蕉風(読み)しょうふう

精選版 日本国語大辞典 「蕉風」の意味・読み・例文・類語

しょう‐ふう セウ‥【蕉風】

〘名〙 俳諧で、松尾芭蕉およびその門流の俳風をいう俳諧史的な呼称。幽玄・閑寂の境地を主とし、さび・しおり細み軽みを尊ぶ。また、付句の付け様は、におい・うつり・ひびき・くらいなど、微妙複雑な余情・風韻やイメージのかかわり、対応によってはこび、賦物(ふしもの)・去嫌(さりきらい)など形式的外面的制約に対しては、かなり自由柔軟な姿勢になっている。正風。蕉流。
※俳諧・蕉門一夜口授(1773)「貞享元年の頃は、翁、貞徳の風を離れ、此蕉風の一門を起す始也」
[語誌](1)この語が使われはじめたのは、芭蕉および蕉門の俳諧の意義を再認識するようになった江戸中期になってのことと考えられる。
(2)芭蕉回帰・蕉門復興のなかで蕉風こそ不易の俳風であると考えられて、音読みの一致とあいまって、蕉風=正風の価値観が作り上げられていった。

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デジタル大辞泉 「蕉風」の意味・読み・例文・類語

しょう‐ふう〔セウ‐〕【×蕉風】

松尾芭蕉およびその門流の俳風。さびしお細み軽みを重んじて幽玄閑寂の境地を求め、連句付合つけあいには、移り響きにおくらいなどの象徴的手法を用い、俳諧を真の詩文芸として発展させた。正風。

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百科事典マイペディア 「蕉風」の意味・わかりやすい解説

蕉風【しょうふう】

〈正風〉とも書く。正風はもと歌論・連歌論の用語で規範とすべき正しい風体のこと。俳諧においては貞門談林派の異風に対して連歌体に近い自派の俳風をこのことばで示した。蕉門は貞室の俳風を正風と呼び力説したが,やがて正風・蕉風とも芭蕉と門人たちの俳風をいうことばとされた。私意私情を去って自然と一体になることを目ざしたもので,根本理念として,さび,しをり,ほそみ等をもつ。元禄期に最盛,天明期の俳諧中興(天明俳諧)に際しても理想とされた。
→関連項目大江丸太田水穂おくの細道歌仙其角五色墨支考白雄蝶夢俳諧七部集芭蕉連句

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「蕉風」の意味・わかりやすい解説

蕉風
しょうふう

俳諧(はいかい)史用語。芭蕉(ばしょう)によって主導された蕉門の俳風をいう。芭蕉以前の俳諧は、ことばのうえの洒落(しゃれ)やおかしみを主とした貞門(ていもん)風や、素材・表現の奇抜さに知的な興味を示した談林(だんりん)風のように、遊戯的な傾向が強かったが、芭蕉によってその文芸としての質が一変し、真に芸術的意義を確立するに至った。

 蕉風発生の兆しは、天和(てんな)年間(1681~84)の漢詩文調俳諧流行を背景にした『次韻(じいん)』『虚栗(みなしぐり)』にうかがえるが、1684年(貞享1)に成った『冬の日』においてほぼ確立された。絶えず新しい境地を開拓し続けた芭蕉は、その後『阿羅野(あらの)』『ひさご』を経て、1691年(元禄4)刊の『猿蓑(さるみの)』においてもっとも円熟期を示し、さらに最晩年の『炭俵(すみだわら)』『続猿蓑(ぞくさるみの)』に至ると平明な「軽み」の風調をよしとするようになった。蕉風のあり方は、芭蕉没後門下にさまざまに論じられ、また18世紀後半(安永(あんえい)・天明(てんめい)期)には、蕪村(ぶそん)らによる蕉風復興運動において再認識され、さらに幕末から近代にあっても、いろいろな態度で引き継がれていった。

 蕉風の特色は、発句に言外の余情(しをり)を説き、連句に余韻(にほひ)の映発による高次の付合(つけあい)を案出したことにある。具体的には、表現におけるイメージの形象性を重視した描写型の表現を確立し、そのイメージとイメージの映発のうちに生ずる微妙な情調を「さび」と称して尊重し、また、そうした「景」と「情」の融合した表現を導くものとして、主(作者)と客(対象)との一体化による「まこと」の精神が提唱された。晩年の「軽み」は、これをいっそう徹底したものといえる。

[堀切 實]

『宮本三郎著『蕉風俳諧論考』(1974・笠間書院)』『堀切實著『蕉風俳論の研究』(1982・明治書院)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蕉風」の意味・わかりやすい解説

蕉風
しょうふう

俳諧用語。松尾芭蕉の俳風の意。蕉門俳人は自分たちの俳風を「正風」と称した。これは自己の風を天下の正風と誇示することで,必ずしも蕉風の独占的用語ではない。「蕉風」の語は,麦水の『蕉門一夜口授』 (1773) 以来一般的に用いられるようになった。歴史的にみると芭蕉の俳風は,延宝以前は貞門,談林と変らず,貞享の『冬の日』に確立され,『猿蓑』に「さび」の境地が円熟深化し,晩年の『炭俵』では「かるみ」へと変化した。蕉風の理念の中心は,「さび」「しをり」「ほそみ」である。また連句については,貞門の物付 (ものづけ) ,談林の心付 (こころづけ) から飛躍的に進歩し,「匂ひ」「響き」「うつり」という微妙な風韻,気合いの呼応を重んじた。このように内面的なものを重視するから,発句における切字 (きれじ) ,連句における去嫌 (さりきらい) などの形式的制約には比較的自由寛大である。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「蕉風」の解説

蕉風
しょうふう

正風とも。芭蕉とその弟子およびその流れをくむ俳諧流派。談林末期の延宝・天和年間(1673~84)の漢詩文調の俳諧の流行は,衆目を引く新奇さをねらったものだったが,芭蕉は漢詩文のもつ詩的効果に注目した。江戸深川に隠棲したのちは,発句に緊張した詩情を求め,和歌・漢詩の伝統を踏まえながら卑近な素材を生き生きと蘇らせることに成功した。また,さび・しおり・細み・軽みなどの理念を追求,連句では余情を重んじたにおい・うつり・ひびきなどの理念を求め,匂付(においづけ)を完成した。芭蕉没後は分裂したが,俳諧を文学的に確立した功績は大きい。

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旺文社日本史事典 三訂版 「蕉風」の解説

蕉風
しょうふう

江戸時代,松尾芭蕉の唱えた俳諧の流派
「正風」とも書く。松永貞徳の貞門,西山宗因の談林派を経て,元禄期(1688〜1704)は蕉風の全盛であった。「わび」「さび」「しおり」「軽み」などの芸術美を求め,門弟も多く,その余風は明治時代までも続いた。

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世界大百科事典(旧版)内の蕉風の言及

【蕉風俳諧】より

…蕉風とは芭蕉によって主導された蕉門の俳風をいうが,それが,貞門時代,談林時代に次ぐ時代の俳風をいう俳諧史用語としても一般に通用している。貞門風(貞門俳諧),談林風(談林俳諧)に対して蕉風はたしかに異質であり,それが元禄期(1688‐1704)の俳風を質的に代表していることも認められるが,一般の俳風が芭蕉によって主導されたとみることは妥当でない。…

【蝶夢】より

…以後は芭蕉復興の俳諧活動に専念,例年義仲寺(大津市)で営む芭蕉忌を中軸とした芭蕉顕彰運動を全国的規模で展開して,70年には同寺の芭蕉堂を再建する。組織力にすぐれ,諸事業を通じて諸国俳人の蕉風化を進め,93年(寛政5)の芭蕉百回忌法要はその達成といえる。一方で《芭蕉翁発句集》《芭蕉翁俳諧集》《芭蕉翁文集》に芭蕉の全作品を集成,また最初の本格的芭蕉伝である《芭蕉翁絵詞伝(えことばでん)》(1793)も編んで,多彩な編纂・出版活動を運動に援用した。…

【天明俳諧】より

…運動は安永年間(1772‐81)に入ると頂点に達し,京の蕪村・几董(きとう),名古屋の暁台(きようたい)以下それぞれ佳品を生み,諸家の交流も花やかだったが,百回忌(1793)をもって一応終息する。蕉風創始者としての芭蕉の絶対的位置づけは,これを神格化する行き過ぎも生んだが,全俳壇の統一の要として働いて,貞門・談林派に至るまで蕉風化の勢いに巻き込み,それまで混然としていた雑俳が切り離され,俳諧はもっぱら文芸性を追求するようになる。連句尊重の傾向もその現れである。…

【俳論】より

…惟中《俳諧蒙求(もうぎゆう)》(1675),西鶴《俳諧之口伝》(1677),松意《談林功用群鑑(こうようぐんかん)》(1679か)などがある。 蕉風は,〈不易流行〉論の創出によって俳諧の根源にある雅俗の二律背反を止揚し,〈さび〉〈しをり〉〈ほそみ〉などの微妙な俳諧美,〈にほひ〉〈うつり〉〈ひびき〉などの配合美を生みだす付合手法の理論化につとめた。その結果,俳論は有数の芸術論として定立した。…

【本意本情】より

…ところが,その考えは時代が降るにつれ,先達の秀れた作品を規範として妄信する態度を生み,物の見方を類型化,固定化する弊害を生じるようになった。そんな本意論の基本的精神を継承しながら,しかも固定化,因習化した美学を打破し,いま一度自分の新しい見方で万古不易の対象の生命――本情――をとらえ直そうとしたのが,芭蕉たち蕉風俳人の本意本情論である。その意味で,芭蕉たちは類型化,固定化した物の見方を嫌うが,また同時に奇物珍詞をおもしろがる〈私意〉をも厳しく排除する。…

※「蕉風」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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