制御とは対象の状態や挙動を望ましい状況になるように操作することである。このような操作を人の手を介さずに機械や装置が自律的に実行することを自動制御という。
[山﨑弘郎]
どのような状況が望ましいか、制御の目標は通常は人から与えられるが、制御を実行するシステムが階層構造をもつ場合、より上位のシステムから目標を与えられることが多い。
制御の対象として、自然環境や人の行動、あるいは無形の情報などまで考えられるが、ここでは、工学技術としての内容を重視し、形のある人工物を対象とする。その場合、制御の目的は対象の望ましい状況を維持し、それを妨げる外乱を抑制することと、変化する目標を忠実に追従することとに大別できる。われわれの身近な例をあげれば、前者は部屋のルームエアコンの自動温度制御である。後者はカメラのオートフォーカスであり、撮影対象が移動しても画像のピントがあうようにレンズが操作される。これらの例において、自動制御を実行するシステムの基本的な機能を説明しよう。
まず、目標の望ましい状況を特徴づけるパラメーターが定められ、それを自動制御の目標として設定する機能がある。ルームエアコンでは望ましい状況は通常は部屋の温度で特徴づけられる。カメラでは画像のコントラストを撮影対象のピントがあっている程度の特徴として利用する。すなわち、コントラストが最大の状態をピントがあった状態とみなす。次に対象の状況を計測する機能がある。ルームエアコンでは温度センサーにより室温を計測するし、カメラでは画像センサーのコントラストを定量化する。さらに、目標の状態と対象の計測値とを比較して偏差を求める。さらに、偏差を最小になるように制御信号を発生して対象を操作する機能がなければならない。ルームエアコンでは加熱あるいは冷却の指令を発信して室温を操作するし、カメラではレンズ系を操作してコントラストが最大になるようにする。
これらの基本的な機能がつねに連携して動作することにより、室内が目標温度に保持され外乱が抑制され、また、撮影対象の動きにレンズ系が追従する。これらの例では、操作の結果が計測を通して偏差としてフィードバックすることが特徴であるので、フィードバック制御という。
このほかに、フィードバック制御と異質の自動制御がある。それは複数の異なる状態があるとき、それらがあらかじめ定められた順序と条件に従い、正しく実現するように状態の推移を自動操作することである。これをシーケンス制御という。身近な例をあげると、電気洗濯機がある。洗濯物と洗剤を入れ、スタートのボタンを押せば、給水、洗い、排水、給水、すすぎ、排水、脱水、乾燥までを順次自動的に実行する。これも対象の装置の状態を望ましい状況で自動的に実現することであるから、自動制御であることに変わりはない。しかし、技術の発達の過程や応用の場面は異なる。現在の社会では、自動制御技術を利用した自動化システムはわれわれの生活とは密接な関係がある。このなかで、フィードバック制御とシーケンス制御は適切に組み合わされて、それぞれ重要な役割を果たしている。
[山﨑弘郎]
歴史的にはシーケンス制御の方が古い。からくり人形や自動演奏の楽器などに、その技術の萌芽(ほうが)をみいだすことができる。オルゴールや複雑な柄(がら)をつくりだす自動織機などでは、曲や柄を実現する機械の操作プログラムがドラムやディスクの面上に時間の順序に従い正確に記述されており、プログラムの変更により機械の機能を変更することができた。実際、ジョゼフ・マリー・ジャカールの織機のパンチカードシステムは後の計算機のパンチカードシステムの先駆となった。
フィードバック制御の起源をたどると、19世紀の産業革命を推進した蒸気機関の回転数を安定化させる調速機governorに至る。ジェームズ・ワットが発明したとされる遠心調速機(1787)は回転軸に取り付けたおもりに働く遠心力を利用して回転数を検出し、遠心力を利用して蒸気流量を調整して回転速度を安定化する原理であった。しかし、しばしば回転速度が安定せず振動を生じた。この問題の解決がフィードバック制御技術の系統的記述や安定性の理論の先駆けとなり、制御工学の発展につながった。その後、20世紀に入り、真空管増幅器の発明や負帰還増幅器の安定性の解明、伝達関数によるシステム特性の記述などから、1入力1出力のフィードバック制御系の動特性や安定性を定式化する古典制御理論が構築された。
応用面においてもプロセスの定値制御による外乱の抑制が普及し自動化が進んだ。第二次世界大戦中に威力を増した航空機対策から火器の自動追尾装置の開発が始まり、フィードバック制御の別の局面であるサーボ制御による目標追従技術が発達した。
日本においては、第二次世界大戦後、素材エネルギー産業からプロセス制御技術が導入され、経済の高度成長にのって産業に広く浸透した。アメリカではノーバート・ウィーナーが物質、エネルギーと並ぶ要素として情報をとりあげ、機械と生体と社会にまたがる制御と通信の理論であるサイバネティックスを提案した。そのなかで、フィードバック制御の概念が工学技術の世界だけでなく、広く生体や社会にまで普遍的に存在することを情報の基本構造として明らかにした。
1960年代から多変数多入力の状態を状態空間で扱う現代制御理論が発展した。制御の対象をモデル化できれば、理論によって最適で精緻(せいち)な制御を実現する制御システム構築が可能であり、それが多変数多入力、多出力の系にも応用可能である。しかし、現実の系では正確なモデル化が問題で、ただちに広く応用されることはなかった。現代制御理論は古典理論に比べて抽象化や拡張が容易であったので、制御対象を一般的なシステムに拡張したシステム理論にも発展した。
一方、対象を厳密にモデル化せずに試行錯誤により最適な制御システムを構築しようという流れがある。それはニューラルネットワーク手法や生物の突然変異による進化をモデルにした遺伝アルゴリズムなどの接近法である。これらは発達したコンピュータの処理能力を活用して成果をあげている。しかし、到達した最適条件が局所最適で、全体最適ではないことが問題になる場合がある。
[山﨑弘郎]
自動制御技術の源流においてシーケンス制御とフィードバック制御技術があることを述べた。当初は二つの技術はそれぞれ異なる分野で発展を遂げたが、応用範囲が拡大されるにしたがい、両者が一つのシステムのなかで密接に組み合わされたり、技術が融合する傾向がみられる。これらについて現代に至る発展と技術の融合の状況を述べる。
シーケンス制御を実現するコントローラーはリレーやタイマーなどを結線した構造であったが、プログラムをソフトウェアとして記述し、それを順次実行する順序機械であるコンピュータによってシーケンスコントローラーが代替されるのは必然であった。1970年代にマイクロプロセッサーが開発されるにおよび、マイクロコンピュータによるシーケンスコントローラーの代替が実現した。
本来シーケンス制御は、発信された制御信号の結果が発信側にフィードバックされない開ループ制御であるが、シーケンスの進行が時間による場合と論理による場合とがあり、後者の場合に制御信号の結果が反映する場合には閉ループ制御となり、開ループと閉ループとの明確な境界は消滅する。また、プロセスにおけるフィードバック制御において定値制御が実施される前後のプロセスの起動の段階や停止の段階においては、多数の段階を正しい順序で実行する必要があるので当然シーケンス制御となる。人が行っていたプロセスの起動停止を自動化するに及び、フィードバック制御とシーケンス制御がプロセス制御システムにおいて融合した。また、知能化ロボットの制御は実行する仕事の手順に従うシーケンス制御であるが、個々の動作は正確かつ迅速に実行されるようにフィードバック制御されている。
自動制御技術は産業における生産の場から社会生活のあらゆる局面に拡大されつつある。交通システムにおける拡大がとくに顕著である。身近な例では、ビルのエレベーターがある。エレベーターは、ほとんど自動運行されており、ビルの高層化によりエレベーターも高速化されたが、加速、減速がスムーズで利用者は加速度を感じなくなった。また、複数のエレベーターの群管理による制御が進んだおかげで待ち時間が減少した。旅客機や客船の運航もオートパイロットの発達で上空や外洋では航路、方位、速度、高度などが自動的に制御され、パイロットは装置の監視と異常の処理が主たる作業となる。
先端的な科学研究の場においても、自動化が進んでいる。膨大なヒトゲノムの解析は2000年に計画より早く終了した。これを実現したのは、試料の操作が自動化され、解析の処理速度が非常に高められたDNAシーケンサーとよばれるシーケンス制御装置兼分析装置であった。
[山﨑弘郎]
産業に自動化が導入されるときに、最初に問題となるのは失業問題であった。自動車産業にロボット(産業用ロボット)が導入されたのはアメリカが早かったが、導入数は限られていた。日本は少し遅れたが、はるかに多くのロボットが導入された。とくにボディー組立ての溶接工程や塗装の工程ではほぼ全面的であった。しかし、雇用確保を重視する日本企業のやり方で深刻な失業問題を回避できたのである。むしろ労働環境がよくない溶接や塗装の工程では、作業者の苦痛や危険を除くことができた。一方では多数のロボットや自動化機械を管理し、保守する新しい業務が生じた。
電子機器産業においても自動化により多くの人手が削減された。小型化、細密化された製品群は自動化組立てを前提に設計されている。そのような自動化の発展過程のなかで、生産技術や調整技術など、従来製品の品質を左右する重要なスキルやノウハウが、自動化された生産装置のなかに自動制御の知能として埋め込まれることになった。その結果、生産装置を購入したライバルや外国に対して品質の優位性を保つことが困難になってきた。メモリーLSI(大規模集積回路)や液晶ディスプレーなど、日本で開発された商品が短期間に外国に市場を奪われた例である。この傾向は深刻で、先端技術で製造の自動化が進んだ新しい製品ほど、先駆者の優位性を保持できる期間が短い。
プロセス産業は人の直接作業がもっとも減少した産業である。定値制御が普及した後も、起動や停止は人が行っていたが、これも自動制御の総合化により自動化に移行した。したがって、工場で人が従事するのはプロセスと自動制御装置の監視作業である。常時工程を監視し、もし異常が発生すれば、ただちに適切な処理を行わなければならない。この種の作業は肉体的負担は少ないけれども、精神的にはストレスの多い作業である。また、めったにおきない異常の処理技術を正しく伝承するのは困難なため、小さな故障の処理を誤って大きな事故にしてしまう例が少なくない。自動制御システムは監視するオペレーターとのコミュニケーション、とくに異常時のコミュニケーションが課題である。
前述のように失業問題は技術の進歩により吸収され深刻にならなかった。しかし、肉体労働から解放されたかわりに人間の労働の形が変化し、精神的なストレスを引き受けなければならなくなった。
[山﨑弘郎]
『計測自動制御学会編『自動制御ハンドブック 基礎編』『自動制御ハンドブック 機器・応用編』(1983・オーム社)』▽『岩井壮介著『制御工学基礎論』(1991・昭晃堂)』▽『大島康次郎著『機械工学講座 自動制御』(1999・共立出版)』▽『松山裕著『自動制御のおはなし』(1999・日本規格協会)』▽『鈴木隆著『自動制御の基礎と演習』(2003・山海堂)』▽『寺嶋一彦編著、片山登揚他著『システム制御工学 基礎編』(2003・朝倉書店)』▽『臼田昭司著『読むだけで力がつく自動制御再入門』(2004・日刊工業新聞社)』
ある目的に適合するよう対象となっているものに所要の操作を加えることを制御という。この操作を人間の判断によって行うとき手動制御manual controlといい,制御装置が自動的に判断して操作を行うとき自動制御という。冷蔵庫内の温度は自動的に一定の温度に保たれている。また,家庭にある全自動洗濯機は,給水-洗濯-排水-給水-すすぎ-排水-給水-すすぎ-排水-脱水を自動的に行う。いずれも自動制御の例である。自動制御はその目的によって二つに大別される。対象の状態を希望の状態に一致させることが目的である自動制御が第1のものである。冷蔵庫で行われている自動制御はこの例である。これに対し,あらかじめ定められた一連の動作を逐次進めることが目的である自動制御が第2のものであり,シーケンス制御といわれている。上述の全自動洗濯機はこの例である。単に自動制御というとき,狭義に第1のものを意味することもある。
シーケンス制御は,小は機械,装置の自動化から大は工場の自動化にいたるまで広く用いられており,自動化やオートメーションの基幹技術となっている。シーケンス制御装置は各段の操作の完了を確認するセンサーと,センサーからの信号の系列に対して論理判断を行い次段の操作を指令する論理装置からなっている。論理装置は従来リレー回路で構成されていたが,最近ではプログラムを容易に変更できるようにするため,ディジタルコンピューターが多く用いられるようになった。
狭義の自動制御は,制御しようとしている状態の種類によって二つに大別される。工業プロセスの状態--たとえば温度,流量,圧力,液位,組成,濃度,混合比率など--の制御をプロセス制御といい,物体の幾何学的状態--たとえば位置,角度,方位,姿勢など--の制御をサーボ機構という。冷蔵庫の温度制御はプロセス制御の例である。ロボットにはサーボ機構が用いられている。
制御しようとしている対象の状態を制御量という。プロセス制御では温度,流量などが制御量であり,サーボ機構では位置,角度などが制御量である。制御量がその値をとるよう目標として与えられる値を目標値という。プロセス制御では目標値が一定値である場合が多い。この場合の自動制御を定値制御という。これに対し,目標値が変化する場合を追値制御という。サーボ機構は通常追値制御である。制御系の状態を乱そうとする外的作用を外乱という。たとえば,冷蔵庫の場合,物を出し入れすると庫内の温度が上昇するが,これが外乱である。定値制御では外乱の作用を打ち消すことが主要な機能であり,追値制御では目標値の任意の変化に追従させることが主要な機能である。制御量と目標値とを比較し,それらが一致するよう訂正動作を行う制御をフィードバック制御といい,通常の自動制御はすべてフィードバック制御となっている。高度の制御性能を必要とする場合には,フィードバック制御とともに,フィードフォワード制御,適応制御,最適制御などの高級な制御が併用される。
ワットの蒸気機関の回転速度を一定に保つために1788年ころから用いられた遠心調速機が近代的な自動制御の初めであるといわれている。その後,航行体の自動操縦装置や各種プロセスの自動制御装置が個々の分野でくふうされ用いられていたが,規格化された万能型の自動調節計が出現するに及んで自動制御技術は急速に産業界の各分野に普及し,第2次大戦後の経済成長の原動力となった。自動制御は従来のバッチ式生産形態を連続式生産形態に変えることを可能にし,大量生産と品質向上を実現した。石油危機以後は省エネルギーを支える基礎技術の一つともなっている。また,製造産業の自動化,省力化に寄与し,オートメーションの基幹技術となっている。
執筆者:得丸 英勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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温度,電圧,液面の高さ,回転速度など(制御量)を制御装置を用いて自動的に目標値に保つこと.恒温槽,電圧安定装置,自動流量調節計などは化学実験室で広く利用されている自動制御装置の例である.制御方法としては,大別してフィードバック制御とフィードフォワード制御とがあり,後者は応答の遅い系に適用するもので,プロセス制御の項で述べる.フィードバック制御では制御する量を測定し,それと目標値との偏差を検出し,その差に応じて操作量を調節する方法がとられる.調節方法としては,偏差の正負に応じてスイッチを入れたり切ったりするオン・オフ制御(2位置制御)のように断続的な制御と,偏差に比例した調節を行う比例Pと,温度の上昇速度のように制御量の時間微分を考慮した微分D,偏差の積分値を考慮した積分Iを組み合わせた制御PIDが行われる.制御対象の維持変化が大きい場合には,制御系の特性を自動的に調整する適応制御が用いられる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…19世紀末から20世紀初めにかけて各産業分野で成立してゆく大量生産工場は,製鋼や化学などいわゆる装置産業でも,自動車や家庭電器など組立機械産業でも,ほぼこの産業革命期の綿紡績工場と同じように組織されていた。このような工場がオートマトンのようになってゆく方向は,(1)それぞれの専用作業機(または装置)がそれを操作する労働者の手からはなれ,自立した動きを獲得すること(自動制御),(2)作業機から作業機への加工対象の移動を機械自身が行ってしまうこと(工程の連続化),という二つの動きの組合せをとおして実現されることになる。1930年代後半ころから登場するようになった,自動車のエンジン・ブロック加工のためのトランスファーマシンや,計装制御をフルに用いた化学工場や発電所などは,まさしくこのような形で工程自体が自律的な動きを獲得し,人間は制御者の位置から監視者の位置へ退く,画期的な工場という印象を与えるものであった。…
…対象の挙動が望ましいものとなるように,その入力を操作することを制御といい,その対象を制御対象という。人間の介在しない制御を自動制御,自動制御を行う装置を制御装置,制御対象と制御装置からなる全体を制御系と呼ぶ。制御装置がディジタルコンピューターを含み,それがもつ情報の獲得,蓄積,検索,変換,処理の能力を制御に利用するものを計算(機)制御という。…
…これは機関の回転速度が速くなるとその遠心力を利用して振子を振って蒸気弁の開閉を調整し,運転速度がいつも一定に保たれるように自動調整するものである。今日の高度に発展した自動制御系の原形がすでにここにみられる。自動制御の理論は1920年代に数学的に整備され始める。…
…自動制御の一つ。自動制御において,制御される対象物(制御対象とかプラントという)の運動特性は微分方程式とか伝達関数で表される。…
…プロセス制御という言菓は,かつて,製鉄,石油,化学などのプロセス産業において,生産・用役プラントでの温度,圧力,濃度などのプロセス変量の自動制御を指す言葉であった。情報技術の発展により,制御対象はプロセス変量から製品の品質と量を含むプラント全体に,さらには工場全体に拡大した。…
※「自動制御」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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