家庭医学館 「虚血性腸病変」の解説
きょけつせいちょうびょうへん【虚血性腸病変 Ischemic Disease of Intestine】
なんらかの原因によって小腸(しょうちょう)や大腸(だいちょう)に分布する動脈や静脈の血流量が低下すると、組織が血液不足状態(虚血(きょけつ)状態)となり、腸管壁の酸素供給が妨げられます。その結果、腸に虚血によるさまざまの症状がおこる病気です。代表的なものに虚血性大腸炎(きょけつせいだいちょうえん)、急性および慢性腸間膜動脈閉塞症(ちょうかんまくどうみゃくへいそくしょう)があります。
■虚血性大腸炎(きょけつせいだいちょうえん)
大腸の腸間膜内の動脈に明らかな閉塞がないにもかかわらず、大腸が虚血状態になる病気です。
粘膜(ねんまく)の発赤(ほっせき)(赤らみ)、浮腫(ふしゅ)(むくみ)、びらん、潰瘍(かいよう)、壊死(えし)などを生じます。高齢者によくみられますが、若い人にもみられることがあります。
発生年齢のピークは、男性で70歳代、女性では60歳代です。男女比は1対1.3とやや女性に多く、40歳未満の若い人ではさらに女性の頻度が高くなります。
発生部位(図「虚血性大腸炎の発生する大腸の名称」)には年齢による差がみられます。高齢者では、左側結腸(さそくけっちょう)である下行(かこう)結腸とS状結腸に多く、80%以上を占めています。これに対し、若い人では半数以上が右側結腸(うそくけっちょう)である上行(じょうこう)結腸と横行(おうこう)結腸に発生します。
血流が多い直腸は虚血性大腸炎がおこりにくい場所で、発生頻度は5%以下となります。
虚血性大腸炎には一過性(いっかせい)型、狭窄(きょうさく)型、壊死(えし)型の3タイプがあります。多くは軽症の一過性型で、狭窄型は約4人に1人の頻度でみられます。壊死型は少数ながらもっとも重症で、急性腸間膜動脈閉塞症との鑑別が困難です。
■急性腸間膜動脈閉塞症(きゅうせいちょうかんまくどうみゃくへいそくしょう)
腹部大動脈から分岐する上腸間膜動脈(じょうちょうかんまくどうみゃく)の根もとに血栓(けっせん)や塞栓(そくせん)がつまり、急激に小腸が虚血をおこす病気です。
20~80歳代まで幅広くみられますが、高齢者で動脈硬化(どうみゃくこうか)の強い人によくみられます。
■慢性腸間膜動脈閉塞症(まんせいちょうかんまくどうみゃくへいそくしょう)
時間をかけて徐々に動脈が閉塞していくと、側副血行(そくふくけっこう)(迂回路(うかいろ)、バイパスともいう)が発達するため、急激な腸の壊死はおこりにくくなります。このような場合、腸間膜血管の血流が多くなる食後に、へその周囲やみぞおちのあたりが痛み、脂肪吸収不良による下痢(げり)がおこったり、腹部に血管雑音が聞かれたりします。このような状態を腹部アンギーナと呼ぶこともあります。
[原因]
動脈硬化、高血圧、糖尿病、脳血管障害、心疾患(心房細動(しんぼうさいどう)や心不全(しんふぜん))、膠原病(こうげんびょう)などの病気をもつ人は、腸の虚血をおこしやすい状態になります。ジギタリスという心不全の薬や血圧降下薬、経口避妊薬などの薬剤が誘因となることもあります。また、便秘が長期間続いたり、食事の後、発症することから、腸管の内圧上昇も一因とされています。
いずれにしても、全身的な要因に腸管自体の血流低下が加わることで腸が虚血状態になると考えられています。
[症状]
虚血性大腸炎の三大症状は、腹痛、下血(げけつ)、下痢です。左腹部の疼痛(とうつう)があり、下痢もしくは突然の血便(けつべん)があります。血便は大腸粘膜のびらんや潰瘍が原因でおこります。鮮血がみられますが、ショックをおこすほど多量に出ることはまれです。
腹痛の程度は、軽度から中等度であることがほとんどです。
一過性型は通常、3日~2週間以内で症状が消え、治ります。
狭窄型は、1か月前後で慢性化し、腹痛が持続して腸閉塞症状を示します。
壊死型は、激しい腹痛があり、腹膜炎症状を示し、腸穿孔(ちょうせんこう)やショックなど、急激な経過を示します。そのほか、吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)、発熱などもみられます。
急性腸間膜動脈閉塞症の症状は激しい腹痛、嘔吐、下血で、腹膜刺激症状を示し、ショック状態になります。
[検査と診断]
高齢者に突然の腹痛と下血があり、薬剤性腸炎や感染性腸炎(大腸菌O‐157による出血性腸炎など)でないことが明らかな場合は虚血性大腸炎が疑われます。
注腸造影(ちゅうちょうぞうえい)(大腸内に造影剤を注入してX線撮影する検査法)を行なうと、大腸壁の硬化像(こうかぞう)や、粘膜の浮腫(ふしゅ)が親指を押した痕(あと)のようにみえる母指圧痕像(ぼしあつこんぞう)(サムプリンティングと呼ばれる)の特徴的な像がみられます。
一過性型では、数日でこれらの所見が改善してしまいます。慢性期になると、潰瘍の治癒過程でみられる大腸壁の嚢状膨隆(のうじょうぼうりゅう)や管状狭窄(かんじょうきょうさく)がみられ、狭窄型への移行がわかります。大腸内視鏡検査を行なうと、左側結腸に広範囲の発赤、浮腫、びらん、縦走(じゅうそう)する潰瘍、出血がみられます。
粘膜の壊死の程度が高く、暗黒緑色で、浮腫性の膨隆が著明なときは、壊死型が疑われます。
血液検査では、血沈(けっちん)の亢進(こうしん)、CRP(C反応性たんぱく)の高値、白血球数(はっけっきゅうすう)の増加、血清(けっせい)アミラーゼやLDH(乳酸脱水素酵素(にゅうさんだっすいそこうそ))、CPK(クレアチンホスホキナーゼ)値などの上昇がみられることがありますが、虚血性大腸炎に特有というわけではありません。
[治療]
虚血性大腸炎の場合、入院治療が原則となります。
一過性型は、禁食(きんしょく)にして輸液を行ない、鎮痛薬や鎮痙薬(ちんけいやく)が使われるほか、二次感染の予防が行なわれます。
狭窄型で腸閉塞症状がある場合や、クローン病やがんとの鑑別が困難な場合は手術が検討されます。
重要なことは、重症な壊死型かどうかを早くみきわめることです。
全身状態や腹膜刺激症状から、壊死型が疑われるときは、早めに手術を行ない、虚血腸管を切除します。しかし、壊死型の予後は不良です。
急性腸間膜動脈閉塞症の治療は、手術で血栓や塞栓を除去して血行再建(けっこうさいけん)を行ない、壊死した腸管は切除します。
ただし、壊死型の虚血性大腸炎と同様、予後はよくありません。