血盆経(読み)けつぼんきょう

改訂新版 世界大百科事典 「血盆経」の意味・わかりやすい解説

血盆経 (けつぼんきょう)

大日本続蔵経に《仏説大蔵正経血盆経》と題して収められている全420余字からなる小経で,血の穢れ(けが)ゆえに地獄へ堕ちた女人救済せんがための経典である。中国では明・清の時代にかなり広く流布していたもので,仏教道教,ある特定結社のものなどが存在しており,内容も多少異なっているが,いずれも血にかかわる罪を犯した者は血の池地獄に堕ちると説かれているのに対し,日本の《血盆経》には,産や月水の血で地神水神等を穢した女性のみが,この地獄に堕ちるとされている。古来,日本には血を忌む思想が存在し,これに仏教の女性不浄観が習合して,女は血を流す存在であるがゆえに不浄だと説かれることになった。こういった存在である女性を救済するための方法が当然求められることになり,ここに血盆経信仰が展開された。きわめて日本的な忌の思想を前提にして成立した《血盆経》は,縁起によれば,応永年間(1394-1428)に下総の中相馬郡発戸村法性寺の住職が,亡霊に憑(つ)かれ奇病を発して苦しんでいる娘を救わんとし延命地蔵尊に祈ったところ,この地蔵の霊験によって手賀沼で感得したとされているが,資料等より推察するかぎり,この存在は室町以前に遡及(そきゆう)することはできない。内容についてはすでに触れたが,女人が血の池地獄に堕ちるとされた理由は,初めは産の血のみであったものが江戸期に入って月水の血が加わり,しだいに月水のみが強調されるようになり,女であればことごとく血の池地獄へ堕ちると説かれるようになっていった。この地獄からの救済のために川施餓鬼(かわせがき)による死者供養や,往生祈願のための特殊な儀礼がつくりあげられ,ひいては,この経を保持することによって不浄が除けられるとされたり,安産祈願のための護符としても用いられたのである。現在,この信仰を見ることはほとんどできないが,唯一,千葉県我孫子(あびこ)市の正泉寺はその姿を今にとどめている。
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