自然法上の権利をいい、実定法上の権利に対立する。日本の自由民権運動の時期には「天賦人権(てんぷじんけん)論」と訳された。自然権の思想を典型的に表したものは、1776年のアメリカ独立宣言であり、「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる」とあるのがそれである。権力がこの自然権を侵した場合には、自然法上の抵抗権が生ずる。日本国憲法が「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(11条)と宣言しているのも自然権思想の表れである。
自然権の思想的根拠としては、神が与えたものとするキリスト教思想と、人間は人間としてこのような権利をもつとする世俗的自然法論とがある。自然権の内容、範囲については歴史的に変化しており、生存権、自由権、幸福追求権のほかに参政権や抵抗権をあげる者もある。国家による以上の諸権利の侵犯に対しては国民に抵抗権があるとして、抵抗権を認める者でも、何が悪法かという認定権を各人に無制限にゆだねる者は少ない。ホッブズは社会契約説にもかかわらず、生命防衛権だけは譲渡しえない(不可譲性)と考える。抵抗権を正面から認める思想家としてはアルトゥジウスやロックがいる。
他方、自然権の存在を否定する思想家もあり、法実証主義者とよばれる。彼らによれば、憲法上の人権保障も実定法がつくりだした保障であり、法が変わればもはや存在しないとする。さらに法実証主義の論拠にも、自然権は認識できないという理論上の論拠と、自然法思想は社会秩序を危うくする危険な思想だという実践上の論拠とがある。
[長尾龍一]
人間が国法その他に先立ち,自然法によりあるいは生まれながら人間として有している権利をいう。日本では天賦人権ともいわれた。自然権は人間をあらゆる政治的・社会的制度に先立って権利をもつ存在と考える点で,それまでの特権中心の権利観を根本的に転換させた。自然権の概念をそれ自体として積極的に展開し,社会の構成原理の基礎に据えたのはホッブズである。ホッブズは個人の生存の欲求とそのための力の行使を自然権として肯定し,これに基づく戦争状態こそを自然状態とした。そして,この状態を克服するためのものが自然法であるとして,自然権の優越性を説いた。自然権は当然人間の自由・平等と結びつき,政治的・社会的関係をすべて人為的にみずからつくり出していくという視座をもっている。ロックによって自然権はより明確な政治的・社会的権利として位置づけられた。社会契約説による政治社会の構成を,自然権を保障するためのものとした。自然権の核心をなすのは自己保存であり,そして自己保存に適合的な手段を採る権利である。それは論理的に実定法に先行し,したがって政治権力の侵しえない権利である。もし,それが侵害されるならば,支配者の解任を含む革命権の発動も認められる。このように自然権は近代政治理論の中心的概念として,人間の自由と平等との決定的優越性を凝縮した概念といえよう。
→社会契約説 →天賦人権論
執筆者:佐々木 毅
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…とくに近代立憲主義の思想を体系的に示したジョン・ロックの《統治二論》(1690)は重要である。彼によれば,人は自然状態のもとで人間としての生存に不可欠の自然権として固有の所有権propertyを有し,これには生命,自由,財産が含まれるのであるが,自然権をよりよく確保し,社会の安全を維持するために,他人との合意により政治社会すなわち政府を設立する。政府が信託に違反して人民の権利を奪うときは,人民に抵抗権がみとめられる。…
…とはいえ,啓蒙の認識論の総じて近世科学のパラダイムをかなり強引に絶対化し,すべての対象領域におしひろげすぎている側面が,のちに,ロマン派の非合理的直観の重視や,弁証法をはじめより動的なパラダイムの模索をよびおこしたことも,また了解しうるところであろう。
[社会・国家・法]
この領域においては,宗教的超理性的権威にたよらずに人間社会のあるべき姿を基礎づける必要からして,当然,〈自然権〉〈自然法〉の考えが啓蒙思想の全般において強く表面に出てくる。自己および隣人の生命を保存すべきこと,また他人の生命,健康,自由,財産を侵害してはならないことを,理性の法としての自然法の基本的内容にほかならぬものとし,所有権をはじめとする自然権を擁護するかぎりにおいて社会契約による各人の権力の譲渡の上に成立する国家の権力の発動をみとめるという,近代民主主義社会の基本原理をうち立てたロックの考えは,この領域でも,啓蒙時代全般を通じる一つのスタンダードを定めることになった。…
※「自然権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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