計測とはわれわれが興味をもつ対象についての知識を得る行為である。元来は長さ,重さ,温度,電圧などを測定するような簡単なものが多かったが,最近ではディジタルコンピューターをも組み込み,高度の計算をして結果を求めるようになってきて,単に物理量の値を知る以上に,対象の属性一般,事象の様相や特徴,法則性などを求める行為といわざるを得なくなってきた。その意味ではわれわれの知的活動そのものであるが,多くの場合われわれに代わる自動システムに発展していくので,われわれの知的活動の代行システムにもなりつつある。しかし単にコンピューターで計算するというのではなくて,対象の属性や状態を測定し,得られた測定データについて計算することが前提になっている。また大量のデータを計算処理した結果はわかりやすい形式でわれわれに表示することの重要性が増してきている。
簡単な場合から考えよう。もっとも単純には,例えばものさしで物の長さを測るように,対象の量が基準とする量の何倍になっているかを読み取ることによって行う。基準とする量は対象の量の大きさによって適切な量を選ぶ。ものさしの場合にはcmやmmを基準にするが,長い距離の場合にはmやkmなども使われる。このような基準の量を単位量という。単位量はだれにでも通用する共通な大きさ,あるいはそれから容易に換算できる大きさを使う。ものさしは目盛が並んでいるが,それは1mmや1cmの単位量をいくつも並べて,単位量の倍数の長さを作っておき,対象とつき合わせたとき読み取りやすいようにしたものである。その目盛によって対象の長さが数値で読み取れる。その値を測定値という。これに対して対象の長さのように測ろうとした量を測定量という。測定量に測定値を対応づける行為を測定という。
物の長さはものさしをあてて目盛を読み取ることができるが,温度を測りたいとき直接温度にあてるものさしはない。水銀温度計があるが,これは温度によって水銀の体積が変化するので,その水銀を断面積が一定の細い管に封じて,体積の変化が水銀柱の長さの変化になって現れるようにし,その長さを目盛によって読んでいるのである。このように直接は目盛につき合わせられないかやりにくい場合には測定量を他の物理量に変換してから目盛で読む。
他の物理量に変換するときは電圧や電流のような電気的な量に変換すると便利である。電気的量に対しては増幅,演算,伝送,記憶,記録,表示などを行う手段がそろっているからである。しかし最終的に電圧計の指針の位置で値を読むときは,指針の位置という物理量に変換されて目盛とつき合わされていることになる。測定量は一般に何回か他の物理量に変換されて最後に目盛で読み取られるから,測定量は物理量の変換器の列を通って測定値になるといえる。この物理量の変換器のうちで,最先端にあって対象の測定量に関する情報をとり込む変換器を一次変換器,あるいはセンサーという。とり込まれたデータを後でコンピューターで処理するとき,コンピューターを脳に,一次変換器は感覚器官になぞらえることができるので,最近はセンサーということが多くなった。
てんびんで物体の質量を測るときは,一方の皿にその物体を載せ,他方の皿にいくつかの分銅を載せててこが水平に平衡したときの分銅の質量の総和で物体の質量を知る。このように測定量に対して任意に変えられる同種の物理量を用意して比較し,両者の差が零になるように調整したときの,その調整した量の値をもって測定値とする方法を零位法zero methodという。これに対して,水銀温度計や電圧計のように測定量に応じて変化する物理量を目盛で読み取る方法を偏位法deflection methodという。
測定量によってはただ一つの量を測るだけでは測定しにくいこともある。例えば物体の動く速度は,この物体の移動した距離とその移動に要した時間の両方を測って,距離を時間で割って求める。このように二つ以上の測定値から計算で所望の測定値を得る方法を間接測定indirect measurementという。これに対して,例えば自動車の速度は,車輪の回転に合わせて回転発電機をまわすと回転速度に比例した起電力が発生するので,その起電力を電圧計で読むことによって速度を知ることができる。このような場合を直接測定direct measurementという。
事情によっては上記の間接測定とは別の意味で同種の測定を何回か行わなければならないことが少なくない。1回の測定で得られる測定値には通常避けられない偶然誤差がつきまとっている。それで同じ測定を何回か繰り返して測定値を求め,それらの平均値をとることによって偶然誤差を小さくするのが一つの例である。
またセンサーの特性が測定量以外の,例えば周囲温度の影響を受けるとき,その影響を打ち消した測定値を得るのにも何回かの,あるいは何種類かの測定を行う必要がある。この周囲温度のように測定量以外の,影響を受けたくない物理量の影響を消すことを補償compensationという。周囲温度の影響を打ち消すときは温度補償という。温度補償を行うには測定量と周囲温度が絡みあって得られる独立なデータを二つ測って連立方程式をたて,その連立方程式から周囲温度を消去して測定量を解くことに等価な操作が必要である。その連立方程式から逆に測定量を消去して周囲温度を求めることもできる。結局2回の独立な測定から測定量と周囲温度を同時に求めるのと等価である。
計測にあってはこのことをさらに一般化して,n回の独立な測定によってn個の測定量に関する連立方程式をたて,それからn個の測定量の値を同時に求めることが多い。計測の対象における測定量のみならず,センサーの特性に関する未知のパラメーターなども測定量に含めて行うことが多い。
センサーは測定量を後のデータ処理に便利な物理量に変換するのであるが,その測定量から変換後の物理量への関数関係は必ずしも理論どおりにはならないので,通常,標準試料などを使って測定量のいくつかの既知の値に対して変換後の物理量がいかなる値になるか調べておく。これを校正calibrationという。これはまさにセンサーの特性に関する未知のパラメーターを測定することであり,連立方程式の一部を構成するものと考えることもできる。
計測の過程ではこのように本質的に連立方程式を解くことが必要となるが,その解く方法はいくつか考えられるが,計測の対象やセンサーを含め,さらに必要な物理的要素と演算増幅器を結合し,それらの物理系を支配する物理法則の関数関係を巧みに利用して解くアナログ的方法と,すべてのデータをアナログ-ディジタル変換によってディジタル量に変換し,ディジタル演算機構を使って解くディジタル的方法に大別される。従来多くの英知によって積み重ねられてきた巧みなアナログ的方法に興味深いものがあるが,連立方程式が大きく複雑になるにつれてディジタルコンピューターの力を借りざるを得なくなり,逆にディジタルコンピューターが容易に使えるようになって非常に高度で複雑な計測までできるようになってきた。例えばX線断層写真は,その原理は約50年も前に考えられていたのであるが,コンピューターの発展によってやっと最近病院で多く使われだしたのである。分子や原子の構造解析や宇宙観測などでは,さらに多量のデータを高速で処理できるコンピューターの出現を待っている計測問題がたくさんある。
簡単な計測では測定量は長さ,温度,電圧のようにスカラー量であることが多いが,インピーダンスのようにベクトル量のこともあり,さらに信号,スペクトル,相関関数,伝達関数,分布関数,形状,パターンなどの関数であることも多い。ベクトルや関数のような複合的な量の計測も基本的にはスカラー量の計測を何回も繰り返すにすぎないが,例えば周波数スペクトルの場合であれば独立変数である周波数を変化させながらスペクトルを測るというように,独立変数を変化させていく制御が必要である。時間信号のように独立変数が時間の場合にはとくに意図的に独立変数を変化させる必要はない。また独立変数が空間座標である形状やパターンを写真に撮るような場合は,各独立変数の値に対するデータが並列的にとり込まれるから独立変数を変化させる必要はない。しかし一般には独立変数の値を走査するなどの制御を必要とし,しかも大量のデータがとり込まれるので,やはりコンピューターの助けを借りることが多い。
むしろ現代的な計測システムの形態は中枢にコンピューターを置き,そこからの制御の下で各種のセンサーが計測対象からデータをとり込んでコンピューターに送り,それらのデータをコンピューターで処理し,結果をわれわれの把握しやすい形式に編集し,われわれに提示するというものになろう。しかしいかにコンピューターが強力でも計測対象との接点に位置するセンサーがなくては計測システムにはならない。また目的とする特徴や法則性を的確に抽出することのできる計算アルゴリズムが必要である。このアルゴリズムを作ったり,前述の連立方程式をたてて解いたりするためには,計測対象を支配する物理法則その他の法則など既知の正しい関係を活用することが必要である。当然のことながら,これらに先立って測定量が明確に定義されていなければならない。多くの場合,計測対象の属する専門分野で定義されているであろうが,まだその分野が未熟な場合にはあいまいな量としてしかとらえられていないことも少なくない。例えば甘さ,不快さなどあいまいな量は明確にしなければならないが,逆にこれらを明確にするのも計測の仕事の一つである。
さらに,得られた結果をわれわれが把握しやすい形式に編集,提示するためには,把握しやすいとはどういうことか,心理学的,あるいは人間工学的成果をとり込んだ設計をしていくことが必要であろう。これは計測結果をみながら乗物や工場などを運転するような場合にまちがいを起こさないためにとくに重要である。
執筆者:北森 俊行
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本産業規格(JIS(ジス))の「計測用語」(JIS Z8103)によれば、計測とは「特定の目的をもって、測定の方法及び手段を考究し、実施し、その結果を用いて所期の目的を達成させること」と定義されている。そして、「公的に取り決めた測定標準を基礎とする測定」を計量としている。一般には、計測も、計量あるいは測定も同義に扱われ、また分野によっては、土地や地理学上の計測が測量といわれるように、異なった用語も用いられる。国際的には、国際計量計測用語(VIM:International Vocabulary of Metrology)の第3版が2007年に発行されて、用語の正しい概念と定義を定着させることを図っている。
[小泉袈裟勝・今井秀孝]
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…管弦楽を作曲する際に,個々の楽器の特性を考慮しながら音色効果に対する作曲家のイメージを実現する方法,さらにはその技術論をさす。楽器法instrumentationと同義に扱われることもあるが,楽器法が広く個々の楽器の性能とさまざまな音色を効果的に選択,結合する技術一般にかかわるとすれば,管弦楽法orchestrationは歴史的観点から,特に17世紀中期以降の,使用楽器が指定された比較的大規模な管弦楽曲に関して言われる。ただし,もともと鍵盤楽曲や室内楽,歌曲として発想された作品を管弦楽化する場合は編曲といい,一般には管弦楽法の語は用いられない。…
…各種の工業において製作加工される対象の品質や資源エネルギーなどの合理的管理,あるいは製造工程の自動化を目的として実施される計測。製鉄,化学,石油精製,電力などの装置産業で行われるプロセス工業計測と,機械産業,精密機械工業,電子機器工業など加工や組立てを主とする機械工業計測と二つの分野に大別される。 プロセス工業計測の歴史は19世紀末のドイツの製鉄業に始まるが,機械工業の計測は部品の互換性や自動化を導入した多量生産が開始された20世紀になってから定着した。…
※「計測」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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