特定波長域の可視光を選択的に吸収し、これにより色覚をおこさせる化合物をいう。色素には、動物や植物など生物がもつ生体色素、および顔料(がんりょう)と染料とがあるが、顔料と染料については各項を参照されたい。
生体色素は、不飽和結合をもつ発色団を備えた有機化合物で、それぞれの生物にとって有用なだけでなく、人類にとっても、染料(天然染料)その他に利用できる有用物質である。生体色素のうち、おもに動物がもつものにはポルフィリン、胆汁色素、メラニン、プリン、プテリン、フラビンなど窒素を含むものと、カロチノイド、ナフトキノン、アントラキノン、フラボンなどのこれを欠くものとがある。またヘモグロビン、ロドプシンなどは、色素を補欠分子団とする複合タンパク質であり、色素タンパク質とよばれるが、広い意味での色素である。一方、植物に広く分布する生体色素としては、クロロフィル、カロチノイド、フラボノイドの3群がある。
[馬場昭次]
窒素を含む色素のうち、ポルフィリンはヘモグロビンやチトクロム中にⅡ価鉄の錯塩すなわちヘムとして含まれ、生物学的に重要な水溶性の色素である。また、植物の葉の緑色の色素として知られるクロロフィルはマグネシウム・ポルフィリン誘導体である。有色真珠には遊離ポルフィリンとメタポルフィリンが含まれるが、その総量、割合により色彩が異なる。胆汁色素はヘムまたはヘム類似の色素の代謝分解産物で、黄、緑、赤、褐色の色素である。メラニンは哺乳(ほにゅう)類の毛や目、鳥の羽、魚類、両生類、爬虫(はちゅう)類の鱗(うろこ)や皮膚、頭足類の墨汁、無脊椎(むせきつい)動物の種々の組織に含まれている暗色の色素である。多くの魚、トカゲ、両生類、エビなどの皮膚には、メラニン粒をもつ細胞すなわち黒色素胞がある。プリンは通常白色結晶の色素で、シロチョウのはねの白を与えるなど動物の体色にしばしば重要な役割を果たしている。プテリンはある種のチョウのはねの白、橙(だいだい)、赤などの各色の顆粒(かりゅう)中に含まれている。フラビンは水溶性で、緑色蛍光性の黄色色素である。
一方の窒素を含まない色素のうち、カロチノイドは不けん化脂質の一つで、生物界にきわめて広く分布し、赤、橙、黄ないし紫色をした、水に不溶の色素である。天然には400種ほど知られ、酸素を含まないカロチン類や、これを含むキサントフィル類などがある。カロチンは動物体内においてレチノール(ビタミンA)およびレチナール(哺乳類や魚類の目の網膜にある視物質)に変わり、視覚において重要な機能を果たしている。ナフトキノンは黄、橙、赤、紫の一群の色素で、植物界に広く分布し、染料として利用されてきた。動物界ではエキノクロムとしてウニ類に広くみられる。アントラキノンは染料として広く利用される色素で、カイガラムシから得られる赤色色素のカルミン酸はこの一種である。フラボンは植物界に広く分布する色素で、動物界ではそれらの植物を食べる二、三の昆虫類にみられる。動物界には以上のほかにも、まだ組成の知られていない多くの色素がある。
[馬場昭次]
植物にもっとも広く分布している色素は、クロロフィル、カロチノイド、フラボノイドの3群の色素である。クロロフィルは植物の葉の緑色の色素で、光合成色素として重要な役割を果たしている。カロチノイドは動植物に広く分布する黄色・橙色・赤色の色素で、色はアントシアンなどのフラボノイドとよく似ているが、ベンジン、二硫化炭素、エーテルなどの脂溶性溶媒に溶けるので、水溶性のフラボノイドと区別できる。カロチノイドは光合成の補助色素として、葉緑体の中に含まれて重要な役割をしているほか、ニンジンの根、トマトやカボチャの果実、ヤマブキの花、イチョウの黄葉などの色素としても広くみいだされる。カロチノイドは染料としてはあまり用いられないが、サフランの雌しべの柱頭やクチナシの果実に含まれる黄色のクロシンは水溶性で安定なため、薬用サフラン、あるいは「くちなし染め」の黄色染料として古くから珍重されてきた。
フラボノイドは植物特有の色素で、花、葉、茎、樹皮、材、種子など植物体の各部にみいだされるフェノール性化合物である。代表的なものにフラボン類とアントシアン類がある。フラボン類は淡黄色、水溶性色素で、アルカリ性では濃黄色を呈するため、古来、染料として用いられたものが多い。ヤマモモの樹皮のミリセチン、エンジュのつぼみのクエルセチン、カリヤスの全草に含まれるアルトラキシンなどの色素は「上代草木染め」の染料として有名である。アントシアン類は紅葉や花の赤、紫、青色の色素であるが、不安定なため、押し花や切り花にすると容易に退色してしまう。これを防ぐには気密にしたり光を遮るなどの処置をするとよい。サボテン科、アカザ科、オシロイバナ科、ヒユ科などの中心子類(ナデシコ花類)の植物群には紅色、黄色のベタレイン色素が存在するが、これは窒素を分子中に含む特殊な水溶性色素で、中心子類の植物以外にもベニテングタケの菌傘の色素としてみいだされる。
このほか、各種のキノン類も、細菌類から高等植物まで広く分布する黄色ないし橙赤色の色素である。ナフトキノン系色素にはムラサキの根の色素シコニンなどがあり、江戸紫の染料に用いられた。アントラキノン系色素は、アカネ科、タデ科、マメ科などのほか、地衣類や菌類にも広くみいだされ、古くから薬用や染料として利用されたものが多い。ダイオウの根に含まれているエモジン、クリソファン酸、レインなどのほかに、セイヨウアカネの根に含まれるアリザリンやその配糖体は紅色染料として古くから有名である。日本産のアカネには、主としてプソイドプルプリンが含まれており、昔から「茜(あかね)染め」に用いられてきた。また下等菌類の生産する黄色ないし橙黄色の色素もアントラキノン系色素が多く、放線菌にも赤や紫色のアントラキノン系やフェナントレンキノン系の色素が含まれる。
高等植物に広くみいだされるタンニンも、褐色色素として工業的に皮革のなめしや、漁網の染色に用いられるほか、大島紬(つむぎ)、黄八丈(きはちじょう)の褐色染料としても重要である。紅藻の色素フィコエリスリンや藍藻(らんそう)の色素フィコシアニンなどのフィコビリン系色素は、高等植物の光形態形成に関与するフィトクロムとともに、ポルフィリン環が開環したテトラピロール構造をもった色素である。
[吉田精一・南川隆雄]
『吉田精一・南川隆雄著『高等植物の二次代謝』(1978・東京大学出版会)』▽『安田斉著『花の色の謎』(1986・東海大学出版会)』▽『西村光雄著『光合成』(1987・岩波書店)』▽『石倉成行著『植物代謝生理学』(1987・森北出版)』▽『廖春栄著『生化学物質名称のつけ方』(1988・三共出版)』▽『大政謙次ほか編『植物の計測と診断』(1988・朝倉書店)』▽『佐藤有恒著『花の色のふしぎ』(1988・あかね書房)』▽『古谷雅樹著『ブルーバックス 植物的生命像』(1990・講談社)』▽『農耕と園芸編集部編『バイオホルティ6 苗条原基と大量増殖 桃色花の育種』(1991・誠文堂新光社)』▽『山口勝己編『水産生物化学』(1991・東京大学出版会)』▽『西久夫・北原清志著『続 色素の化学――色素の機能性』(1992・共立出版)』▽『鴻巣章二・橋本周久編『水産利用化学』(1992・恒星社厚生閣)』▽『マルコ・フェラーリ著、池田清彦訳『擬態生物の世界』(1994・新潮社)』▽『小川和朗ほか編『無機物と色素――組織細胞化学の技術』(1994・朝倉書店)』▽『山川稔著、梅沢靖道絵、農林水産省農林水産技術会議事務局監修『昆虫が身を守るふしぎな力』(1998・農山漁村文化協会)』▽『石黒幸雄ほか著『続・野菜の色には理由がある――トマト&緑黄食野菜の効用』(1999・毎日新聞社)』▽『岩槻邦男ほか監修、千原光雄編『藻類の多様性と系統』(1999・裳華房)』▽『梅鉢幸重著『動物の色素――多様な色彩の世界』(2000・内田老鶴圃)』▽『藤井正美監修、清水孝重・中村幹雄著『新版・食用天然色素』(2001・光琳)』▽『橋本俊二郎ほか著、講談社サイエンティフィク編『新版 食品化学実験』(2001・講談社)』▽『佐藤公行編『朝倉植物生理学講座3 光合成』(2002・朝倉書店)』▽『片山脩・田島真著『食品と色』(2003・光琳)』
一般に色素という定義は判然としていないが,通常はその物質に特有の色を呈し他の物体に色を与える物質を指す。固有の色をもつ物質であっても,色の濃さが著しく小さいものは色素とはいい難い。色素と総称されるものには,動物や植物より得られる天然色素(生体色素),天然物である鉱物をごく簡単な処理で加工した鉱物色素,無機の原料より化学的操作を経て着色を目的として造られた無機顔料,有機合成によって製造された有機工業色素が含まれる。とくに最後の有機工業色素は,色素の中で量的にも金額的にも,あるいは実用範囲の広さにおいても最も大きな部分を占め,主として繊維を染色する目的の染料,各種の材料を着色する有機顔料(この2者には化学的な区別はつけ難い)のほかに,指示薬,生体染色用色素,臨床検査用色素,食品・医薬品・化粧品用色素,写真用色素,感圧・感熱色素,文具用色素など数多くの実用的な色素が含まれる。以上のように複雑多岐にわたる各種の色素は,化学的にみれば有機物,無機物として固有の化学構造をもっているが,色素が色をもつことはそれぞれの吸収・反射スペクトルの可視部のある波長帯を吸収し,他の波長帯を通過または反射することによる。そのため,物質の色は吸収した色の補色となって目に感じられる。有機色素が芳香族化合物であることが多いのは,芳香族化合物が可視部および紫外部に吸収をもつことが多い理由による。
執筆者:新井 吉衞
生物体に含まれる有機化合物で色のあるものをいう。分子中に発色団として,例えば共役二重結合系と助色団を有している。呼吸色素のように生理的に重要な化合物も多いが,第二義的で代謝の二次産物とみなされるものも多い。以下に主要な色素を挙げる。
(1)カロチノイドcarotenoid 植物界,さらに動物界にも広範な分布を示す。黄色,橙色,ないし紅色の色素。ニンジンの根の主色素であるカロチン,さらにキサントフィルがある。葉緑体に含まれるものは光合成に関与している。カロチンは動物体内でビタミンAとなり,視紅と呼ばれる色素タンパク質を形成し,視覚に重要な役割を担っている。
(2)フラボノイドflavonoid C6-C3-C6の炭素骨格をもち,植物のほとんど全組織にひじょうに広く分布している黄色の色素。フラボン類,フラバノン類,アントクロール,アントシアン,カテキンなどがある。フラボンは紫外線からの保護作用などの生理作用をもつと考えられている。アントシアンは花青素とも呼ばれ,赤,青,紫などを呈する花や果物の色の原因となっている。
(3)キノンquinone メラニンなどのようにキノン環をもつ色素。メラニンは動物の皮膚の色を決定している色素で,褐色ないし黒色を示す。
(4)ポルフィリン系色素 ポルフィリン環をもつもので,ヘモグロビン,カタラーゼなどの酵素,クロロフィル(葉緑素)など重要なものが多い。
(5)フィコビリン類 開環テトラピロールの構造をもつ藻類の色素。フィコエリトリン,フィコシアニンは,それぞれ紅色,藍色をもつ紅藻,ラン藻の光合成の補助色素として働く。植物の光条件を感知し,生体の諸機能を調節するフィトクロムもこの中に含まれる。
(6)フェナジン誘導体 ニュートラルレッドなどに代表されるが,染色化学に利用されるものが多い。
(7)フェノキサゾン誘導体 ある種の地衣類が有し,pH指示薬のリトマスなどがある。
(8)そのほかにインドール誘導体,ピロール誘導体がある。
色素には,発色団を補欠分子族とする複合タンパク質をなしているものも多く,ヘモグロビン,ミオグロビン,チトクロム,フェリチン,ヘモシアニン,セルロプラスミン,フラビンタンパク質,ロドプシン,クロロフィルなどがそれにあたる。
執筆者:大隅 良典
クロムイェロー,クロムオレンジ,べんがら,紺青,群青などの無機顔料は,着色を目的として化学的に造られた無機の色素であり,ガラス,セラミックの着色・塗料用,合成樹脂着色用,文具用の色素として使用される。これらは有機顔料にくらべ鮮明さ,着色力は劣るが,とくに耐熱性が高い特徴をもっている。
染料,有機顔料,および工業生産される有機色素を総称して有機工業色素と呼ぶ。合成染料が人類の歴史に初めて登場したのは,1856年W.H.パーキンによりモーブが合成されたのに始まるが,以後染料化学は130年あまりの間芳香族合成化学の発展をとおし,医薬,高分子などに計りしれない影響を与え,人類の文明に貢献してきた。染料は染着という現象を経て,繊維その他を着色するものであるため,染着の過程で一度は必ず溶解という現象が存在する。多くの染料が分子中にスルホン基,カルボン酸基のような水に可溶な基をもっている。建染(たてぞめ)染料は還元により水溶性となり,水に不溶性の分散染料は微細な水中分散状態から固溶体となって合成繊維を着色する。これに対し有機顔料は化学構造としては染料と本質的に変わらないが,不溶性粉体として着色するため,水,有機溶媒,プラスチックなどに溶けないように配慮されている。
→顔料 →染料
執筆者:新井 吉衞
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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