最新 心理学事典 「被暗示性」の解説
ひあんじせい
被暗示性
suggestibility
記憶の研究において被暗示性が問題となるのは虚偽記憶false memoryである。虚偽記憶は現実に生じている可能性がきわめて低い事象に関するエピソード記憶episodic memory(過去に経験された記憶)であるが,これが暗示によって形成されることが知られている。たとえば,事実を示す証拠を呈示する場合のような強力な暗示だけでなく,実際には経験していない事柄を想像するだけでも生じる(Loftus,E.F.,2004)。また,この面での被暗示性には個人差も存在し,解離性体験尺度の得点が高い人ほど虚偽記憶を形成しやすいこと(Hyman,I.E.,Jr.,& Billings,F.J.,1998)などが報告されている。
催眠hypnosisの研究や実践では,催眠のかかりやすさの個人差が問題となる。この場合,催眠感受性hypnotic susceptibilityは「催眠誘導のために行なわれる一連の言語的暗示操作に対する反応の個人特性」を意味する(花沢成一,1974)。催眠感受性が強い人は,催眠の誘導暗示に対して容易に反応することになる。一方,被催眠性hypnotizabilityは,催眠の誘導および深化の暗示に対して最終的に到達しうる能力を指す。
裁判心理学においては,容疑者の取り調べにおける被暗示性が虚偽自白との関連で研究されている。この場合,被暗示性は,面接や取り調べにおいて対象者に事後的に呈示される情報が,対象者の元の記憶内容に影響を及ぼすことをいう。グッドジョンソンGudjonsson,G.H.(1992)によれば,この意味での被暗示性には,誘導的な質問に含まれる内容が元の記憶に混入する傾向(yield)と,対人的な圧力によって記憶内容が変容する傾向(shift)という二つの側面がある。これらの個人差を測定するために開発されたのがグッドジョンソン被暗示性尺度である(Gudjonsson,1984)。具体的には,被験者に短い物語を聞かせた後,その内容に関する質問(誘導的なものを含む)への回答によって前者を,回答をやり直してもらうという名目で実施する2回目の回答と1回目の回答の変化によって後者を測定する。
ワグスタッフWagstaff,G.F.(1991)は,暗示に対する反応が必ずしも自動的に生じるものだけではなく,被験者が特定の場面に存在する手がかりを利用して積極的に行なう戦略的な反応としての側面があることを指摘した。この場合,被暗示性は応諾complianceなどの行動とも関連することになり,態度や役割など社会心理学的な要因の影響も受けることになる。ワグスタッフは,被暗示性に関するこれまでの研究では,①暗示に対する反応が無意識的に生じる,②影響を受ける側が暗示に対して自らの想像を意図的に利用する,③他者の暗示を意識的に受け入れてその内容を信じる,④受容していないにもかかわらず他者の意見や期待に同調する,という四つの点が明確に識別されていない,としている。したがって,被暗示性という語が適用されうる行動は広範囲にわたり,これらすべてに共通する一般的な性格特性としての「被暗示性」が存在するかどうかは現在のところ不明である。 →応諾 →虚偽自白 →催眠
〔安藤 清志〕
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