく、意識状態が悪いときには、吐いたものを気管につまらせて窒息することがあります。したがって、そのときの嘔吐の有無にかかわらず、顔を横向きにしておきます。
 入れ歯がのどにつまることもあるので、外せる入れ歯は外しておきます。
けいれんをおこしていたら、やわらかいものを口にかませる
 けいれんをおこし、歯をくいしばっているようなときは舌やくちびるをかむことがあるので、折りたたんだハンカチなどを奥歯にかませておきましょう。どうしても口が開かないときは、むりにこじあけてかませる必要はありません。
⑤尿失禁(にょうしっきん)に備えて、腰の下にビニールなどを敷く
 意識状態が悪いと尿をもらすことがあるので、腰の下にビニールなどを敷いておきましょう。
⑥部屋に直射日光が入らないようにする
 直射日光があたったり、風通しが悪く部屋が蒸していると、病人が脱水状態になりがちです。このようなことにならないように注意しましょう。
◎軽症なら不安をしずめて安静に
 軽症の場合は、適切な手当はもちろんのこと、心を落ちつかせてあげることがとてもたいせつになります
①中等・重症のときと同じ手当をする
 軽症の場合も基本的には、中等症、重症に対する応急処置を行ないます。
 注意 ひとりで歩けても、絶対に歩かせてはいけません。発症時は安静にすることがたいせつです。トイレへ行きたくなったときは、できるだけ便器かおむつを使うようにします。
 飲み物を欲しがったら氷をふくませるかくちびるをぬらす程度にとどめます。通常の食事をとらせてはいけません。一刻も早く病院に運びます。
②興奮をしずめて落ちつかせる
 不安になって興奮し、動き回ろうとしたり、暴れたりするときは、幼児をあやす要領でことばをかけて落ちつかせます。救急車の手配や医師への連絡がついていることを伝えると落ちつくものです。
◎一刻を争うときはすぐに病院へ
 頭痛や嘔吐がひどかったり、まひが進んだり、意識状態がしだいに悪くなってくるときは、病状が悪化している証拠です。すぐに救急車を呼び、一刻も早く病人を医師の手に渡すための手段を講じることが必要です。
 自分で病院まで運ばなければならないときは、病人が横になれる広さの車で、頭を進行方向に向け、からだを伸ばした状態にして、誰か病人のそばについて運びます。ふつうの乗用車ではむりです。

脳卒中(のうそっちゅう)の治療
◎薬物療法が治療の原則
◎急性期の治療
◎慢性期の治療

◎薬物療法が治療の原則
 脳卒中をおこしたときは、たとえ軽症でも放置せず、できるだけ早く入院して治療を受けるのが最良です。
 脳卒中は発作後、病状が不安定な急性期と、それ以上は進行しなくなる安定期とに分けられますが、入院すれば、発病初期にたいせつな安静も正しく守ることができ、病状が急変してもすぐに適切な治療が受けられます。
 さらに、手術が必要なときの対応や、安定期に入ってからの後遺症(手足のまひや言語障害など)に対する早期からのリハビリテーションが受けられるなど、患者さんにとって有利なことが多いものです。医師から入院を指示されたときは、従うべきです。
 脳卒中の治療は、手術を必要とする脳動脈瘤破裂(のうどうみゃくりゅうはれつ)によるくも膜下出血(まくかしゅっけつ)などを除いて、ほとんどが、症状に応じた薬剤の使用などの内科的な治療が主体となります。
●脳出血(のうしゅっけつ)の場合
 とくに高血圧による脳出血のときは、特殊な場合(大きな小脳出血や脳圧が高く、脳室が大きくなっている閉塞性水頭症(へいそくせいすいとうしょう)など)を除き、内科的治療を行なうのが原則です。
 重症の場合は、手術をしても、寝たきりや植物状態となることが多く、救命を目的とする以外は手術は行ないません。
 最近、細い針で血腫(けっしゅ)を吸引する手術(血腫吸引術(けっしゅきゅういんじゅつ))が行なわれるようになっていますが、内科的治療とどちらがより勝っているか、まだ結論が出ていません。
●脳梗塞(のうこうそく)の場合
 脳梗塞の場合も、ほとんどが内科的治療になります。
 太い脳血管(内頸(ないけい)・中大脳(ちゅうだいのう)・脳底動脈(のうていどうみゃく))に血栓(けっせん)がつまって6時間以内であれば、管(カテーテル)を血管内に入れて、つまった血管内の血栓を薬で溶かす特殊な治療が行なわれることがあります。
 この治療は、発病後早く行なえば効果が期待できますが、病院の設備、専門医の人数、受け入れ体制、時間的制約などのために、いつでも、どこでも受けられるとはかぎりません。
 また、内頸動脈に70%以上の狭窄(きょうさく)がある場合は、熟練した外科医が細くなっている内頸動脈の傷ついた内膜(ないまく)を切り取ることもあります(頸動脈内膜摘除術(けいどうみゃくないまくてきじょじゅつ))。

◎急性期の治療
 脳卒中をおこしてから2週間以内を急性期と呼んでいます。
 この時期は病状が安定しないので、すぐに入院して、治療を始めることがたいせつです。
 急性期の治療は、全身状態を改善させるための全身管理と、脳の病変を改善させるための薬物療法が中心となります。
●全身管理
①栄養補給
 十分に食事がとれないために脱水状態におちいりがちなので、点滴(てんてき)をして、水分・栄養の補給や、治療に必要な薬剤の注入を行ないます。
 意識状態が悪かったり(傾眠(けいみん)、昏睡(こんすい))、嚥下障害(えんげしょうがい)などで飲食物がとれない場合は、チューブを鼻腔(びくう)から胃の中に通し、このチューブを介して栄養物(経管流動物(けいかんりゅうどうぶつ))や薬剤を注入します。
 このようなケースでは、胃の中の圧に押されて胃の内容物が食道のほうに逆流し、気管に入って窒息したり肺炎をおこしたりする危険がありますが、このチューブは流動物を注入するだけでなく、胃の中の圧を下げる役目もあるので、予防のためにも胃内に入れたままにしておきます(留置)。
②呼吸の管理
 呼吸の状態が悪く、体内が酸素不足におちいっているときは、酸素マスクをかけたり、鼻腔の中にチューブを入れたりして体内に酸素を送り込みます。
 体内の酸素不足がとくにひどい場合は、チューブを口や鼻腔から直接、気管に入れて空気の通り道を確保し、人工呼吸器を使用することもあります。
③尿失禁(にょうしっきん)の手当
 尿失禁があるときは、尿道から膀胱(ぼうこう)までカテーテル(ゴムの細い管)を挿入して尿を体外に排出させる導尿(どうにょう)を行なう一方で、尿量や尿の性状を調べます。
 導尿を続けていると、細菌による感染をおこしやすいので、陰部をこまめに拭(ふ)くなどして、常に清潔にしておくことがたいせつです。
 意識がはっきりしてきたら、できるだけ早く自分の力で排尿できるようにする訓練(膀胱訓練)を開始し、尿道に留置してあるカテーテルを抜くようにします。
●薬物療法
①脳圧降下剤(のうあつこうかざい)
 脳卒中の急性期には、程度の差はあっても、脳がむくんで(脳浮腫(のうふしゅ))脳圧が高くなるため、脳圧降下剤を使用します。
 とくに、意識状態が悪いとき、頭痛や嘔吐が続くとき、CTで脳圧の高いことがわかったときは、すぐに脳圧降下剤を使います。
②血栓溶解薬(けっせんようかいやく)・抗凝固薬(こうぎょうこやく)・血小板凝集抑制薬(けっしょうばんぎょうしゅうよくせいやく)・抗(こう)トロンビン薬(やく)
 脳血栓で、症状が徐々に悪化し進行してくる場合は、血栓を溶かす血栓溶解薬、血液を固まりにくくして血栓ができるのを防止する抗凝固薬、血小板凝集抑制薬、抗トロンビン薬を適宜、使用します。
③降圧薬(こうあつやく)
 脳卒中発作をおこした後は、血圧が高くなっているのがふつうです。
 脳の血流量は、ふつうの状態であれば、血圧に左右されることなく、かなりの余裕をもって一定の範囲内で必要な量に保たれています(自動調節能)。しかし、脳卒中で脳が障害されると、自動調節能が破壊され、血圧を高くして脳の血流を保とうとする生理的反応がおこってきます。
 したがって、血圧を正常範囲まで下げると、脳へ流れていく血流量が減少してしまうので、脳梗塞の急性期には、合併症のためにどうしても血圧を下げなければならない場合を除いて、降圧薬は使いません。
 しかし、血圧が著しく高い場合は、脳がむくんできて、かえって脳の血流量が減少するため、一時的に降圧薬を使用することがあります。
 脳出血で血圧が高い場合は、再出血をおこすこともあるので、正常血圧よりやや高めに保つように降圧薬を使用します。
④脳代謝改善薬(のうたいしゃかいぜんやく)
 脳卒中では、脳の神経細胞のはたらきが全般的に低下しているので、これを活発化させるために、脳出血、脳梗塞ともに使用することがあります。
⑤脳血管拡張薬(のうけっかんかくちょうやく)
 脳梗塞の場合は、脳血管の内腔を広げて血液の流れをよくする目的で使用します。
 しかし、急性期に使うと、内腔が広がるのは障害されていない脳血管だけで、つまった部位の血流量が逆に減少したり、血流量が増えたためにつまった部位の脳が腫れたりすることがあります。そのため、一般的に急性期には使用されません。
⑥抗潰瘍薬(こうかいようやく)
 脳卒中発作がストレスとなって、胃(い)・十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)が発生することもあるので、これを防止するために使用されることがよくあります。
⑦精神安定剤・鎮静薬(ちんせいやく)・睡眠薬(すいみんやく)
 意識障害のある場合は、通常は使用されません。しかし、大声を出して暴れたり、起き上がって、ベッドから落ちたり転倒したりする危険性があるときは、からだを抑制するため、鎮静薬を使う必要があります。
 意識障害がなく、不安感が強かったり、不眠を訴えるときは、精神安定剤や睡眠薬を使用し、ストレスをとり、安静を保たせます。
抗けいれん薬
 けいれんがおこっていたり、おこす可能性があるときは、抗けいれん薬を使用します。
 薬を服用できないときは、抗けいれん薬の点滴静注を行ないます。

◎慢性期の治療
 脳卒中の発作をおこしてから2週間以上たつと、症状が安定してきます。再発作や合併症もなく発作後4週目以降になると、それ以上に症状が悪化しなくなる時期を迎えます。これを慢性期といいます。
 この時期は、症状に応じた薬剤の使用と、脳卒中をおこす原因となった病気の本格的な治療が主体となります。
●薬物療法
 脳梗塞の場合は、再発を予防するために、必要があれば、急性期にひき続いて血小板凝集抑制薬や抗凝固薬が使われます。
 脳梗塞で血管がつまった部位や脳出血で血腫ができた部位、およびその周辺は血流量が減少しているので、血流量を増加させるために、脳血管拡張薬が使用されることがあります。
 また、低下している脳細胞のはたらきを活発にするために、脳代謝改善薬を使用することもあります。
 これらの薬剤は、脳卒中後遺症としておこる頭痛、頭重感(ずじゅうかん)、めまい、しびれ、意欲の低下、抑うつ状態などの症状の改善に効果を示すことがあります。
●原因疾患の治療
 高血圧、糖尿病、心臓病、高脂血症、多血症などといった、脳卒中の原因となっている病気の治療を行ないます。これは、再発を予防するためにもたいせつです。
 脳動脈瘤、脳動静脈奇形などが存在する場合は、治療には手術が必要になります。
 たばこを吸う人は、禁煙を守ることがたいせつです。

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改訂新版 世界大百科事典 「脳卒中」の意味・わかりやすい解説

脳卒中 (のうそっちゅう)
cerebral apoplexy

脳血管の病的過程により急激に意識障害と運動麻痺をきたしたものをいい,単に卒中apoplexyともいう。したがって脳卒中は一つの症候群であり疾患名ではない。脳血管障害では意識障害や運動麻痺を必ずしも示すとは限らないが,広義に解釈して急性型の脳血管障害という意味で用いることも多い。また,中風(ちゆうふう)/(ちゆうぶう)または中気という言葉が脳卒中と同義に用いられることもあるが,一般には,卒中発作後,後遺症として半身不随(片麻痺)などの運動麻痺を残した状態をいうことが多い。

(1)脳出血(脳溢血(のういつけつ)),(2)脳梗塞(のうこうそく),(3)くも膜下出血,(4)高血圧性脳症などがある。脳出血は脳における急激な出血をいい,脳梗塞は脳動脈の狭窄や閉塞のために,その動脈に栄養される領域の脳組織が壊死におちいったものである。くも膜下出血は,くも膜下腔に及ぶ出血であり,高血圧性脳症は,著しい血圧の上昇により循環障害や浮腫を生じ,これによる精神・神経症状が出現したものをいう。

脳卒中は,日本における死亡原因としては悪性新生物(癌),心疾患と並んで多いものであり,他の先進諸国と比べて高い死亡率を示している。かつては脳出血による死亡のほうが脳梗塞によるものよりも圧倒的に多かったが,おもに脳梗塞の増加により1975年を境に逆転しており,症例数をみれば脳梗塞のほうがはるかに多い。この理由として,脳卒中に対する診断技術の向上と普及,血圧の管理が行き届いてきたこと,食生活の変化,人口の高齢化などがあげられる。くも膜下出血は軽度の増加傾向を示し,脳卒中の5~10%を占める。一方,高血圧性脳症は現在ではまれである。日本における脳卒中死亡率を地域的にみると,東北地方を中心とした東日本で高く,西日本で低いことが注目される。また都市で低く,農村で高い。脳卒中をおこしやすい要因としては高血圧がとくに重要である。そのほかに高齢,多量の飲酒習慣,脳卒中の家族歴,異常心電図,眼底異常,喫煙,糖尿病などがあげられる。

(1)脳出血はさまざまな原因でおこるが,最も多いものは高血圧性脳内出血であり,血管がもろくなったところに高血圧が加わって破れると考えられている。そのほかに血液疾患などで出血しやすい状態,脳腫瘍内への出血,動脈瘤,外傷,続発性脳幹出血,脳動静脈の炎症性疾患などでもおこりうる。(2)脳梗塞は,(a)アテローム硬化を伴う脳血栓症,(b)脳塞栓症,(c)他の原因による脳梗塞,(d)原因不明の脳梗塞,に大きく分けられる。(a)は頸動脈や脳動脈にアテローム硬化をきたし,その部に凝血塊(血栓)を生じるものである。(b)は心臓その他の部位に生じた血栓がはがれて血流を介して移動し,脳の動脈を詰まらせるためにおこることが多い。血栓以外に脂肪,空気,腫瘍なども塞栓となりうる。(c)の原因としては脳静脈血栓,全身性低血圧,動脈撮影の合併症,動脈炎,血液疾患,解離性大動脈瘤などが知られている。(3)くも膜下出血は特発性のものと,外傷や脳出血などで二次的におこるもの,血液疾患や膠原(こうげん)病などに伴うものがある。特発性のものでは動脈瘤の破裂によるものが最も多く,動静脈奇形によるものもある。(4)高血圧性脳症は急激に血圧が上昇し,脳浮腫を生じたためにおこると考えられている。

(1)脳出血は突然頭痛,めまい,嘔吐などをもって始まり,意識は障害され失禁や痙攣(けいれん)などをきたすことが多い。発作は活動中に多く,冬季に多い。大脳半球内の出血では基底核部に出血するいわゆる外側型が多く,視床部に出血するいわゆる内側型がこれに次ぐ。運動機能をつかさどる経路ならびに知覚を伝える経路は,大脳半球内の内包を通っているが,これらはいずれも下位では交差して反対側に分布している。そのため大脳半球内の病変では反対側の半身麻痺(片麻痺)と知覚異常を呈する。さらに左右の眼球が病変側を向くことも多く(共同偏視),半盲,失語,失行,失認などをみることもある。内側型では麻痺に比べて知覚異常の程度が強く,左右の眼球が下内方へ向き,一般に意識障害が強いことが特徴である。小脳出血の場合は激しいめまいと嘔吐があり,当初は意識は比較的保たれている。一定の体位をとり,体を動かされることをきらう。進行すれば意識障害は増悪する。橋(きよう)出血では急激に昏睡におちいり死亡することが多い。四肢麻痺,痙攣,呼吸異常などの自律神経症状,瞳孔の縮小などがみられる。

(2)脳梗塞は壊死におちいった部分の障害による神経症状が主であり,意識障害は比較的軽い。頭痛も少なく軽度であり,嘔吐も少ない。アテローム硬化を伴う脳血栓症は,前駆症状として一過性脳虚血発作を伴い,症状が段階的に進んでいくことが多い。高齢者に多く,高血圧や糖尿病の合併が多い。脳塞栓症は前駆症状はないことが多く,急激に発症する。年齢や高血圧とは無関係である。脳梗塞の神経症状としては,内頸動脈系の閉塞では病変と反対側の半身運動麻痺と知覚異常がみられることが多い。半盲,痙攣などをみることもある。知能障害や失語,失行,失認といった高次大脳機能の障害もおこりうる。一方,椎骨脳底動脈系の閉塞では視力障害,小脳性失調,不随意運動やさまざまの脳神経障害を生ずる。とくに脳幹部の障害では,病変側へ分布する脳神経と反対側の運動機能をつかさどる経路である錐体路が同時に障害されるため,交代性片麻痺といわれる特徴ある病像を呈する。

(3)くも膜下出血は突然激しい頭痛をもって始まることが特徴である。発作以前に動脈瘤による圧迫症状として動眼神経麻痺(瞳孔が開いたり眼球運動が障害される)や視野・視力の障害,痙攣などがおこることがある。意識障害は多くは一過性で軽度のことが多く,ない場合もある。昏睡におちいった場合はきわめて予後が悪い。頂部硬直(うなじの部分を屈曲させようとすると抵抗がある)やケルニヒ徴候などの髄膜刺激症状がみられる。興奮などの精神症状や半身麻痺などを呈することもある。

(4)高血圧性脳症では頭痛,痙攣,意識障害,精神症状を呈し,半身麻痺などを伴うこともある。

以上述べた臨床症状に基づいて診断するが,脳コンピューター断層撮影はきわめて有用なものであり,出血部は高吸収域として,梗塞部は低吸収域としてとらえられる。くも膜下出血では髄液に血液が混ざり,血性であることが重要な決め手であり,動脈瘤,動静脈奇形などの発見のために脳血管撮影を行う。

脳出血では約70%が死亡するといわれており,死亡例の大多数は発作後2週間以内に死亡している。脳梗塞は脳出血と比べ死亡率20~30%と低い。くも膜下出血は再発をおこしやすく,内科的治療法のみでは死亡率はきわめて高い。発作後1~2週以内に再発することが多く,なるべく早く外科手術を行うべきである。後遺症の予後は障害された部位による。半身麻痺については,6ヵ月を過ぎても残るものは回復の見込みが少ない。知覚異常や失語症などは1年以上かけてよくなることがある。
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発作直後は安静を保ち頭を低くする。嘔吐のある場合は麻痺側を上にして横臥させる。昏睡状態や嘔吐の激しい患者などで症状が目に見えて悪化している場合には移送をひとまず見合わせるが,なるべく早期に設備の整った病院へ入院させることを原則とする。呼吸気道の確保は最も重要であり,必要に応じて気管切開や酸素吸入を行う。輸液や栄養補給を行い,感染の予防に気をつける。脳浮腫に対してはグリセリンや副腎皮質ステロイドを用いる。脳出血,くも膜下出血,高血圧性脳症で著しい高血圧を示す場合には降圧剤を使用する。脳梗塞の場合は原則として初期には降圧剤は使用しない。脳梗塞では抗凝血薬,血栓溶解剤や脳血管拡張剤などを用いることがある。外科的療法は近年著しい進歩をとげたが,なかでも脳動脈瘤や脳動静脈奇形によるくも膜下出血については手術が最適の治療法である。また小脳出血にも手術療法が行われる。

 脳卒中では,ともすると長期の安静臥床を招きやすいが,運動麻痺をきたしながら,早期のリハビリテーション訓練により歩行が可能になる例が多いので,適切な初期リハビリテーションはきわめて重要である。近年は脳外科手術を含む集中治療方式により,脳卒中の急性期の死亡を減少させるのにかなり効果をあげているけれども,長期臥床患者の原因疾患を調べるとやはり脳卒中が最も多い。この場合,すでに述べたように半身麻痺のほか,失語症,視野の異常や聴覚障害,その他場合により失認や失行を伴うこともある。これらの症状に対しても,言語治療やその他のリハビリテーション訓練が行われ,患者の日常生活動作がある程度改善されることがある。脳卒中が再発すると運動障害が一般に重症である。

 脳血管障害を有する患者の多くには高血圧の合併が認められ,心疾患,糖尿病,痛風などを伴うことも少なくないので,全身的管理を必要とする。若年者であれば,損傷部を補う脳の働きを期待でき,社会に復帰して再び職業に就くことをリハビリテーションのゴールとすることも可能であり,また患者自身にも意欲がうかがえる。しかし高齢患者の場合,脳卒中による身体機能障害からの回復も遅いうえに,家庭に戻って逃避的傾向が助長され臥床時間が長くなると運動機能が再び低下してしまうことが多い。このような人々に対して最近,家庭訪問による看護やリハビリテーション訓練,指導が実施されるようになってきた。したがって脳卒中患者に対しては,急性期の救命処置から慢性期の社会的・心理的援助までを含む,多面的チーム医療が行われるべきであろう。
蜘蛛(くも)膜下出血 →高血圧性脳症 →脳梗塞 →脳内出血
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英語では卒中のことをapoplexyというが,これはギリシア語apoplēssein(〈たおす〉の意)から派生した語で,古代ギリシアにもこうした病気があったことがわかる。ヒッポクラテスは,脳の損傷部の反対側の身体に麻痺や痙攣がおこり,40~60歳代にかかりやすいと述べている。アレタイオスは神経交叉(こうさ)と半身不随について論じ,ガレノスはこれを臨床的に観察した。中国の最古の医書《黄帝内経(こうていだいけい)》では,この病気は〈邪風に中(あた)り,撃仆(うちたおれ)偏枯(半身不随)となる〉と記されており,はじめ〈中風〉と呼ばれ,のちには〈中気〉とも呼ばれ,また〈風病〉ともいわれた。これは,脳卒中が外的因子の風によっておこるという考えと,内的因子の気によっておこるという二つの考えがあったからである。日本最古の医書《医心方》は前者の考えを,また中世の医家たちは後者の内因説を重視した。ヨーロッパでは解剖学の発達にともない,18世紀イタリアのモルガーニが病理解剖学的に脳卒中を明らかにした。

 日本では,平安末の絵巻《病草紙(やまいのそうし)》の巻頭に描かれた〈風病(ふびよう)の男〉は,〈ひとみつねにゆるぎ,ふるひわななく〉という詞書(ことばがき)とその描写からみて,眼球振盪,口渇,半身不随の症候を示した脳卒中と考えられる。江戸時代になると医師の香月牛山や香川修徳たちが中風について詳細に観察しており,貝原益軒も《養生訓》で最も詳しくとりあげている。いずれも過度の酒食によっておこることを述べているが,とくに寒冷地では飲酒を過ごし,米塩を多量にとることから,脳卒中が多発していた。北信濃の俳人小林一茶も,58歳のとき中風となり,3度目の発作で65歳で没した。化政期には中風が流行病のようにはやっていたことを松浦静山は《甲子夜話(かつしやわ)》に述べており,過去帳に記載された病名でも脳卒中が上位を占めていた。そして近代以降も日本では1951年から80年まで死因の第1位であった。
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六訂版 家庭医学大全科 「脳卒中」の解説

脳卒中(脳血管障害)
のうそっちゅう(のうけっかんしょうがい)
Stroke (Cerebrovascular disease)
(脳・神経・筋の病気)

脳卒中とは

 脳卒中という言葉は一般的な用語であり、医学用語ではありません。正式には脳血管障害といいます。脳卒中の卒は卒倒(そっとう)(突然倒れる)の卒で“突然に”の意味、中は中毒(毒にあたる)の中で“あたる”という意味ですから、脳卒中とは脳の病気で突然に何かにあたったようになる(倒れる)ことを意味します。

 これは中国から渡ってきた言葉ですが、西暦760年の日本の書物にすでに見られますから、この病気は日本でも長い歴史をもっていることがわかります。近代医学が発展する前から、人々は卒中という病気があることをある程度理解していたことの証拠でもあります。

脳血管障害の分類

 脳梗塞(のうこうそく)脳出血(のうしゅっけつ)くも膜下出血(まくかしゅっけつ)の3つが代表的な脳血管障害です。

 図1に示すように、脳の血管が動脈硬化や、ほかの部位から流れてきたもの(栓子(せんし)といいます)によってふさがってしまうと血流が途絶えてしまいます。その結果、その先の脳組織に血液や血液によって運ばれてくる酸素、ブドウ糖などの栄養物が来なくなり、脳組織が死んでしまうのが脳梗塞です。

 一方、脳の深部の細い血管に高血圧や加齢によって小さなこぶがたくさんでき、これが急に血圧が上昇した時などに破裂して脳のなかに血腫(けっしゅ)ができるのが脳出血、脳の表面の太い血管に動脈瘤(どうみゃくりゅう)ができてそれが破裂し、脳を包む3枚の膜(外から硬膜(こうまく)、くも膜、軟膜(なんまく))のうち、くも膜と軟膜の間(すなわちくも膜の下)に出血が起こるのがくも膜下出血です。

 そのおのおのについてはあとで詳しく説明します。

 脳卒中は日本の国民病のひとつではありますが、その死亡数は年々減る傾向を示しています。しかしそれは主に脳出血による死亡が減っているからで、脳梗塞くも膜下出血による死亡はあまり減っていません。

 むしろ死亡率が下がっているわりには発症率が下がっていないので、実際に病院にかかっている患者さんの数は増えています。

 日本におけるある日の調査では、その日に入院中、あるいは外来を訪れた148万人の脳卒中の患者さんのなかで、脳梗塞が約75%、脳出血が15~20%、くも膜下出血が5~10%という結果が出ています。日本で脳卒中で悩む患者さんの4分の3が脳梗塞であることがわかります。

原因は何か

 脳卒中を起こす最大の原因は、高血圧と加齢だといわれています。しかしそのほかにもたくさんの原因が知られており、それらは危険因子と呼ばれています。もちろん、脳梗塞脳出血くも膜下出血かによって危険因子は多少違います。

 脳出血高血圧と加齢に加えて、出血性素因(血が固まりにくいこと)や動脈硬化などが危険因子になります。くも膜下出血は動脈瘤の存在と高血圧が最も強い危険因子です。

 いちばん数の多い脳梗塞の原因はさまざまです。高血圧、加齢のほかに糖尿病、心臓病、脂質異常症、肥満、喫煙、多量飲酒、ストレス、脱水、炎症、血液凝固系異常(けつえきぎょうこけいいじょう)(血が固まりやすいこと)や遺伝のほかに、まれに抗(こう)リン脂質抗体(ししつこうたい)症候群、高インスリン血症や高ホモシスティン血症などが原因になります。

検査と予防

 危険因子の多くは簡単な検査でわかります。健康診断や人間ドックでこれらの因子が見つかれば、早めに生活習慣の改善や治療をすることが脳卒中の予防につながります。加齢や遺伝は治療できませんが、同時に存在する他の危険因子をしっかり治療すれば、脳卒中の予防に十分役立ちます。

 脳ドックなどで行うMRI検査で偶然、無症状ではあっても、脳梗塞(かくれ脳梗塞とか無症候性脳梗塞(むしょうこうせいのうこうそく)という)が見つかることがあります。私たちの調査では、このような人は将来、本当の脳卒中になりやすいのです。

 また、破裂する前の動脈瘤が見つかることもあります。この時は、ただ心配するだけではなく、早急に専門の医師(神経内科医、脳外科医、脳卒中専門医など)に相談してください。いろいろな予防法があります。

病気に気づいたらどうする

 軽い症状でも脳卒中らしいと感じたら、1分でも1秒でも早く専門医のいる病院へ行くことです。そのためには、家族に脳卒中の危険因子を多くもつ高齢者がいる場合は、万一の場合、近くのどこの病院に運べばよいかを普段から考えておくとよいと思います。

 脳卒中は恐ろしい病気ですが、施設の整った専門医のいる病院に1分でも早く連れていくことで、死を免れたり後遺症を少なくすることができます。

篠原 幸人


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「脳卒中」の意味・わかりやすい解説

脳卒中
のうそっちゅう
cerebral apoplexy

急激に意識を失って倒れ、半身不随に陥るのが典型的な症状である疾患の総称で、脳血管障害の同義語として使われることが多い。卒中とは卒然(突然)邪気や邪風に中(あた)るという意味で、卒中風の略とされており、中気や中風ともよばれた。またapoplexyの語源はギリシア語で、殴られて倒れる状態を意味する。かつては、ほとんどが脳出血であったことから、脳溢血(いっけつ)ともよばれていた。

 脳卒中の種類は1969年(昭和44)当時の文部省総合研究班(班長冲中重雄(おきなかしげお))により、脳梗塞(こうそく)(脳血栓、脳塞栓)、頭蓋(とうがい)内出血(脳出血、くも膜下出血)、脳梗塞を伴わない一過性脳虚血発作、高血圧性脳症に分類された。その後、幾度かの変遷があって、一過性脳虚血発作は、局所性神経脱落症状が普通数分続き、24時間を超えることなしに痕跡(こんせき)を残さず治り、血管病変を有する患者にみられ、しばしば再発する傾向があると定義され、低血圧に伴う一過性脳虚血発作は除外された。

 一方、アメリカのミリカンMillikanらが1975年に発表した脳卒中の診断基準で、病期による分類をしているのが注目される。すなわち、一過性脳虚血発作のほかに、神経症状変動期として症状が悪化または軽快しつつある時期をあげ、悪化進行しているものを進行型発作progressing strokeとした。また神経症状固定期として、局所症状が24時間以上持続するが3週以内に消失するものを可逆性脳虚血症状reversible ischemic neurological deficit(RIND)といい、局所症状が3週以上固定して存在するものを狭義の完成型発作completed strokeとした。

 なお、脳卒中は、わが国では癌(がん)、心臓病とともに死亡率が高い疾患の一つで、1999年度(平成11)の年間死亡者数は約13万9000人で、4分間に1人が死亡する割合となる。また脳出血と脳梗塞の割合は、従来は脳出血が多かったが、1974年から逆転して脳梗塞死が脳出血死より多くなってきている。

[荒木五郎]

発作時の看護

かつては、脳卒中で倒れたらその場を動かさないことが原則とされたが、現在では可能な限り早く脳外科とCT(コンピュータ断層撮影)装置のある病院に運ぶことが原則となっており、倒れて6時間以内が勝負といわれている。CTでは4、5分間で診断が下される。一般に脳卒中の発作時に医師がいる例はほとんどないので、居合わせた人はなるべく次のような事項を調べて医師に報告することが望まれる。

(1)いつ、どんな症状がおこったか
(2)発症したとき、頭痛、めまい、吐き気、嘔吐(おうと)があったかどうか
(3)意識障害があったかどうか、あった場合はその程度、たとえば、名前を呼んだら反応があったか、大きな声で呼んだらどうか、つねってみると目を覚ますかどうかといったこと
(4)呼吸や脈は規則正しいかどうか、1分間にどのくらいか
(5)高血圧、糖尿病、心臓病の治療中だったかどうか、どんな薬を服用していたか
などである。ただし、あわてて体をゆすったりしてはいけない。

[荒木五郎]

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百科事典マイペディア 「脳卒中」の意味・わかりやすい解説

脳卒中【のうそっちゅう】

卒中,中気,中風(ちゅうぶう)とも。脳または脊髄の出血,軟化,炎症などによって起こるが,一般には,脳溢血脳塞栓(そくせん),脳梗塞(こうそく)の後に残る麻痺(まひ)の状態をさす。意識消失発作後,意識は回復したが,手足の麻痺,言語障害,呼吸困難などの症状が残っている状態をいい,感染の予防や麻痺の進行を抑え,回復を図る治療が必要。
→関連項目かくれ肥満くも膜下出血専門人間ドック中気脳低体温療法パニック障害ポジトロン断層撮影法もやもや病

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知恵蔵 「脳卒中」の解説

脳卒中

脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、一過性脳虚血発作の総称。脳梗塞は、脳の血流量が低下したり脳組織の酸素が不足したりして脳細胞に障害が起こること。その原因により、脳血栓症、脳塞栓症などに分かれる。脳血栓症の大部分は動脈硬化症によって起こり、半数に一過性脳虚血が見られる。睡眠中や安静時に起き、目覚めた時に症状に気付くことが多い。特徴的なのは、症状が段階状に進行することで、意識障害のほか、身体の片側の麻痺などを示し、知覚・視覚障害なども見られる。脳出血は、脳の血管が動脈硬化によってもろくなり、血圧が一時的に高くなると、動脈が破れて出血が起こることである。多くの場合、意識消失、深い昏睡、半身麻痺などを起こす。くも膜下出血は脳を覆っているくも膜と脳軟膜の間に出血することで、動脈瘤(りゅう)や動脈硬化などがあると一時的な血圧の上昇によって動脈が破れる。突然の激しい頭痛に襲われたり、一時的な意識障害に陥る。予防のためには、規則的な生活、疲労やストレスの軽減、十分な水分摂取、適度な運動、熱い風呂に入らない、便秘をしない、食べ過ぎない、酒を飲みすぎない、たばこを吸わない、などが大切である。

(今西二郎 京都府立医科大学大学院教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「脳卒中」の意味・わかりやすい解説

脳卒中
のうそっちゅう
cerebral apoplexy

脳の循環障害によって急激に意識障害に陥り,運動障害や言語障害を伴う疾患群をいう。多種多様な疾患が含まれるが,原因別に,脳出血,脳梗塞 (→脳軟化症 ) ,クモ膜下出血に大別される。脳梗塞には脳塞栓 (脳栓塞) と脳血栓が含まれる。脳卒中は日本における死亡原因では,癌や心臓病とともに多く,積極的に予防対策が進められている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

生活習慣病用語辞典 「脳卒中」の解説

脳卒中

脳血管疾患 (脳血管障害) のことで、大きく脳梗塞と脳出血に分類されます。

出典 あなたの健康をサポート QUPiO(クピオ)生活習慣病用語辞典について 情報

栄養・生化学辞典 「脳卒中」の解説

脳卒中

 →脳血管障害

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の脳卒中の言及

【鼾】より

…気道の一部が狭くなることにより発生する点では喘息と似ているからである。いびきに正常と異常の境界はつけにくいが,脳卒中発作の際のいびきは特徴的である。ケルススにはこれを思わせる記載がある。…

【リハビリテーション】より

…そして第3は骨成長が皮膚や筋肉の成長を追い越していくために断端の皮膚の壊死を招くという問題がある。
[脳卒中のリハビリテーション]
 脳血管障害は長い間,日本の死因統計で首位を占めてきた。これに伴って脳卒中のリハビリテーションは多数の対象者を有し,早期から適切なリハビリテーション・プログラムを実施して大きな効果をもたらすことが知られている。…

※「脳卒中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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