改訂新版 世界大百科事典 「表型模写」の意味・わかりやすい解説
表型模写 (ひょうけいもしゃ)
phenocopy
表現型模写ともいう。ある遺伝子をもつ細胞や個体がその生長段階のある時期に,特殊な環境条件(温度処理,薬物投与など)を与えられると,その遺伝子が突然変異を起こしたときに示すと同じような表現型をとる現象をさす。たとえば,キイロショウジョウバエの野生型はトリプトファンからキヌレニンを経由してキサントマチンという褐色色素をつくることができ,この色素により目は茶褐色になる。この色素の生成に関与する遺伝子の一つ,+vがvsに突然変異したハエは朱色の目をもつ。この変異体の幼虫を飢餓状態においたり,培地にキヌレニンを加えてやったりすると,褐色色素をつくり,野生型に近い眼色をもつようになる。
遺伝子の形質発現は,転写と翻訳を中心とする一連の生化学反応に基づいており,一つの遺伝子の形質発現に関与する代謝産物や酵素の数はきわめて多い。したがって,環境要因の変化によって,ある遺伝子の形質発現に関与する酵素が失活したり,その基質の供給が抑えられると,遺伝子そのものが突然変異によって機能を失った場合と同じような変化が表現型に現れることになる。
1930年代に,ゴールドシュミットR.B.Goldschmidtによって生理遺伝学が提唱され,表型模写の研究を通して遺伝子の作用発現の時期や機構を解明しようとする試みが盛んに行われた。しかし,40年代に入ると,突然変異体自身の生化学的研究により遺伝子の作用発現を研究する生化学遺伝学が急速に発展し,表型模写の研究は衰退に向かった。
執筆者:常脇 恒一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報