膜性腎症

内科学 第10版 「膜性腎症」の解説

膜性腎症(原発性糸球体疾患)

概念
 膜性腎症は糸球体基底膜の上皮側にびまん性に免疫複合体が沈着し,基底膜が肥厚する疾患である.通常増殖性所見は目立たないが,軽度ないし中等度のメサンギウム増殖が認められることもあり膜性糸球体腎炎ともよばれる.ネフローゼ症候群を呈するものが約60%で,その重要な原因疾患の1つであるが,尿蛋白がその基準に達しない場合は予後が比較的良好である.中高年者に多く,悪性腫瘍などの基礎疾患がある二次性の症例も知られている.
病因
 多くの症例はいわゆる特発性であり,免疫複合体を形成する抗原は不明であるとされてきた.実験的には,膜性腎症のモデルであるHeymann腎炎において,糸球体上皮にメガリンあるいはgp330とよばれる共通抗原が同定されており,基底膜上皮側に親和性をもつこのような抗原に抗体が結合して免疫複合体を形成するとの局所(in situ)説が考えられてきたが,メガリンはヒトには認められなかった.これに対して,最近ボストン大学のSalantらの研究グループが,ヒトにおけるこの種の抗原としてM型ホスホリパーゼA2受容体(MPLA2R)を同定し,大きな話題となった.彼らの研究によれば,世界各地の特発性膜性腎症の約70%で抗原がMPLA2Rとのことであるが,わが国の症例ではまだ明らかになっていない.抗体についても,特発性ではIgG4が主体となっていることが報告されている.免疫学的に,ヘルパーT2細胞活性(Th2)がIgG4産生と膜性腎症発症のそれぞれにかかわるとの研究があり,病因に関してTh2を介した両者の関連が注目される.膜性腎症には,悪性腫瘍全身性エリテマトーデスのような自己免疫疾患,BおよびC型肝炎や寄生虫病などに伴い,二次性に発症するものがあり,腫瘍,微生物,自己組織の一部が発症要因となりうることが考えられる.さらに,関節リウマチの治療に使われる金製剤やd-ペニシラミンのほか,薬剤や重金属が引き金となる場合が少なくない.
疫学
 日本腎臓病総合レジストリーの報告(Sugiyamaら,2011)では,膜性腎症はわが国における腎生検例の8~9%であり,ネフローゼ症候群の27.1%,一次性に限れば37.8%を占めている.その大半は40歳以上で発症し,65歳以上の高齢者での割合は57%に達する.この中で悪性腫瘍に伴うものが10%前後,それらを含めた二次性のものが20〜30%あるといわれている.
病理
 光学顕微鏡では糸球体係蹄のびまん性肥厚が特徴的であるが,初期にはその変化が軽度なため微小変化群との鑑別が難しい.しかし,典型的な例では,基底膜上皮側にアザン-Mallory染色やトリクローム染色で赤色の細顆粒状の沈着物が,またPAM染色でスパイク形成や虫喰い像が観察される(図11-3-9).メサンギウム細胞増殖は通常めだたないが,ときに中等度の所見を示す場合がある.また,症例によっては分節性硬化や半月体形成を伴うことがあり,間質の増加とともに予後不良の指標とされる.
 免疫組織学的には,主としてIgGの糸球体係蹄に沿ったびまん性細顆粒状沈着がみられるが,多くの場合C3も同様の所見を呈する(図11-3-10).
 電子顕微鏡所見については,ChurgとEhrenreichによるステージ分類が広く知られている(図11-3-11).Ⅰ期では糸球体基底膜上に播種状の小型の高電子密度沈着物が観察される.Ⅱ期では沈着物は増加し,沈着物の間に隆起した基底膜がみられるようになるが,この部分が光学顕微鏡でスパイクとして観察される.Ⅲ期ではスパイクはさらに盛り上がり,沈着物を覆うようになる.この段階で,沈着物の電子密度はしばしば低下する.Ⅳ期になると沈着物は消失し,基底膜の肥厚は不規則となる.高電子密度顆粒は通常基底膜上皮側にのみ沈着するが,二次性の場合にはメサンギウム周囲にもみられる.
臨床症状・検査成績
 ネフローゼ症候群を呈する例が約60%を占めるといわれるが,尿蛋白の増加は緩徐で症状が目立たず,検診などによる無症候性蛋白尿や脂質異常症が発見のきっかけとなることもある.また,尿蛋白量の変動が大きな症例もあり,尿蛋白選択性は症例によりさまざまである.血尿は報告により異なるが,20~40%にみられる.高血圧の併発は10〜35%であるが,進行因子として注意を要する.また,二次性の可能性もあるので,悪性腫瘍,膠原病,肝炎などに関する検査異常を十分に調べる必要がある.
診断
 緩徐に発症する中高年者のネフローゼ症候群では,まず本症を疑う必要があるが,確定診断には,前述のような病理所見によるので,腎生検が必須となる.
鑑別診断・合併症
 二次性の可能性を念頭におき,悪性腫瘍,膠原病,ウイルス性肝炎など基礎疾患の有無を調べる.悪性腫瘍としては固形腫瘍が多いが,その種類は多岐にわたっている.膠原病では全身性エリテマトーデスや関節リウマチに併発しやすいが,リウマチでは治療薬としての金製剤やd-ペニシラミンなどが病因となることがある.また,最近IgG4関連腎臓病での報告も注目されている. ネフローゼ症候群では動静脈血栓の形成が問題となることがあるが,そのなかでも本症での頻度が高い.本症が高齢者に多く,血管障害や脂質異常症を合併しやすいことと関連があると思われる.
治療
 治療は,症状や年齢,合併症の有無を考慮して方針を定める必要がある.特発性では,ネフローゼ症候群を示さず,安定した状態であれば,定期的な経過観察だけでよいこともある.一方,ネフローゼ症候群やそれに近い高度の蛋白尿を呈する場合には,ステロイドを主体にした免疫抑制療法が必要となることが今般のネフローゼ症候群診療指針(松尾ら,2011)でも示された.初期治療としては,プレドニゾロン0.6~0.8 mg/kg体重/日相当を投与する.ステロイドで4週間以上治療しても,尿蛋白が1 g/日以下に減量しないステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の場合には,免疫抑制薬としてシクロスポリン2~3 mg/kg体重/日またはミゾリビン150 mg/日またはシクロホスファミド50~100 mg/日の併用を考慮する.ただし,免疫抑制薬にはそれぞれ副作用をきたすおそれがあり,とくにシクロホスファミドでは生殖機能の抑制,白血球減少,肝障害,悪性腫瘍誘発の危険性に注意して,投与期間を通常2~3カ月に限定する.また,シクロスポリンでは尿細管障害や動脈硬化,高血圧が発現するおそれがある.いずれにせよ,これら免疫抑制薬は,主として高齢者が対象であることを考慮して慎重に投与しなければならない. 補助療法として,高血圧が長期間続く場合には,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬などの降圧薬,脂質異常についてはHMG還元酵素阻害薬やエゼチミブなどの脂質代謝改善薬投与も考慮する.さらに,血栓形成の危険性に対して,抗凝固薬であるワルファリンの使用も考える.
予後
 膜性腎症のなかには,自然寛解例が30%程度あるといわれるが,その多くはネフローゼ症候群を呈さない症例である.一方,ネフローゼ症候群を呈する症例の多くはステロイド抵抗性で,6カ月を経過しても尿蛋白の減少が不十分な難治性ネフローゼ症候群も少なくない.わが国における全国的コホート研究では,腎不全にいたる症例の割合が10年では10%であるが,20年で40%に達することが示された.このような長期予後は尿蛋白の減少に強く相関しており,ステロイド抵抗性や難治性の症例に対して早期に尿蛋白の減少をはかることが,予後の改善につながると考えられる.[斉藤喬雄]
■文献
本田一穂:膜性腎症.腎生検病理アトラス(日本腎臓学会・腎病理診断標準化委員会,日本腎病理協会編),pp98-104, 東京医学社,東京,2010.松尾清一,今井圓裕,他:ネフローゼ症候群診療指針.日腎会誌, 53: 78-122, 2011.
Sugiyama H, Yokoyama H, et al: Japan renal biopsy registry: the first nationwide, web-based, and prospective registry system of renal biopsies in Japan. Clin Exp Nephrol, 15: 493-503, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

家庭医学館 「膜性腎症」の解説

まくせいじんしょう【膜性腎症 Membranous Nephropathy】

[どんな病気か]
 膜性腎症は、免疫複合体(めんえきふくごうたい)(体内に入ったウイルス、細菌、異物などの抗原(こうげん)と、それを無害化する抗体(こうたい)が結合したもの)が、糸球体(しきゅうたい)の基底膜(きていまく)に沈着して腎臓(じんぞう)の濾過(ろか)機能を障害する病気で、子どもにはめったにみられず、おとなのネフローゼ症候群(「ネフローゼ症候群」)の原因として重要です。
[原因]
 大部分は、直接的な原因がはっきりしない(特発性(とくはつせい)の)ものですが、B型肝炎(かんえん)ウイルスなどによる感染症、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)、全身性エリテマトーデスなどの膠原病(こうげんびょう)、関節リウマチの治療薬であるD‐ペニシラミンなどの薬剤によるものなど、直接の原因がわかる(続発性(ぞくはつせい)の)膜性腎症もあります。
[検査と診断]
 「膜性腎症の診断基準」は、膜性腎症と診断する際の基準を示したものです。徐々に発病し、たいてい軽いたんぱく尿で発見され、その後しだいにたんぱく尿が進んで、ネフローゼ症候群が現われるようになります。
 まれに、急激なネフローゼ症候群で発病することもあります。ネフローゼ症候群は、原因に関係なく血液が固まりやすくなります。
 膜性腎症でみられるネフローゼ症候群では、とくに血液が固まりやすく、腎静脈(じんじょうみゃく)、脳血管、冠状動脈(かんじょうどうみゃく)(心臓の栄養血管)に血栓(けっせん)(血管に血のかたまりがつまったもの)ができて、脳や心臓が危険にさらされる場合があります。
 また、とくに高齢者の膜性腎症では悪性腫瘍が隠れた原因となっていることもあり、悪性腫瘍がないかどうか調べることもたいせつです。
[治療]
 膜性腎症にかかった後の経過をみると、約半数の人が、特別な治療もされずに治ってしまい、これが膜性腎症の大きな特徴になっています。残りの10~20%は、徐々に腎臓のはたらきが悪くなって、手のほどこしようのない末期腎不全(まっきじんふぜん)におちいります。
 とくにネフローゼ症候群が長引いた場合、後の経過はよくありません。膜性腎症でおこるネフローゼ症候群の多くは、ネフローゼ症候群に第一に使うべき副腎皮質(ふくじんひしつ)ステロイド薬の効きめが悪く、治療に苦労します。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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