自尊感情(読み)ジソンカンジョウ(その他表記)self-esteem

翻訳|self-esteem

デジタル大辞泉 「自尊感情」の意味・読み・例文・類語

じそん‐かんじょう〔‐カンジヤウ〕【自尊感情】

自己に対して肯定的な評価を抱いている状態、あるいは、自分自身を価値ある存在として捉える感覚を指す、心理学の用語。self-esteemの訳語。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

最新 心理学事典 「自尊感情」の解説

じそんかんじょう
自尊感情
self-esteem

自尊感情定義は,研究者によって微妙に異なるが,自分自身に対する全体的評価感情の肯定性,すなわち自分自身を基本的に良い人間,価値ある存在だと感じていることであるという点でおおよそ共通している。自尊心ともいう。

【自己評価self-evaluation】 人は適応的に生きるために,自分の意見や能力がどの程度妥当であり適切なのかを知ろうとする。しかし,自分自身を凝視し熟考しても,よくわからないことが多い。およそ評価には基準が必要であり,この基準と比べてどの程度評価されるかを知ることができる。自分と他者を比較して自己評価をすることを,社会的比較social comparisonという。フェスティンガーFestinger,L.(1954)は,とりわけ達成成果に関して正確に自分を知るという側面に注目し,類似した他者と比較することの重要性を説いた。ここでの鍵は「類似他者」である。スケートでオリンピック出場をめざす選手は,市民スケート教室の参加者(非類似他者)と比較したところで,どのくらいのタイムを出せばよいか,代表選手になれそうかを知る参考にはならない。他の有力候補選手のタイムと比べてこそ,自分の方が目標に近い所にいるかまだ力量不足かを評価できる。しかし,「類似している」と判断された時点ですでに比較がなされていることになるのではないかとの指摘があり,類似他者という概念の曖昧性が問題視されている。

 社会的比較は自分を正しく知ろうとする時だけでなく,自己高揚self-enhancementの欲求を満たすために戦略的に用いられることもある。自分よりもなんらかの点で劣位にある者と比較することを,下方比較downward comparisonという。劣位の他者と比べると,自分の状態がより十分にあるいはむしろ幸運だなどと相対的に良く思い,肯定的感情を抱くことができる。学生がより成績の悪い学友と,また高齢者が心身能力の衰えた同世代と比較して安心するのはこの例である。下方比較は,一般的に安心など快感情をもたらす有用で簡便な適応方略であると考えられているが,たとえば学生が学び始める前に劣る仲間と下方比較をすると成績が伸びないなど,より悪い状態をもたらす場合もあり,下方比較がもたらす適応への効果は功罪両方向ある。自分より優位に立つ他者と比較することを上方比較upward comparisonという。上位の他者は役割モデルであり,近づきたい,あのようになりたいという自己高揚の動機づけを高め,自己変革・成長に有用な情報を提供する。上位の他者は比較評価の対象というよりは目標そのものであり,自分がまだ到底そこに至っていないことを自覚しても,いずれあのように成ることが可能だと考える場合は,否定的感情が生じにくくむしろ高揚した気分を経験することが多い。

 テッサーTesser,A.(1984)によって提唱された自己評価維持モデルself-evaluation maintenance model(SEM model)は,基本的に自己評価を維持したいという動機が人にはあると仮定し,さまざまな他者や課題に出会いながらそれをどのように実現していくかを系統的に説明しようとした。自己高揚動機(肯定的な自己評価の維持)および社会的比較と関連性が深いこのモデルでは,①他者との心理的距離,②課題領域の自己関連性,③他者と自己の相対的遂行の三つを要因として考える。たくさんの漢字を知っていること,人の名前を一度で憶えること,ピアノを演奏できることなど,人にはそれぞれ誇りとしている得意なことがある。このような得意な領域は自己関連性が高く,自己概念の中心を成し自己の定義的特徴となる。しかし,自分と心理的距離の近い者が,同じ(自己関連性の高い)領域ですばらしい出来を示せば(他者の優れた遂行),もはや自分のそれを誇れなくなる。このような場合は,心理的距離や課題の関連性を心的に操作する,つまり優れた他者への心理的距離や得意とすることへの愛着を低減させることによって,脅威を弱めるようにする。他方,優れた他者と特別の関係にあることを誇らしく光栄に感じる。自分と心理的距離の近い者が自己関連性の低い領域で優れた遂行を示すのは,つながりのある自己の評価をも高める。これまで報告された研究からは,ほぼこれを支持する結果が得られている。

 人が十分に機能するためには自分と世界を正確に知ることが必要であり,歪んだ自己認知は不健康に結びつくという考えが支配的であった。しかし,下方比較が日常的に行なわれていること,自己評価維持モデルが示すようにさまざまな方略を駆使してまで自己評価を維持しようとすることなどを考え合わせるなら,自分を歪みなく正しく知ることがどれほど一般的で妥当か,と疑問が湧くかもしれない。テイラーTaylor,S.E.(1989)は自分自身の成果を含む多くの研究を概観し,正しく自己認知や自己評価をするよりむしろ自己を肯定的な方向へ歪めると思う方が多いと指摘した。そして,このようなポジティブ幻想positive illusionは決して異常なことではなく,精神的健康を促進し適応的でさえあるという説を発表した。その要点は,①自分を非現実的なまでに肯定的にとらえること,②自分が外界や出来事を左右できる統制力をもっていると考えること,③非現実的なまでに将来に対して明るく楽観的な展望をもっていること,の3点である。「幻想」という名称は,事実はそうではないということを暗に示唆する。ある人が「自分はほかの人たちよりも」と考えるかもしれないが,ほかの人も多かれ少なかれ「自分の方が他の人よりも」と思っており,極端な場合全員が「ほかの人より良い」と思い込んでいる状況が生じ,論理的にはありえない状態になるからである。

 では,なぜバラ色の眼鏡で見た自己認知や自己評価が精神的健康にとって有効に作用するのだろうか。実際に有効な成果を創出するだけの実力や外界統制力が不足しているとすれば,実際と認知や評価のその齟齬はかえって悪い結果を招くことにはならないのか。たとえば重い病気のような,自分では統制しきれないストレスの高い出来事・状況にあっても自己効力感を高め積極的にかかわろうとすることは,抑うつ的になるのを回避し病気の進行を緩やかにすることもあり,自分にはどうしようもないと悲観するよりはるかに適応的だ,というのがテイラーらの見解である。ポジティブ幻想は個人レベルだけでなく対人間レベルにおいても,適応的であることを示す報告がある。恋人や夫婦など持続的親密関係では,自分自身に対して肯定的である人の方が,パートナーから愛されていると信じることができて良好な関係を維持できるが(Murray,S.L. et al.,2001),反対に自分に対して否定的な見方をしている人は,自分はパートナーからの愛に値しないと考え相手の愛に疑いを向けてしまう傾向がある。また自分たちの関係は他の人たちのそれよりずっといいと思っているほど幸福感や満足感が高い。

【自尊感情の測定】 自尊感情の測定は,自分自身の評価という性質上,当人に尋ねる自己報告法を用いることが多い。10項目からなるローゼンバーグRosenberg,M.の自尊感情尺度self-esteem scaleは,自尊感情の測定に最もよく使用される尺度の一つである。自尊感情は精神的健康や適応を作り出す源と考えられ,自尊感情が高い人は幸福感や人生満足感が高く,おしなべて自律的で対人関係も良好であるとされている。逆に自尊感情が低い人は抑うつ的で不安が高く,他者に依存的で影響を受けやすいとされる。暴力や犯罪が自尊感情の低さと結びついているという指摘もある。そのため,北米を中心に,自尊感情を高めることで個人の心理的問題や社会問題の多くが解決できると考えられているが,因果関係は明らかではない。

 一般には自尊感情の肯定性の程度つまり自尊感情の高低に関心が集中する傾向が見られるが,質についての議論もある。幼い子が発達する場は基本的に家庭であり,家庭での子育ての仕方は子どもの自尊感情形成に影響する。親が子どもに,「これができるような良い子ならあなたを愛するがそうでないなら愛せない」と言うなど,条件つきの愛情で育てるとき,随伴性自尊感情contingent self-esteem(ある成果に随伴している自尊感情)が形成される。随伴性自尊感情は,優越基準や他者からの期待評価に対応して変動し,状況依存的であり,たとえば自分の学業成績が他者から認められれば上昇し,良い成績が取れないと自身の価値を降下させてしまう。したがって随伴性自尊感情は条件つき自尊感情ともよばれる。子育てにおいて,一般に叱るより褒めるという行為は良いとして奨励される傾向があるが,場合によっては他者からの賞賛の有無を自己価値の評価基準とする随伴性自尊感情を育成する可能性があることを指摘する研究者もいる。また,随伴性自尊感情は精神的健康や適応には結びつかないとされている。随伴性自尊感情の対概念は真の自尊感情real self-esteemであり,デシDeci,E.は自律的・自発的に自らの行為を意味づけることができ,自分の価値を信じている安定的な自信のようなものであると述べている。

 近年注目を浴びている自尊感情のもう一つの質的側面は,潜在的自尊感情implicit self-esteemと顕在的自尊感情explicit self-esteemの区分である。従来,人は自分自身についての十分な知識とそれに基づいた評価感情をもち,それらすべてを意識で把握していることを暗黙の前提としてきた。たとえば,「われわれは明るく親切で他者から信頼されており,かなり立派な人間だ」と自覚的に感じている,といった具合である。それゆえ,自己報告形式の尺度による測定がなされてきたのである。しかし,自己報告法には印象操作や評価懸念などによる歪曲の懸念がつきまとううえ,そもそも自尊感情に対して意識的な気づきで把握できているのかという疑問もあった。そこに登場したのが,潜在的自尊感情という新たな概念である。

 潜在的自尊感情は暗黙の自尊感情ともよばれ,自発的・自動的で無意識レベルの自分自身への肯定的評価感情をいう。これは,自分や自分に連なるものを当人も気づかない暗黙裏にはどうとらえているのかを問題にし,自己と肯定性・否定性との連合の強さを測る非直接法で測定される。そのような手法としては,自分の名前に含まれるアルファベットやひらがなを,そうでない文字に比べて好意的に評価する名前文字効果name letter effectや,自分の誕生月日の数字を他の数字よりも好意的に評価する誕生日数字効果birthday number effectを利用するもの,潜在連合テストimplicit association test(IAT)などがある。

 なお,顕在的自尊感情は,潜在的自尊感情という新たな概念が登場して以降,それと区別するために付けられた名称であり,従来単に自尊感情とよばれていたものである。単に「自尊感情」とだけ表記するときは,多くの場合顕在的自尊感情のことだと理解してよいが,時には顕在的自尊感情と潜在的自尊感情の双方全体を指していることもある。

【自尊感情と文化】 日本を含むアジア諸国では謙遜謙譲を美徳とし,「自分は優れている」「これは自分の成果だ」といったことを前面に押し出して表わすような言動は,人格の未熟さを示すとみなされる傾向がある。日常会話では「自尊心が強い」は「うぬぼれ」と同様,辛口批評となりうる。自尊感情についてはこれまで洋の東西で多くの研究がなされてきたが,その結果は必ずしも一致せず共通性とともに違いも多々報告されている。自尊感情や自己高揚傾向を論じる際には,文化を考慮する必要がある。

 自尊感情尺度を用いた国際比較研究は,文化によって自尊感情レベルが異なり日本では(顕在的)自尊感情が低いことを報告している。自尊感情の高さは適応指標と考えられているが,西洋とくに北米の基準をもしそのまま当てはめるなら,わが国のそれは子どもから成人まで「不適応」レベルに近い。このような傾向をめぐって,さまざまな議論が交わされてきた。それらは大きく分けて二つの見解に整理することができる。第1は,そもそも自尊感情や自己高揚傾向は西洋社会・文化の中でこそ意味があり,決して人間にとっての本質的・普遍的なものではない(Heine,S.J. et al.,1999),という立場である。わが国を含む東洋の文化では協調が重んじられ,自分を有能で優れた人物ととらえることは弊害こそあれ必要性も利得もない。自分はたいした人物ではないと思うことが他者の意見に耳を傾ける態度を生み,それによって他者からの高い評価と良い関係を獲得できる,というのである。北米では,自尊感情は幸福感と関連するが,日本ではそれは認められずむしろ人間関係の良好さが幸福感につながる(Uchida,Y. et al.,2003)。第2の立場はこれとは異なる。自分自身に対して肯定的態度をもつのは人の本質であり,これまで報告されている自尊感情や自己高揚傾向の文化間の違いは,自己呈示文化の違いを反映している,という立場である。つまり,北米では自分に対して揺るがない自信をもっていることが良いことだと考えられており,自己を呈示する際には自己肯定をストレートに表現する。他方,アジア人が自分のことをあまり肯定的に評価しないのは謙遜という呈示様式を取るからであり,「社会的規範に沿った自己呈示」によって高評価を得る必要がないようなきわめて親しい相手や今後関係をもつことはないと考える相手に対して,また完全匿名性が保証される場合などにおいて,自己肯定を表わすことがある。つまり,東洋文化において「自己肯定」は存在しないのではなく,状況に応じて表現を調節しているのだ,というのである。本人がそれと気づかないように測定される潜在的自尊感情を測度とした場合には,アジアでも顕在的自尊感情を測定しているだけでは見られなかった自己高揚傾向の存在が確認され,これこそが自尊感情の普遍性を示している,という論が出されている(Yamaguchi,S. et al.,2007)。

【自尊感情はなぜ重要か】 恐怖管理理論terror management theory(TMT)は,ベッカーBecker,A.(1973)の死に関する思索の影響を受けて,グリーンバーグGreenberg,J.ら(1992)が提唱した死に対する不安と自尊感情との関連性を説いたもので,存在脅威管理理論とも訳される。人は生存欲求をもつ一方で,その高い知性ゆえに自分の死が不可避であることを知り,大きな不安を抱く。これに対応するべく人は,社会レベルでは人生には意義があることを説明するような文化や法や宗教,信念体系すなわち文化的に共有された世界観を作り上げてきた。この世界観の中にはそれを支え補強するような,したがって賞賛に値する価値ある特性や能力がどのようなものであるかの定義が含まれている。反対に,この世界観を傷つけたりないがしろにしたりするような人格や行為は望ましくないものとして罰やさげすみの対象となる。隣人愛や勤勉さを讃える道徳,盗みやだましを忌み嫌い処罰するような法制度などは,このような世界観を支えている。個人のレベルでは,文化的世界観・価値観に照らして自分が十分価値ある人間だ,文化的期待を体現し妥当な生存の仕方をしている人間だという感覚としての自尊感情をもち,無意味な世界に仮りそめの生を送りむなしく消えていくのではなく,たとえば他者を愛し助け勤勉に働き,後世まで人びとから尊敬されるだろうと考えることによって,死の不安を緩和することができる,というのが理論の主張するところである。このように,恐怖管理理論は自尊感情の定義そのものよりも,なぜ自尊感情が重要なものかその機能は何かを説明しようとしている。

 自尊感情が人にとって果たす機能について注目したもう一つの理論であるソシオメータ理論sociometer theoryを提唱したのは,リアリーLeary,M.R.(1999)である。ソシオメータとは,燃料タンク内の現在の残量を示すメーターのように,自尊感情がその時々の社会適応度を刻刻と表わす指標として機能するという意味を込めて名づけられた。ここでいう自尊感情は安定的特性のような特性自尊感情ではなく,状況に応じて変動する状態自尊感情のことである。この理論によれば,群れる動物であるヒトは,社会的に排除され群れのつながりの輪から閉め出されると生存は危うさを増したはずであり,生存可能性を高めるために社会的所属つまり他者との関係性の網目の中に自己を適切に位置づけておく必要がある,という前提をおく。そして,個人の社会関係が順調にいっているか否か,社会的環境における自らのあり方・ふるまいの適切性,その時々の社会的受容状態についてその人自身に伝えるフィードバック機能をもつのが,感情として体験される自尊感情である,と考える。たとえば,ある人が道端で倒れている人を見つけて救急車をよび,大きな商談に遅れて商機を台無しにしたとしよう。そのとき,取引先や上司から判断を誤ったと批難を浴びせられ,人や会社に迷惑をかけたことを悔いて否定的感情をもち,自分には重要な仕事をこなすだけの資質がないと自尊感情を低下させるだろう。しかし,その後その適切な対応のおかげで,命拾いをした人とその家族から感謝を,そしてそれを知った職場の人たちからは賞賛を得たとすれば,その人は自分の行為が認められたことのポジティブ・フィードバックを受けて,自分が人のために役立てる人間だと誇らしく感じ,体験として感じ取った高揚した気分は,自分の行為が社会的に望ましく,社会の中に存在する価値がある人間であることを知る。他者の反応を通して感じる感情という形で,社会的状況における自分自身の適切性を知るのである。

 一般に自尊感情は個人の内面にあって,その人の行動や思考を背後で動かしているものと考えられてきた。恐怖管理理論とソシオメータ理論は,社会やかかわりのある人びとの間で認められ受容されるような存在だとみなしてもらえるか否かという外界と自己とのかかわりに注目し,社会的適応を積極的に調整的に作り出していく機能を想定している点において,自尊感情を他と切り離され屹立した個人の心理機制とする考え方と異なっている。 →自己 →自己意識感情 →社会的自己
〔遠藤 由美〕

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