翻訳|putrefaction
食品,生物の遺骸,分泌物,排出物などの有機物が,微生物の作用によって分解して変質し,悪臭などを生成する現象をいう。腐敗が起こると,多くの場合に酸素の供給が不十分な状態で,微生物による代謝が発酵的な型式によって進行するため,種々の不完全分解物が生成する。とくにタンパク質からは各種のアミン,低級脂肪酸,メルカプタン,硫化水素,インドール,スカトール,アンモニアなど,悪臭の原因となる多くの物質が生成するので,一般に腐敗の主要基質とみなされるが,炭水化物,糖からも酪酸,プロピオン酸,アセトイン,ジアセチルなど,脂質からも各種の低級脂肪酸やカルボニル化合物が生成して悪臭の原因となる。腐敗は種々雑多な微生物によって起こるが,とくに酸素の無い条件でよく生育する嫌気性菌が主役を占めることが多い。その仲間であるクロストリディウム属Clostridiumの細菌はタンパク質の腐敗にしばしば関与し,その中には強力な毒素を産生して,食中毒の原因菌となるボツリヌス菌が含まれている。以前は,腐敗した食物による食中毒は,タンパク質が分解して生成したアミン類によるものと考えられて,それらをプトマインと称したが,現在ではこの考えは否定され,食中毒はそれぞれ特定の細菌に起因することが明らかになっている。
腐敗に関連した微生物の分解作用の好ましくない面の一つとして,木材腐朽のような資材の微生物的劣化があるが,この場合には各種のカビが主役を担うことが多い。担子菌(キノコ)に属するカビでセルロースを分解する酵素であるセルラーゼをつくるものは,しばしば建築資材の激しい腐朽劣化を引き起こす。腐敗,腐朽は人間に害をもたらす一方では,有機物中の炭素,窒素,リン,硫黄などの元素が無機化される過程の一部であり,地球規模における元素の循環における有機物の分解過程に,微生物が果たしている役割は重要である。
→発酵
生物が無生物から自然に発生するという信念は,自然発生説として長い歴史がある。生物についての知識が蓄積してくるとともに,動物や植物については否定されるようになった自然発生説は,17世紀にA.vanレーウェンフックが顕微鏡によって微生物を発見すると,あらためて息を吹き返した。加熱した後のスープが腐敗して,その中に無数の微生物が出現するのは,あたかも微生物が自然発生するものと思われたのである。これを否定する最初の実験は18世紀中ごろL.スパランツァーニによって行われた。近代微生物学の創始者の一人となったL.パスツールは,19世紀半ばに,外界からの微生物の侵入を防ぐきわめて巧みな実験によって,微生物の自然発生を最終的に否定したが,その研究を通じて空中をはじめいたるところに目に見えない微生物が遍在する事実と,それに対処する微生物学的手法の基礎が確立された。
材料の中の微生物を完全に滅菌した後で,外部からの微生物の侵入を防ぐように密栓して保存する方法と,微生物の増殖に不適当な条件を設定して外部から微生物が侵入しても腐敗が起こらないようにする方法とに大別される。缶詰,瓶詰は前者の代表例であり,塩漬,砂糖漬などは後者の例である。
滅菌の手法として最も一般的なものは加熱である。加熱によって最も死滅しにくい一部の細菌の胞子をも殺すために,圧力釜(オートクレーブ)中での加圧蒸気による加熱滅菌がよく用いられるが,対象によってはより低温での加熱(パスツーリゼーション)や瞬間加熱殺菌なども用いられる。また放射線(γ線)殺菌も効果的な方法である。液体の場合には,微生物が通過できないようなろ過膜によるろ過除菌もよく用いられる。
微生物の増殖を抑制する方法としては,温度,浸透圧,pHなどの物理化学的条件を調節するか,防腐剤として化学薬品を添加する方法がとられる。低温貯蔵は,対象の種類によらず普遍的に適用できる方法であるが,+5℃程度の冷蔵庫保存では,低温でも生育しうる好低温菌などの増殖に注意する必要がある。各種の乾燥食品や塩,砂糖を添加した保存食品は,それによって材料中の浸透圧を一般の微生物が増殖しえない程度まで上昇させて防腐の目的を達成しているが,この場合も好浸透圧菌,好塩菌による汚染がときに起こりうる。漬物は塩分と同時に,乳酸発酵によって生成する乳酸のpH低下効果を防腐に利用している。防腐剤としては各種の合成化合物や抗生物質が用いられるが,食品の場合などではその安全性について十分な注意が必要であり,また耐性菌の出現しやすい抗生物質の安易な使用は慎まねばならない。
執筆者:別府 輝彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物の遺骸(いがい)(死んだ個体や組織)や排出物など窒素を含む有機物質が、嫌気的細菌の働きによって不完全分解する現象をいう。タンパク質は、細菌の生産する加水分解酵素により分解されてアミノ酸となる。アミノ酸からは脱アミノ反応によって低級脂肪酸やアンモニアが生じ、脱カルボキシ(カルボキシル)反応によってアミンが生じる。また、硫黄(いおう)原子を含む含硫アミノ酸からは含硫化合物が生じる。脂肪も不完全分解によって低級脂肪酸を生ずる。糖は発酵してエタノール(エチルアルコール)やブタノールなどのアルコール類のほか、酢酸、酪酸、プロピオン酸などの低級脂肪酸、アセトインやジアセチルなどの低分子ケトン類を生ずる。これらの過程では二酸化炭素、水素、メタンなどのガスも発生する。有機物の嫌気的分解によって生じるこれらの物質の多くは悪臭を発するが、これがいわゆる腐敗臭である。腐敗をおこす細菌は多種あり、とくに枯草(こそう)菌、クロストリジウム、シュドモナス(プソイドモナス)などがよく知られている。大腸菌は哺乳(ほにゅう)類の腸内に普通にみられる細菌で、個体が生きている間は消化を助ける働きをしているが、死ぬとその腐敗に重要な役割を果たす。
腐敗がおこるためには水分が必要であり、また、細菌が繁殖しやすい20~40℃が適温で、したがって夏季に腐敗が生じやすい。食品の防腐保存に、冷蔵、冷凍、乾燥、加熱、脱水、燻煙(くんえん)などを行うのは、細菌の繁殖を妨げるためである。防腐剤も用いられるが、その抗菌作用は人体に有害なものが多い。
腐敗は不快な現象であるが、自然界においてはきわめてたいせつで、生体で利用されていた複雑な有機窒素化合物を、簡単な有機窒素化合物や無機窒素化合物に変化させ、これによって生物が窒素を循環利用できる仕組みが形成されている。
[嶋田 拓]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
微生物,または酵素によるタンパク質や含窒素有機化合物の低分子化合物への嫌気的分解によって,毒性や不快臭のある低分子化合物が生成する現象.タンパク質,アミノ酸が脱炭酸されて有毒アミン類に変化する.たとえば,アルギニン,オルニチンからプトレッシン,リシンからカダベリンなどが生成する.また,微生物による化学変化で,アンモニア,ヒドロキシ酸,アルコール,アルデヒド,低級脂肪酸,二酸化炭素,硫化水素などを生じる.腐敗にはClostridium属やProteus属の細菌が関与しており,複雑な諸過程から成り立っているが,物質循環のためには重要である.食品の腐敗で毒素が生じる場合には食中毒の原因となる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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