朝日日本歴史人物事典 「藤井能三」の解説
藤井能三
生年:弘化3.9.21(1846.11.9)
明治期の港湾改良者。越中国射水郡伏木町(富山県高岡市)の船問屋能登屋三右衛門の子。私費で伏木小学校,女子学校を作る。明治8(1875)年三菱会社代理店となり汽船を廻航させ,別に北陸通船会社を作った。灯台・測候所を作り,鉄道を引き,北前船の基地伏木港を明治22年に米など5品特別輸出港,同32年に開港場とする。また,ウラジオストク航路を開き,庄川の河口港であったが同川を分離し大型船の入港を可能とした。全私財を投じ対岸貿易を夢みた地域経済論者であり,日本海を眺望できる伏木小学校校庭に銅像がある。<参考文献>原田翁甫『三州船舶通覧』,高瀬保「富山県に於ける北前船主」(『日本歴史』274号),伏木港史編纂委員会編『伏木港史』
(高瀬保)
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