認知(読み)ニンチ(英語表記)cognition

翻訳|cognition

デジタル大辞泉 「認知」の意味・読み・例文・類語

にん‐ち【認知】

[名](スル)
ある事柄をはっきりと認めること。「反省すべき点を認知する」
婚姻関係にない男女の間に生まれた子について、その父または母が自分の子であると認め、法律上の親子関係を発生させること。
cognition》心理学で、知識を得る働き、すなわち知覚・記憶・推論・問題解決などの知的活動を総称する。
[類語]認識認める見る目撃確認看取見て取る見取る

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精選版 日本国語大辞典 「認知」の意味・読み・例文・類語

にん‐ち【認知】

〘名〙
① ある事柄をはっきりと認めること。
※具氏博物学(1876‐77)〈須川賢久訳〉四「我が見聞認知せる他人の容貌性質行状等を」
② 法律上の婚姻関係のない男女の間に生まれた子を、その父または母が自分の子と認めること。認知によってはじめて法律上の親子関係が生ずる。
③ (cognition の訳語) 心理学で、知識獲得の過程とそれによって得られた知識をいう。知覚に比べて高次の認識をさす。心理学の立場としては、知識獲得の過程を外在的にとらえる条件反射説に対して、発達や場の理論による内在的過程を重視するものが認知説といわれる。

したため‐し・る【認知】

〘他ラ四〙 物事を処理し管理する。
※源氏(1001‐14頃)行幸「政のおもふきをしたためしらむ事は、はかばかしからず、あはつけきやうにおぼえたれど」

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最新 心理学事典 「認知」の解説

にんち
認知
cognition

認知とは,何かを認識・理解する心の働きを指す場合,その結果を指す場合,あるいはそうした認識を可能にする能力,構造,機構を指す場合などに用いられる語。認識cognitionと同義で,心理学関連の分野では認知という用語がよく用いられるが,情報工学やAI(人工知能)などでは認識という用語もよく用いられる。日本語では「認知」とされるが,英語でcognitionという用語が使われていないケースも少なくない。たとえば,パターン認知(認識)や音声認識などの場合には,recognitionという用語が使われるし,リスク認知,対人認知の場合のようにperceptionという用語が使われたりもする。

 人間の心の働きは,早くから知情意という3分類がなされてきた。知は何かを知ることであり知覚,認識,理解などを指し,情は何かを感じることであり感情や情動を指し,意は何かを行なおうとすることであり意図や意志を表わしている。認知とはこの分類でいえば知に該当する。

【認知と他の心理機能】 ただし,実際にはこの三つは相互に深いつながりをもっており,多くの場合認知が情や意と独立に行なわれているわけではない。感情の状態によって注意の度合いや,記憶や,思考の仕方が変化することはよく知られている。また何かを行なおうとする動機や,動機が何によって生み出されるのかが,学習に強く影響することもよく知られた事実である。その逆もまた真であり,認知の結果,感情や動機づけが変化することはいうまでもない。

 心理学の中では,感覚,知覚,認知という区別が行なわれてきた。一般に感覚sensationとは,特定の感覚器が受け取る刺激の察知やその強度の把握に用いられる(たとえば「赤い」,「熱い」など)。知覚perceptionは特定の感覚の察知だけではなく,その感覚を与える対象の全体的な把握を含む場合に用いられる(眼前の対象が「丸くて赤くて光っている」など)。認知はさらに知覚内容を関連する他の情報と結びつける活動を含む場合を指すことが多い(眼前の「丸くて赤くて光っている」ものを「赤信号だ」とすることなど)。一般に認識する内容の複雑さに応じて,感覚,知覚,認知を使い分ける傾向がある。ただしこの区分も曖昧であり,どこまでが知覚であり,どこから先は認知であるという明確な線引きができるわけではない。

心理学史の中の認知】 心理学史の中の認知,さらに心理学史の観点からすれば,認知という用語は行動主義behaviorismと対比的に使われ,ある研究の立場,スタンスを表わすこともある。行動主義では主に強化に基づく刺激と反応との間の関数関係を特定することが目的とされてきた。こうした立場とは異なり,強化を要しない行動,報酬とは無関係な生体の内的状態に言及する際に認知ということばは使われていた。たとえば認知地図,認知的不協和,認知スタイルなどの用語が挙げられる。一方,情報科学の考えに触発されて,1970年代あたりから急速に発展した認知心理学cognitive psychologyにおいては,認知という用語の使われ方がもう少し限定的となる。そこでは,刺激(入力)と反応(出力)の間で何が行なわれているかに焦点が当てられる。つまり,入力情報にどのような内部処理(計算)が行なわれるのか,その結果どのような出力(表象)が生み出されるのか,またその内部処理はどんな構造によって可能になるのかを探究するのが認知研究となる。このような文脈で認知ということばが用いられる場合には,カテゴリー化,推論などはもちろん,そこからの目標の生成,プランニング,意思決定,実行過程のモニタリングまでもが含まれる。

【認知と意識】 認知ということばは通常,対象を意識的に把握するという意味合いをもち,認知された事柄は多くの場合,言語的に記述可能であると思われている。また学習や思考などの一定以上高次の認知は,そのプロセスについても言語化や意識的なコントロールが可能であるかのように一般には考えられている。しかしながら,認知は意識consciousnessや言語languageが関与しない場合にも成立している。プライミングを用いた潜在記憶研究では,事前に経験したことによって後続の課題の成績が変化するが,このことに被験者が気づくことはない。また事前の課題において被験者が意識できないレベルの刺激(サブリミナル刺激subliminal stimulus)を提示することによっても同様の効果を得ることができる。このことは意識化されなくてもある種の認知状態が生起しており,それによって行動に影響が出ることを示している。認知は言語化とも独立である。熟練した行動は多くの場合言語化することはできないし,その行動をコントロールする過程を意識することもできない。たとえば歩行に関しては,重心の移動,そのスピード,各関節の曲がり具合,およびそれらの間のタイミングなどを瞬時に認知して制御する必要があるが,こうした過程について人間はほとんど何も語ることはできない。一般に熟練した行動にかかわる認知はほとんどの場合言語化できない。

 またわれわれは,行動や判断を意識的にコントロールできると思っているが,必ずしもそうではない。錯視図形はそれが錯視であることを知っていても,錯視がなくなるわけではない。また偶発学習のように記憶しようという意識がなくても,かなりの程度の記憶がなされてしまう。さらに人の思考や判断の過程についての内省は,事実と一致しないことが多いことも知られている。このように認知は,意識や言語とはかなりの程度独立したものである。

【認知の進化,認知の発達】 認知は生得的な機構と経験から獲得された知識とによって可能になる。この場合,環境からの働きかけが一切必要ないとか,出生直後からその認知が可能ということを意味するわけではない。通常の環境で育つ人間であれば,ほぼ確実に出会う環境からの情報により半ば自動的に発現するのであれば,それは生得的といえるだろう。こうしたことからすれば作業記憶や長期記憶の存在やその間のつながり,知識の貯蔵の形式や活性化のされ方,3次元の知覚,模倣,言語理解や発話などの認知機能を実現する構造も進化的に形成されてきたものであり,人間という種に普遍的に存在しているという意味で生得的と考えられる。一方,人間に限らず生物一般は生後直後からさまざまな経験を重ね,それらの一部を認知機構の内部に貯蔵し,必要な場面でそれを再利用する。これによってより適合的な行動を行なうことが可能になる。人間の場合,内部に貯蔵されたものは一般に知識knowledgeとよばれるが,それはエピソード,概念,手続きなどのタイプに分かれる。

【認知と文化】 人間の認知は経験によっても影響されるということから,認知と文化cultureの関係を考える必要が出てくる。文化とはそこに所属する人間の経験のあり方をコントロールする装置だからである。一対一の対応はないが,ある文化内ではある特定の言語が用いられることが少なくない。ある言語には存在するが別の言語には存在しない単語は数多い。単語は概念を表わすわけだから,異なる言語の間では世界の認知のされ方が異なる可能性がある。サピア-ウォーフの仮説Sapir-Whorf hypothesisは,こうした可能性を最初に指摘したものである。実際には言語と認知の関係は複雑であり,この仮説を肯定する見解と否定する見解がある。

 一方,言語を超えた文化差を指摘する研究もある。たとえば,西洋的なものの見方と東洋的なものの見方は異なるという指摘は以前からよくなされてきた。近年はこれらの直感を裏づける,より厳密な研究が行なわれ,西洋は分析的で焦点化された認知や試行が行なわれている一方,東洋は包括的で総合的な認知や思考が行なわれているという報告がなされている。また,一定以上近代化した社会ではどこでも公教育が行なわれている。こうした教育によっても認知は変化することが知られている。一般に公教育を受けた場合には,具体的な文脈情報に依存する度合いが低くなり,形式的・抽象的な思考が可能になる。しかし,文脈情報を無視することは,必ずしも妥当とはいえない。こうした意味で学校文化が育てるのは,学校的な知性であるという指摘がある。

 人間は言語という道具をうまく活用することで文化を発達させた。人間と対話すること,教育を受けること,書物を読むこと,これらはすべて言語の存在を抜きにしては考えられない。言語を利用した文化によって,他者の経験を自分の中に効率的に取り込むことが可能になった。こうしたことにより,進化的に見ればきわめて短い時間で,人間が他の生物とは異なる発展を遂げたとする指摘がある。

 また人間はさまざまな道具toolを利用して,それを文化として蓄積してきた。道具は人間の行なう知的作業の一部を代行するものであるので,これをうまく利用することで知的作業の効率,生産性,創造性が高まる。近年は,紙や鉛筆などの道具に加えて,コンピュータや,インターネット,あるいはそれらを含む状況一般との関係で認知をとらえようとする研究が進められ,状況的認知situated cognition,あるいは分散認知distributed cognitionの研究として展開している。すなわち認知は個人の中にのみあるのではなく,環境や他者とのかかわりの中に埋め込まれているとする考え方である。【認知の比較研究】 認知の比較研究はヒトの認知を構成する記憶,注意,選択,推論など多くの機能が基本的には動物でも認められることを明らかにしてきた。もちろんヒトにおいて傑出している認知能力もあり,その一つは社会的認知である。社会生活を営む上で他者の情動に関する感受性はきわめて重要であり,共感はその基本的な機能である。共感empathyは他者の情動を自分の情動と共有することであり,他者の情動の認知であるにとどまらず自己と他者の情動とのマッチングである。したがって,共感は他個体認知と自己認知をつなぐものと考えることができる。

 他者の状態と自己の状態の関係は4通りに分けることができる。他者の不快が自分の不快になることが基本であり,これが「負の共感」である。同情がこれに当たる。逆に他者の快が自己の快になるのが「正の共感」である。しかし,他者の快が不快に感じられること(いわゆる嫉妬など)も考えられ,逆共感といわれる。さらに他者の不快を快とする場合(日本語での「他人の不幸は蜜の味」)は,ドイツ語のSchadenfreude(シャーデンフロイデ)が慣用的に用いられている。

 他者の不幸が嫌悪性をもつ負の共感は多くの種で認められている。他者の不快の表出はしばしば自己にとっても危険の信号となり,これが嫌悪性をもつことは危機回避としての機能をもつ。他者と自己が同じ強化を得ている場合には,正の共感は社会的促進として考えられ,これは摂食行動などで認められるが,快状態にある個体を観察することが動物にとって一般的に強化効果をもつかどうかは疑問の余地がある。逆共感はそれによる直接的な利点はなく非合理的な行動だと考えられるが,持続的な社会においては公平性の基礎をなすものだと考えられる。Watanabe,S.(2011)はマウスを用いて正の共感,負の共感を示す結果を得ている。人間社会の公平性のような規範化されたものを動物社会で求めることはできないが,逆共感はその前駆となるものの一つだろう。Schadenfreudeにおいても直接的な利点はなく,ヒト以外の動物では認めにくい。ヒトのSchadenfreudeの本質的な特徴は快感を秘匿するところにある。他者の不幸が快感であることのあからさまな表明は社会の維持には不適切であり,このような敵対的な情動の秘匿は長期持続的な社会の維持に必要な行動であると思われる。

【動物の自己認知】 動物の自己認知self cognitionは,鏡に映る自己像を自分であると理解できるかどうかによって検討されることが多い。チンパンジーは初めて鏡を見たとき,鏡映像に対して威嚇やあいさつなど,他個体に対する社会的行動を示す。しかし,すぐにこれらの社会的行動は消失し,自分の体のうち直接見られない部位を調べるなどの自己指向的行動を示すようになる。同様のことは,ヒトでも小さな子どもや先天盲で開眼手術を受けた人などで見られる。これらのことから,鏡映像を自分であると認識するためには,鏡を見るという経験が不可欠であると考えられている。ギャラップGallap,G.G.(1970)は,チンパンジーの鏡映像に対する自己認知を実験的に検討するために,マークテストmark testを考案した。マークテストとは,動物に気づかれないように,額など直接自分では見えない場所にマークを付け,後で鏡を見せたときに,マークに触れるなどの自己指向的行動が出現するかを検討する方法である。このマークテストでは,ヒト,ボノボ,チンパンジー,オランウータンなどの類人猿がマークを触れるようになるのに対して,類人猿以外の霊長類の多くは,かなり長い期間,鏡に触れる機会があっても,社会的行動が消失せず,自己指向行動が見られない。霊長類以外の哺乳類では,ハンドウイルカ,シャチ,アジアゾウが,鳥類ではカササギが自己鏡映像に対する自己指向的行動を示すことが報告されている。また,無脊椎動物ではイカで自己認知を示唆する結果が報告されている。したがって,鏡像自己認知recognition of mirror self-imageはヒトとの生物学的類縁とは関係なく,いくつかの種の進化の過程で独立に生じた認知能力だと考えられる。ただ,マークテストでの自己指向的行動の解釈には,これを自己意識の反映で,心の理論の基盤となるものだとする立場と,鏡に映る自分の姿の視覚情報と自分の運動感覚との見本合わせ能力とする立場がある。Toda,K.ら(2008)はビデオの遅進再生装置を用いて,ハトが自分の運動感覚とその動画とのマッチングが3秒程度まで可能であることを得た。

 動物の自己認知は,長い間,鏡映像自己認知というパラダイムに限定されていたが,1990年代半ばに,非言語手続きによってエピソード記憶やメタ認知を検討する手法が考案されたことで,飛躍的に研究分野が拡大した。

【メタ認知metacognition】 自分自身の知識の有無,記憶の確かさ,確信度などの認知過程をモニタリングすること,および目標に応じて行動を調整することを総称してメタ認知という。記憶に関するモニタリングをとくにメタ記憶ともいう。動物におけるメタ認知を研究する手法は,スミスSmith,J.D.ら(1995)によって考案された。彼らは,ハンドウイルカに,ある基準音と比べて刺激音の周波数が同じか低いかを弁別するように訓練した。テストでは,回答選択肢に加え,回避選択肢が与えられた。回避選択肢を選ぶと主課題は弁別が容易な課題と置き換えられ,報酬が得やすくなった。一方,回避を多用すると,課題置き換えにより長い時間がかかるペナルティが与えられた。ハンドウイルカは,刺激音が基準音に近づくにつれ,より高頻度で回避し,この傾向は,同じ課題遂行中のヒトのそれと一致していた。この結果から,イルカがヒトと同様に,確信のなさを手がかりに回避していたと考えられる。この研究以降,動物のメタ認知は,知覚弁別や記憶再認などの主課題とは別に,それの遂行前,遂行中,および遂行後の回避選択による副課題を付加し,主課題の難易度や成績と副課題の選択の相関を調べることで検討されている。また,回避選択以外にも,課題が難しい時に,追加情報(ヒント)を希求する行動もメタ認知であると考えられている。

 上述のハンドウイルカ以外では,霊長類がさまざまな課題でメタ認知的行動を示すことが報告されているが,他の動物では研究報告数自体が少ないため,どの動物にどのようなメタ認知があるのかは明らかになっていない。しかし,ハト,ニワトリ,カラスなどの鳥類において,課題遂行後の確信あり,なし判断が回答正誤と相関することを示すことが報告されるなど,メタ認知は霊長類に限定されるものではないと考えられている。動物では,自己意識や内省的過程に関する研究は長い間,鏡映像自己認知に限定されていたが,メタ認知研究はこれらを別の側面から検証可能な形で定義した点で大きな意義がある。 →意識 →感覚 →感情 →記憶 →社会的学習 →知覚 →知識 →認知心理学 →弁別学習 →メタ認知
〔鈴木 宏昭〕・〔渡辺 茂・後藤 和宏〕

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改訂新版 世界大百科事典 「認知」の意味・わかりやすい解説

認知 (にんち)

認知とは,嫡出でない子(非嫡出子)と親との間で法律上の親子関係を発生させる手続で,主として父親との間で必要とされるものである。認知には,父親が自発的に自分の子であることを認める任意認知と,子のほうから父親に対して請求し,判決または審判で認められる強制認知の二つの方法がある。

婚外親子関係の発生については,父の認知という形式的行為を必要とする立法のしかた(フランス型)もあるし,また,父子関係は子の懐胎可能期間中に子の母と交渉したという事実によって父と推定する立法のしかた(ドイツ型)とがある。日本の民法は前者を採用し,父子関係では認知を必要とするが,母子関係は子の出生によって当然に発生し,認知は要しないと解されている。

 認知の性格は親子法そのものの歴史的発展を反映する。家父長的な家族制度の下では,家族秩序が婚外親子関係によって攪乱されるのは好ましくないと考えられていたので,婚外親子関係は親が自発的に自分の子であると認めた場合にのみ発生するだけで,子のほうから父の捜索をすることは原則として禁じられるか,抑制されていた。このような認知では,父親の意思が重視される意思主義的な性格をもつ。これに対して,親の意思よりも子の利益,福祉の保護が強調されるようになると,親の意思は背後に退き,認知は父親と婚外子との間に存在する自然の血縁関係を法的に確認するという性格に変わる。このような事実主義的な認知では,自然的な事実を確認するという性格が濃厚である。日本の認知法も,意思主義的認知法から事実主義的認知法に発展したとみてよい。

意思主義的な認知法の下では,任意認知は親子関係を設定しようとする意思を外部に表示する意思表示とされる。これに対し,事実主義的な認知法では,親の意思は後退し,自然的血縁があるという事実の承認であって,意思表示ではないとされる。認知は遺言によってもすることができるが(民法781条2項),この場合には,遺言執行者はその職に就いた日から10日以内に認知に関する遺言の謄本を添付して届出をしなければならない(戸籍法64条)。認知する者は意思能力さえあればよく,無能力者であっても,法定代理人の同意を必要としない(民法780条)。民法は認知する者には,父だけでなく,母も含めているが(779条),今日,母子間では,親子としての自然的血縁は分娩により明確にできるから,分娩という事実によって当然に発生するとされ,認知という手続は必要でないとされている(1962年最高裁判所判決)。したがって,認知が問題になるのは父子間だけである。

 認知の相手方は嫡出でない子であるが,胎児であっても,また,死亡した子であっても直系卑属がある場合は認知することができる(783条)。このような胎児認知,死亡した子の認知は主としてそれらの者に扶養請求権や相続権を与えるという実益がある。胎児を認知するには,その母親の承諾が必要であるし(783条1項後段),また,成年に達した子を認知するには,本人の承諾が必要である(782条)。さらに,死亡した子を認知する場合,その直系卑属が成年に達しているときは,その者の承諾が必要とされている(783条2項後段)。

任意認知では,認知の無効・取消しが問題になる。認知が無効になるのは,判例では,認知者の意思によらないで認知された場合と認知が事実に反する場合である。この無効は当然無効であるが,必要があれば無効確認の訴え・審判の対象になる。原告は子,その他の利害関係人であるが(786条),誤って認知した本人も認知の無効を主張できるかについては,賛否意見が分かれている。

 民法は認知した父はその認知を取り消すことはできないとする(785条)。しかし,その取消しの意味がはっきりせず,見解が分かれる。第1は,認知がなされた場合に,たとい詐欺,強迫によったとしても認知が事実に合致するならば取り消すことができない趣旨だとする見解である。第2は,取消しは撤回の意味だとし,認知が詐欺,強迫によるときは取り消すことができるとする見解で,この考えは認知をもって意思表示とみる立場からは理解が容易である。

(1)訴えの性質 嫡出でない子の利益のために,父親の意に反してでも,親子関係の設定を許す制度で,事実主義的認知法を象徴する制度である。子,その直系卑属またはそれらの者の法定代理人から父親に対して訴えを提起,親子関係の存在が判決で確定され,しかもこの訴えは父の死後3年間提起できる(787条)。

 この訴えの性質については,認知法の原理の推移に伴って変化し,死後認知が認められるまでは,父親の認知意思を求める給付の訴えとされていたが,それ以後では,認知は自然の血縁関係が存在することを法的に確認する,という確認の訴えとみる立場が多い。

(2)立証問題 父子関係を確定するのは嫡出子の場合でも困難であるが,まして,その出生が法律婚を基礎としていない嫡出でない子については困難はいっそう増す。しかも,ことがらの性質から父子関係の存在を直接に証明することは不可能であるが,そうかといって通常の訴訟の一般原則に従って立証の能否にかからしめることになれば,立証責任を負う子の側はつねに敗訴になる可能性がある。そこで,今日,子の保護の観点から子の側の立証の負担が軽減されている。かつて,判例は,被告から母親が子の懐胎可能時期に他の男性と性的交渉があったという抗弁(不貞の抗弁,多数当事者の抗弁)が提出されると,子の側が母親と他の男性との間に性的交渉がなかったということを証明しなければならないとし(1934年大審院判決),学説から批判されていた。そこで,今日では〈父子関係〉の存在について可能性が高いと評価できる一定の事実,すなわち,子の懐胎可能の時期に子の母が被告と性的交渉のあったこと,被告以外の男性と性的交渉があった事実が認められないこと,子と被告との間に血液型の背馳がないこと,子を命名するなど,子に対して父親らしい愛情を示す態度をとったことなどが証明されるならば,ほかに特段の事情がないかぎり,被告は子の父と認めている(1957年最高裁判所判決)。

任意認知では認知届が受理され,強制認知では判決が確定すると,父子間に法律上の親子関係が発生する。もっとも,父子の戸籍に認知に関する事項と子の父欄に父の氏名が記載されるだけで,父の認知があっても,親権(819条4項,5項),氏(790条2項)に変更は生じない。また,認知の効力は第三者の権利を害さないかぎり,子の出生にさかのぼって生ずる(784条)。もっとも,相続に関しては,特別規定がある(910条)。

任意認知は戸籍法上の届出による要式行為である(民法781条1項,戸籍法60条,61条)。判例は,父親が嫡出でない子につき,戸籍上嫡出子出生届をした場合にも,その出生届には自分の子として承認する意思表示が含まれているとして認知の効力を認める(1978年最高裁判所判決)。もちろん,血縁上父子関係のない者が戸籍上嫡出子として届け出られても,それには認知の効力は認められない。
執筆者:

法例によれば,国際的な非嫡出親子関係における認知の要件は,父または母に関しては認知当寺の父または母の本国法,子に関しては認知当時の子の本国法による(法例18条1項)。胎児の認知につては,胎児には国籍がないから認知当時における母の本国法をもって胎児の本国法とみなすべきである。また死亡した子の認知については,その死亡当時における子の本国法によるべきである。以上の原則は,任意認知にも強制認知にも適用される。認知の要件については,上のように親と子の本国法の配分的適用主義がとられているから,一方の当事者の本国法上認知を認めない場合には,認知を請求することができないことになる。しかるに,一方の当事者の本国法上強制認知(死後認知を含む)の制度のない場合につき,公序を理由として(30条),その本国法の適用を排斥して認知を認めた判決がある。認知の方式については,法例に特別の規定がないから,法律行為の方式に関する一般原則たる法例8条の適用を受ける。ただし,遺言によって認知の行われる場合,その遺言の方式は,遺言の方式の準拠法に関する法律による(31条)。認知の効力,すなわち認知による非嫡出親子関係の成立は,父または母の本国法による(18条2項)。時期についての定めがないが,ひとたび認知によって親子関係が確定した以上は認知者の国籍変更によって変化を受けることは妥当でないから,認知当時における父または母の本国法によると解すべきである。認知による非嫡出親子関係の成立の結果として親子が身分上ならびに財産上いかなる関係に立つかは,法例20条に属する問題である。なお,法例改正要綱試案(親子の部)は,認知の要件については認知の当時における子の属人法によるとして,子の保護に重点を置き,認知の方式については,認知保護の思想から,認知の当時における子の属人法,父もしくは母の属人法または行為地法によるとして,認知の方式をできるだけ広く認める立場をとり,さらに認知による非嫡出親子間の法律関係については諸国の傾向にならい,子の属人法によるとしている。
私生児 →嫡出子 →嫡出でない子
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認知 (にんち)
cognition

生理学・心理学用語。生体のもつ情報収集,情報処理活動の総称。cognitionは一般には認識と訳され,知識の獲得過程や知識それ自体を意味するが,心理学や生理学では,上記のような意味で,認知と訳されることが多い。認知は感覚,知覚,記憶など,生体が生得的または経験的に獲得した既存の情報にもとづいて,外界からの情報を選択的にとり入れ,それを処理して新しい情報を生体内に蓄積し,さらにはこれを利用して外界に適切な働きかけを行うための情報処理の過程のことをいう。

 認知の生理学的側面,すなわち脳の情報処理の問題については,主として大脳生理学,神経生理学の領域で扱われている。19世紀末から20世紀にかけて,P.ブローカによる運動性言語野の発見(1861)以来,C.T.フリッチらによる運動野の発見,O.フェルスターやW.ペンフィールドによる体部位局在地図の作成(1936)など,脳機能についての研究が行われてきた。さらに1950年代になって,微小電極法が開発され,脳の神経細胞の反応が記録されるようになって,脳の情報処理についての報告が数多く蓄積された。とくに,D.H.ヒューベルとT.N.ウィーゼルが63年にネコの視覚野に,細長いスリットなどに特異的に反応する細胞を発見して以来,急速に進んだ。現在では,感覚,知覚の情報処理ばかりでなく,記憶,学習といった高次の情報処理についての研究も進められている。

 一方,認知の心理学的側面については,認知心理学の分野で主として扱われている。認知心理学はゲシュタルト学派の影響のもとに,アメリカで主流であった行動主義に重点をおく連合説,要素説を批判する立場から,1950年ころに確立された。初めに認知心理学的立場をとり入れたのは学習研究の分野であったが,後に,社会心理学,性格心理学,臨床心理学にも影響を与えた。60年代のJ.ギブソンらによる,実験心理学内での理論構成の試みや,W.ケーラーの〈横の機能〉概念の提唱など,種々の研究が行われている。認知心理学では生体の諸活動の説明にあたって,極端な行動主義的立場をとらず,生体の生得的構造特性による諸制約を重視して,内的な情報処理活動を強調する立場をとっている。しかし,現在では行動主義そのものの多様化と,認知心理学でも外部環境との相互作用の重要性が認識されてきたことから,必ずしも認知心理学が反行動主義的とはいえなくなってきている。

 認知の概念はきわめて多様な精神活動を含んだものであるため,認知研究は上記の生理学や心理学のみならず,多くの分野で進められつつある。情報科学の分野では,パターン認識,課題解決にあたっての情報処理過程のシミュレーション,記憶,学習システムのモデル化,人工知能の研究などが進められている。また,言語学では言語獲得の生得的側面,言語理解,言語使用の認知システムなどが研究されている。近年,これら関連領域の学際的協力も進められており,認知科学cognitive scienceの名で総称されることも多くなってきた。
学習 →記憶 →知覚
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「認知」の意味・わかりやすい解説

認知
にんち

法律上、婚姻関係にない男女間に生まれた子(嫡出でない子、婚外子)を父または母が自分の子であると認めること(民法779条以下)。婚姻外の関係から生まれた子と父母との間には、認知があって初めて法律上の親子関係が生じる。民法は父または母が認知できると規定しており(779条)、したがって、民法は、父子関係においてだけでなく、母子関係においても認知によって初めて法律上の親子関係が生じることを前提としていることになる。しかし、母子関係は分娩(ぶんべん)という事実により明らかであるから、母の認知という行為を必要とせずに、子の出生と同時に法律上の親子関係が生じるとされている。

 認知には、親が自由な意思によってするもの(任意認知)と、親が認知しない場合に子の側から裁判所に訴えてなされる認知(強制認知)とがある。任意認知は戸籍の届出によってする(民法781条1項、戸籍法60条)。したがって、認知の意思を子または母に対して直接に告げても、それだけでは認知をしたことにならない。この点においては、認知について形式の要求は厳格であるが、他方では、この要求は緩和されている。すなわち、認知をするには認知届をするのが本来であるが、父が認知届でなく出生届をしてそれが受理されると、その出生届には認知届としての効力が認められる。なお、遺言によって認知をすることもできる(民法781条2項)。この場合には、認知届が必要ではあるが、父が死亡すると同時に認知の効力が生じる。

 強制認知は、子、その直系卑属(子、孫など)またはこれらの法定代理人が原告となって父または母となるべき者を訴える(民法787条本文)。この訴えを認知請求の訴えという。父または母が死亡したときには、検察官を相手方とする(人事訴訟法42条)が、父または母が死亡した日から3年を経過すると認知の訴えは提起できなくなる(民法787条但書)。認知があれば、子の出生のときにさかのぼって親子関係が生じる。しかし、このことは、婚姻外の関係から生まれた子が嫡出子たる身分を認知によって当然に取得することを意味するわけではない。

[高橋康之]

 なお、国際的親子関係については、項目「嫡出でない子」の「国際私法上の親子関係」を参照されたい。

[編集部]

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百科事典マイペディア 「認知」の意味・わかりやすい解説

認知【にんち】

父または母が婚姻関係外においてつくった子を自分の子であると認める意思表示(民法779条以下)。認知によって親子関係が発生するが,その子の法律上の地位は嫡出でない子である。本来は任意になされるものであるが,民法は嫡出でない子の保護のために裁判による強制認知を認め,しかも父または母の死亡後3年以内ならばこの訴えを提起できるとする。成年の子に対してはその同意がなければ認知できない。なお,学説・判例は,母については分娩(ぶんべん)という事実によって当然に親子関係を生ずるとしている。→私生子嫡出子
→関連項目国籍準正庶子親族遺言

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「認知」の意味・わかりやすい解説

認知
にんち

法的に婚姻関係にない男女の間に生まれた嫡出でない子(非嫡出子)について,法律上の親子関係を発生させること(民法第779条)。母と子の親子関係について判例は,原則として認知を待たず分娩の事実によって発生するとしている。父と子については,父が任意にする任意認知と,子から父に対する裁判による裁判認知とがある。任意認知は,父が事実を承認し,戸籍法に従って届け出をすれば効力を生じる。父の意思によらない認知の届け出は無効だが,意思に基づくかぎり認知は取り消せない。遺言でするときは,遺言執行者が届け出をする。裁判認知では,家庭裁判所の調停での合意や審判,不成立の場合は地方裁判所の判決によって認知が確定する。認知の効力は,子の出生のときまでさかのぼるが,胎児を認知するには母の承諾,成人になった子を認知するにはその本人の承諾を要する。子が死亡したあとでも,子に直系卑属(→直系尊属)があるときは認知できる。また,父が子を認知しないまま死亡した場合,父の死亡日から 3年以内に検察官を被告として提訴することで認知することができる。これを死後認知という。

認知
にんち
cognition

心理学用語。広義には,知覚,学習,記憶,想像,思考,判断,推理作用など,生体が知識を得る働きに含まれるあらゆる過程ないし機能の総称。感情および意志の働きと対比された認識作用一般をさす。狭義に感覚,知覚と対比させた形で用いる場合には,外界の対象,事象を,それからくる感覚刺激のみならず,過去の経験ないし学習によってたくわえられた概念,図式,象徴機能などと関連づけて受取り,それら対象,事象の意味的側面をとらえ,かつ当該生体に対して適切な行動を解発させるための準備状態をつくり上げる,より高次の過程をさす。厳密には知覚と区別することはむずかしいが,生体の情報処理過程を当該個体の全体的機能との関連において扱おうとするとき好んで用いられる用語。

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普及版 字通 「認知」の読み・字形・画数・意味

【認知】にんち

認める。

字通「認」の項目を見る

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ブランド用語集 「認知」の解説

認知

認知とはブランド認知のことをいう。ブランド認知の項参照。

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世界大百科事典(旧版)内の認知の言及

【親子】より

…(2)親子関係は生物学的な血縁関係を基礎にすることから,現代親子法も原則としてこの血縁主義の原理によっているし,また,学説,判例により血縁主義を貫徹させようとする解釈がなされている。たとえば,婚外子について,以前は,認知は意思表示であって,するしないは父親の自由であり,認知すれば,その効果として親子関係が形成されると解されていた。しかし,現在では,認知をもってすでに存在している親子の生物学的な血縁関係を法律の面で確定するものとされている。…

【感覚】より

…これらのいくつかの感覚が組み合わされ,ある程度過去の経験や記憶と照合され,行動的意味が加味されるとき知覚が成立する。さらに判断や推理が加わって刺激が具体的意味のあるものとして把握されるとき認知という。例えば,われわれが本に触れたとき,何かにさわったなと意識するのが感覚であり,その表面がすべすべしているとか,かたいとかいった性質を感じ分ける働きが知覚であり,さらにそれが,四角なもので,分厚く,手に持てるといった性質や過去の同種の経験と照合して本であると認知されるのである。…

※「認知」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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