興奮薬(読み)こうふんやく(その他表記)stimulant
excitant

改訂新版 世界大百科事典 「興奮薬」の意味・わかりやすい解説

興奮薬 (こうふんやく)
stimulant
excitant

広義には身体の諸器官の機能および精神,感情の亢進をもたらす薬物の総称。狭義には中枢神経系を興奮させる薬物を指す。器官,神経系の機能亢進を意味する例として,心臓興奮薬,自律神経興奮薬,呼吸興奮薬などがあり,精神面の亢進を示す例として,催淫薬を興奮薬と称する場合などがあげられる。しかし,主体は脳各部位を興奮させる中枢神経興奮薬である。中枢神経興奮薬は薬理学的に次のように分類されている。

(1)カフェイン類 チャの葉,コーヒーなどに含有されるカフェイン,テオフィリンテオブロミンなどは化学構造も互いに類似し,共通の薬理作用を有する。カフェインは50~100mgの量で大脳皮質を興奮させ,眠気,疲労感を除去する。1g以上の大量では神経過敏,震えなどの症状を経て痙攣(けいれん)を誘発する。

(2)覚醒剤 アンフェタミン,メタンフェタミンなどで,いずれも精神機能の亢進を特徴とする中枢興奮作用を有する。眠気を去り,疲労感を除き,精神的抑うつ状態を回復する効果を示す。しかし,強い精神的・身体的依存性があり,慢性中毒症状は統合失調症に近似し,幻覚や妄想が現れ,狂暴性を帯びる者もある。〈覚せい剤取締法〉によりその使用は厳しく制限されている。
覚醒剤
(3)脳幹興奮薬 ピクロトキシンペンテトラゾールカンフルニケタミドベメグリドなどは脳幹,ことに延髄に作用して,呼吸,血液循環の中枢を興奮させる。このうちのいくつかの薬物は,催眠薬や麻酔薬の中毒の際に呼吸興奮薬として使われるが,大量を与えたときは痙攣を起こす。痙攣は,はじめ間代性痙攣で,作用が強くなると強直性痙攣に移行する。

(4)脊髄興奮薬 中枢興奮薬は一般に脊髄に対しても興奮作用を有するが,ストリキニーネはとくに脊髄作用の強い中枢興奮薬である。脊髄において知覚神経と運動神経の連絡により構成される反射弓の抵抗を減少させて神経インパルスの伝達を促進させる。この効果は脊髄反射の調節を行っている抑制性の介在ニューロンの抑制によると考えられている。この作用はカエルなどにおいてもよく観察され,特有の強直性痙攣の症状を起こさせる。この興奮作用は中枢性筋弛緩薬によって拮抗される。高等動物では延髄の血管運動中枢を興奮させて血管収縮をきたし,心臓調節中枢を刺激して心拍を緩徐にし,呼吸中枢を刺激して呼吸運動をさかんにする。視覚,嗅覚(きゆうかく),味覚,聴覚などの諸感覚は鋭敏となる。

(5)抗抑うつ薬 精神病,アルコール依存症,向精神薬の副作用などに伴って起こる抑うつ状態には,各種の中枢興奮薬が用いられる。これらのなかには覚醒剤,モノアミン酸化酵素阻害薬,精神賦活薬などが含まれる。既述の痙攣誘発性の中枢興奮薬とは異なる特徴を有する。抗抑うつ薬の概念の確立の初期の薬物として,メチルフェニデートピプラドロールがある。これは抗ヒスタミン薬,静穏薬のなかから臨床的に抗抑うつ作用が見いだされたものである。モノアミン酸化酵素阻害薬はアドレナリンノルアドレナリンセロトニンなどの中枢神経化学伝達物質の分解を阻害して,脳内にアミンの蓄積をきたして中枢興奮作用を示す。イプロニアジド,ニアラミドなどがこれに属する。イミプラミンを代表とする一群の抗抑うつ薬は,他の中枢興奮薬と異なり,大量投与により動物は鎮静を起こし,またモノアミン酸化酵素阻害作用もない。脳内の化学伝達物質の再とり込みを阻害することによる興奮作用であると考えられている。ジメチルアミノエタノールは,脳内でアセチルコリンの原料となって中枢興奮に寄与するものと考えられている。

(6)幻覚薬 幻覚,妄想および人格や感情の混乱を生ずる薬物である。メキシコ産のサボテンのアルカロイドであるメスカリン,インドタイマの成分であるテトラヒドロカンナビノール,麦角アルカロイドの誘導体であるリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD),メキシコ産のキノコのアルカロイドであるシロシビンなどが研究されている。なかでもLSDは1μg/kgの少量で多幸感,幻覚など統合失調症様の症状をひき起こす。また色彩感覚,音感等が異常に鋭敏となる。インドタイマの使用は日本では法的に禁止されているが,アメリカではマリファナと呼ばれ,また分泌樹脂の乾燥物はハシーシュと称してタバコなどに混じて吸入される。通常マリファナタバコなどの1回量として吸入されるテトラヒドロカンナビノールの含量は2.5~5mgといわれ,この量で気分が高揚し,多幸感,解放感を生ずる。用量が多くなると思考が混乱,分裂し幻覚をみるに至り,性格の破綻(はたん)をきたす。動物実験においてもテトラヒドロカンナビノールを連続投与されたラットは狂暴性を帯び,通常ではみられない異常行動,たとえばマウスをかみ殺すなどの行動が観察される。
幻覚薬 →向精神薬
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「興奮薬」の意味・わかりやすい解説

興奮薬
こうふんやく

薬の作用を機能面からみると、生体の機能を亢進(こうしん)する場合と、逆に減弱させる場合とがある。このうち、生体の機能を亢進させる薬物を興奮薬という。広義には生体の諸器官の機能や精神活動を亢進する薬物の総称である。作用が神経を介する場合と、組織細胞に直接作用する場合とがある。興奮薬の主体は中枢神経興奮薬で、興奮薬というと一般的にはこのものをさす。中枢神経興奮薬にはカフェインをはじめとする心臓興奮薬(強心剤)、メタンフェタミンをはじめとする覚醒(かくせい)剤、ニケタミドやカンフル、ジモルフォラミンを代表とする呼吸興奮薬、ピプラドロールなどの精神賦活(ふかつ)剤(抗うつ剤)、ストリキニーネなどの脊髄(せきずい)興奮薬などがある。そのほか広義の興奮薬には、アドレナリンやコリンなどをはじめとする自律神経興奮薬がある。性的興奮を高める催淫(さいいん)剤や、幻覚をおこすLSD、マリファナなども一種の興奮薬である。イミプラミンのような抗うつ剤は大量投与すると逆に鎮静的に働く。また、運動選手や競走馬などに興奮薬をあらかじめ投与して、その成績を向上させようとすることをドーピングという。ドーピングは禁止されている。

[幸保文治]

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百科事典マイペディア 「興奮薬」の意味・わかりやすい解説

興奮薬【こうふんやく】

中枢神経系に作用してその機能を亢進させる薬物の総称。中枢に直接作用するコカインカフェインストリキニーネや,知覚神経末梢を刺激して反射的に中枢神経系を興奮させる芳香性物質,苦味剤がある。また強心薬や血管収縮薬も間接的興奮作用をもつ。
→関連項目ドーピング

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