訴訟物は,訴訟の目的,訴訟対象などともいわれ,民事訴訟では,原告が被告と争っている具体的な私法上の権利関係,たとえば,100万円の売買代金の請求や,ある土地,家屋の所有権の確認などの主張である。この主張のことを訴訟上の請求ともいうから,訴訟物は結局訴訟上の請求であるといってよい。民事訴訟には,所有権などの支配権,その他私法上の地位(たとえば,ある会社の従業員であることなど)の,確認を求める訴訟(確認訴訟),また,原告が被告に一定の給付を求める給付訴訟,そして,かなり特別なものとして,離婚など,法律関係の変動を求める形成訴訟があり,そのいずれによって判決が要求されているかは,訴訟物によって決められなければならない(民事訴訟法133条2項)。
また,訴訟物が認められて,原告の求める判決によってもたらされる利益を金銭に算定したものを,訴額という。
訴訟物の範囲は,訴訟の単位を決める標準となり,とくに重要なのは,民事判決が及ぼす既判力の範囲がこれによって決まることである。既判力とは,同一の訴訟物について再度訴訟することを禁じる効力のことで,これによって,一度判決された権利関係の存否は,同じ当事者間によって争うことができなくなり,後の裁判所もそれと異なる判断をすることができなくなる。この訴訟物の範囲については,新旧2通りの学説がある。それはとくに給付請求に関するもので,旧訴訟物理論によれば,訴訟物は,私法上の性格の異なる請求権ごとに区別されるのに対し,新訴訟物理論によれば,同一・1回の給付であれば,たとえ請求権が異なるとしても,訴訟物は同一であるというのである。たとえば,原告が家屋の引渡しを賃貸借契約を理由にするか,所有権を理由とするかによって,旧説では訴訟物が異なるのに対し,新説では同一となる。この論争は,日本では,しだいに新説の支持者がふえているものの,実務判例を動かすまでにはなっていない。それは後の訴訟で,既判力により争えなくなる範囲が広くなりすぎるという理由による。
刑事訴訟では,検察官が犯罪事実として主張している,起訴状記載の公訴事実または訴因(刑事訴訟法256条2項,3項)が訴訟物である。公訴事実も,訴因も,検察官の犯罪事実の主張であることには違いがないが,この二つが同じものかどうかについては,二つの説の対立がある。訴訟物は,審判の対象でもあり,裁判所の審判の及ぶ範囲を画するから,その及ぶ事実の範囲が問題となる。しかしながら,いずれの説をとっても刑事判決の既判力ないし一事不再理の効力の範囲については,検察官の主張した犯罪事実と同一性のある事実全部に,二重起訴禁止の効力が及ぶことについては,異論がない。
執筆者:坂口 裕英
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
特定の訴訟における審理・判決の対象を「訴訟の目的」あるいは「訴訟物」という。おもに民事訴訟上の用語であるが、刑事訴訟では公訴事実または訴因がこれにあたる。
訴訟物という表現は旧民事訴訟法上で用いられたものであり、現行法典ではそれを訴訟の目的といっているが、現在でも多くの学説は訴訟物の語を慣用している。そこで、訴訟物とは、原告が訴えによって、その当否につき裁判所の審理・判決を求める具体的な法律的主張とされている。それは、原則として当事者間に争いがあるため、特定訴訟において審理・判決される私法上の権利または法律関係のことである。これを講学上「訴訟上の請求」ともいい、原告が裁判所へ提出する訴状に記載する「請求の趣旨及び原因」(民事訴訟法133条2項)によって示される。したがって、訴訟物は、原告が主観によって具体的事実に結び付けて審理・判決を求める範囲・限度における権利または法律関係ということができる。そして訴訟物として原告が主張するそれが客観的・具体的に存在するか否かを明確にすることが、訴訟審理の内容となり、その結果、原告の請求の当否が判断される。このとき訴訟物は判決の対象ともなる。
[内田武吉・加藤哲夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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