臓器移植法(読み)ゾウキイショクホウ

デジタル大辞泉 「臓器移植法」の意味・読み・例文・類語

ぞうきいしょく‐ほう〔ザウキイシヨクハフ〕【臓器移植法】

《「臓器の移植に関する法律」の略称》臓器移植について定め、また、臓器売買の禁止などについて規定した法律。平成9年(1997)制定。平成21年(2009)改正。改正法は脳死を人の死と定め、本人が生前に書面で拒否の意思表示をしていない場合、親族の同意があれば臓器提供できるようになった。また、15歳未満でも親族の同意があれば提供が可能になった。
[補説]施行後11年間で国内での脳死移植は約80例にとどまり、特に子供への移植は、提供可能年齢が15歳以上と定められていたため事実上不可能だった。このため、多くの移植希望者が海外での移植に頼らざるを得なかったが、平成20年(2008)に国際移植学会渡航移植の原則禁止を宣言したことなどにより、改正が求められていた。ただし、脳死を人の死とすることへの国民的合意は必ずしも十分とはいえず、脳死判定が適切に行われるか懸念する見方もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「臓器移植法」の意味・わかりやすい解説

臓器移植法
ぞうきいしょくほう

脳死者からの臓器移植を可能とする法律で、正式名称は「臓器の移植に関する法律」(平成9年法律104号)。

[中村 宏]

臓器移植法成立・改正の過程

日本では死体から臓器を摘出する際、長い間法律的に問題があった。1979年(昭和54)に「角膜及び腎臓(じんぞう)の移植に関する法律」が成立し、腎移植に使用されるための腎臓を死体から摘出することが法律的に初めて認められるようになった。1992年(平成4)1月に「脳死臨調(臨時脳死及び臓器移植調査会)」が脳死は人の死であるとの最終答申を公にした。1994年「臓器移植法案」が国会に提出されたが、法的に「死」の明確な定義がなく、だれもが納得できる死の判定基準(とくに「脳死判定基準」)がないこと、社会通念では「心臓死」を「死」とみなしていることなどの理由から延々と継続審議となり、一時廃案になりかけた。しかし、1997年7月「臓器移植法」が成立し、10月から施行された。なお、臓器移植法の成立に伴い、「角膜及び腎臓の移植に関する法律」は廃止された。

 この法律施行後、3年をめどに見直すことになっていたが、12年間棚ざらしにされ、脳死移植の数が増加しないで、世界的に臓器提供者が不足するなかで、命を失う待機患者が後を絶たなかった。国際移植学会は2008年5月に、横行する臓器の売買の根絶を目ざし、移植患者は自国内で臓器移植を受けさせるよう努力してほしいとの宣言を出した。その流れを受けて、2009年1月に世界保健機関(WHO)が海外渡航移植を自粛し、移植臓器の自国内での自給自足を促す新しいガイドラインを承認し、5月の総会で決議することになっていたが、新型インフルエンザの流行により、総会の開催期間が短くなり、決議自体は2010年に持ち越された。このような国際的圧力とタイムリミットのため、2009年(平成21)4月、臓器移植法改正の機運が国会でやっと盛り上がってきた。有志議員の臓器移植法改正案が5月に衆議院に提出された。移植団体等からは一刻も早い成立の声があがったが、交通事故遺族の団体等からは、改正に反対する意見も出された。6月9日、臓器移植法改正案は衆議院を通過し、7月13日に参議院でも可決、成立した。なお採決は、議員個人の死生観、文化観、宗教観にかかわる問題だったため、日本共産党を除く全政党は党議拘束を外した。改正法は、公布から1年後の2010年7月に全面施行された。

[中村 宏]

臓器移植法の骨子

1997年に成立した臓器移植法の骨子は次のとおりである。

(1)臓器摘出の条件 本人が生存中に臓器提供の意思と脳死判定に従う意思を書面で示し、さらに家族が脳死判定と臓器摘出を拒否しないときは、臓器を死体(「脳死した者の身体」を含む)から摘出できる。当分の間、心臓死した者の身体からの眼球と腎臓に限り、遺族の書面による承諾に基づいて摘出することが認められている。

(2)脳死の定義 「脳死した者の身体」とは、移植のために臓器が摘出される者で、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止したと判定された人の身体をいう。

(3)記録の作成、保存および閲覧 必要な知識、経験のある2人以上の医師(摘出、移植する医師を除く)が、厚生労働省令で定める判断基準の一致で判定する。医師は判定、摘出、移植の記録を作成し閲覧に供する。記録は5年間保存しなければならない。

(4)臓器売買の禁止、罰則 臓器提供の対価として財産上の利益を与えたり要求してはならない。違反者は5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処する。その他、書面作成違反などにも罰則が適用される。

(5)医療給付 脳死した者の身体に処置がされた場合には、当分の間、保険給付の対象となる。

(6)施行、見直し 公布日から3か月過ぎた日から施行する。施行後3年をめどに検討を加える。

[中村 宏]

臓器移植に関する省令の骨子

臓器移植法施行に伴い、1997年に厚生省(現、厚生労働省)は脳死判定や臓器移植の範囲、臓器斡旋(あっせん)について以下のような省令を定めた。

(1)脳死判定基準 1985年(昭和60)に旧厚生省研究班がまとめた脳死判定基準(竹内基準)に準拠する。深い昏睡(こんすい)状態、瞳孔(どうこう)の拡大、脳幹反射の消失、平坦(へいたん)脳波、自発呼吸の消失の5項目を確認し、6時間後に再度確認できる場合に脳死と判定される。ただし、侵襲性(患者に与える影響が大きいこと)の指摘から「自発呼吸の消失」を確認する無呼吸テストは、最後の検査として実施する。音響刺激に脳幹が反応しなくなる「聴性脳幹誘発反応の消失」を確認する検査を補助検査として行う。

(2)臓器移植の範囲 法で定めた心臓、肝臓、肺、腎臓、眼球に加え、膵臓(すいぞう)と小腸の移植を追加する。移植に使わなかった臓器は焼却する。

(3)臓器斡旋の許可 臓器斡旋業の許可を受けようとする者は各臓器ごとに、申請者の住所、氏名、斡旋手数料、斡旋手段などを記載したうえ厚生労働大臣に提出しなければならない。

[中村 宏]

臓器移植法の運用

厚生労働省は臓器移植法の運用にあたり次のような指針(ガイドライン)を定めた。

(1)臓器提供者となりうる年齢 民法の遺言可能年齢と同じ15歳以上とする。

(2)遺族および家族の範囲 原則として配偶者、子、父母、孫、祖父母および同居の親族とし、喪主総意を取りまとめる。

(3)臓器移植にかかわらない一般の脳死判定 治療方針の決定などのために行われる一般の脳死判定は、従来どおりの扱いで差し支えない。すなわち、一般の脳死判定では、無呼吸テストを行う順序として、かならずしも最後に行う必要はなく、また聴性脳幹誘発反応の消失は確認するように努力する必要はあるが、もし実行不可能の場合には行わなくてもやむをえない。

(4)死亡時刻 2回目の検査終了時とする。

(5)移植施設 移植関係学会合同委員会の選定施設に限定されている(2014年10月時点で、心臓移植は9施設、肺は10施設、肝臓は24施設、小腸は12施設、膵臓は17施設)。

(6)組織移植の取扱い 臓器以外の皮膚、血管、骨などの組織の移植は本人または遺族の承諾を得て医学的、社会的に相当と認められる場合に許される。

(7)公平・公正な臓器移植の実施 臓器の斡旋を一元的に行う日本臓器移植ネットワークを介さない臓器の移植を行ってはならない。

 しかしこの法律は諸外国と比べて厳しく、脳死者からの臓器提供は本人の書面による生前の意思のみが有効とされ、さらに本人が書面によって臓器提供を希望していても、遺族の一人がこれに反対すれば本人の意思は否定されるという内容になっている。このため、長い間脳死患者からの臓器移植は行われなかったが、臓器移植法が施行されてから1年4か月目に初めて高知市の高知赤十字病院で、臓器移植法に基づく脳死判定を受けた40歳代の女性ドナーから、心臓・肝臓・腎臓・角膜が全国4施設で6名の患者に移植された。

 移植医療を円滑かつ公正に実行するための組織として、厚生労働大臣が認可した、臓器移植法に定められた臓器移植の斡旋業を行う社団法人日本臓器移植ネットワークがある。臓器提供意思表示カード(ドナーカード)などの普及、臓器移植希望患者の登録、ドナー情報の受付、移植手術予定患者の選出、臓器提供から搬送までの実施・調整などの事業を行っている。

 臓器提供意思表示カードには三つの項目がある。

(1)脳死の判定に従い、脳死後、心臓・肺・肝臓・膵臓・小腸などを提供する。

(2)心臓が停止した死後、腎臓、眼球(角膜)、膵臓などを提供する。

(3)臓器を提供しない。

 この臓器提供意思表示カードで、提供する意思がある・なしの両方の表示ができ、意思がある場合には、提供したい臓器を○で囲む。またこのカードと同じ法的効力をもった臓器提供意思表示シールというものもあり、運転免許証の裏側の余白部分に貼ることができるようになっている。

[中村 宏]

改正臓器移植法の特徴と問題点

改正臓器移植法(平成21年7月17日法律第83号)の特徴は以下のとおりである。

(1)臓器提供 従来は本人の書面による提供意思と家族の同意が必要であったが、本人の拒否がない限り、家族の同意で提供可能となる。

(2)提供年齢 15歳以上という従来の年齢制限は撤廃され、年齢は問わない。

(3)脳死の概念 脳死は一律に人の死と位置づける。

(4)優先提供 従来は認められていなかったが、配偶者と親子間に限って認める。

 また改正法の問題点としては以下のことがあげられる。

(1)小児の脳死判定 従来は15歳以上しか提供が認められていなかったが、改正法により15歳未満の小児からの臓器提供も可能になった。小児の脳死判定は困難な場合もあり、現在の判定基準は6歳以上に適応され、厚生労働省は研究班を立ち上げて6歳未満の小児の判定基準を作成した。

(2)脳死の概念 改正法では、移植のための臓器提供の有無にかかわらず、脳死を人の死と定義した。しかし、いまでも脳死の概念に疑問の声が上がっていて、その背景には、「法的脳死」と「臨床的脳死」の二つが整理されていないまま議論されてきたことによると思われる。国会審議では、多くの議論のうえ、運用上は「法的脳死」を「人の死」と結論づけた。しかし、改正法の文面では脳死を一律に人の死とした。実際の運用は従来どおりなのに、法律上定義を変えた点が懸念の原因になっていると思われる。

(3)脳死患者の延命治療 脳死は人の死と定義されたため、臓器提供を拒否している脳死患者で、医師の判断で延命治療が中止されるのではないかと懸念する家族もいる。しかし運用上は臓器を提供しない限り、脳死は人の死とならないため、臨床的脳死患者の治療が中止されることはない。

(4)優先提供 改正法では親子と配偶者に限って、優先提供が認められた。親子には、特別養子縁組の養父母と養子も含まれる。しかし、子供に臓器を提供するために親が自殺する懸念もあることから、自殺者からの優先提供は認められていない。

[中村 宏]

『太田和夫著『臓器移植の現場から』(1999・羊土社)』『篠原睦治著『脳死・臓器移植、何が問題か――「死ぬ権利と生命の価値」論を軸に』(2001・現代書館)』『倉持武・長島隆編『臓器移植と生命倫理』(2003・太陽出版)』『町野朔・長井円・山本輝之編『臓器移植法改正の論点』(2004・信山社出版)』『マーガレット・ロック著、坂川雅子訳『脳死と臓器移植の医療人類学』(2004・みすず書房)』『高橋公太著『生体臓器移植の適応と倫理――倫理問題を考える』(2007・日本医学館)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「臓器移植法」の意味・わかりやすい解説

臓器移植法
ぞうきいしょくほう

平成9年法律104号。脳死の状態になった人からの臓器提供(→臓器移植)について定めた法律。正式名称は「臓器の移植に関する法律」。1992年の臨時脳死および臓器移植調査会の答申をふまえ,1997年に成立した。人の死は通常,心停止だが,臓器移植を前提とする場合にかぎり脳死を人の死とした。また,斡旋を含め臓器売買を禁止することなども盛り込まれた。施行後,1999年に初の脳死臓器提供が実施されたが,その後の実施数は増えず,年平均で 10例程度にとどまった。臓器提供者本人が生前に脳死臓器提供の意思を書面で残しておく必要があるなど,規定が厳しすぎることが原因との批判を浴び,2009年に改正され,家族の承諾による脳死臓器提供が可能になった。これにより実施数は 5倍以上に増えた。改正により 15歳未満からの脳死臓器提供も可能になった。改正前は,民法では 15歳未満の遺言に効力がないため,必須とされた書面による本人の意思確認ができなかった。しかし家族承諾が有効となったことで,この問題も解消され,2011年,未成年者からの初の脳死臓器提供が実施された。

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