一定の範囲に用いられる単語の集合を「語彙」という。一定の範囲とは、言語の種類、地域、階層、専門領域、作品、個人など、なんでもある範囲が考えられればよいのであって、語彙は、そこに含まれる単語の総体をさすことばである。したがって、「英語の語彙」「八丈島方言の語彙」「物理学の語彙」「『源氏物語』の語彙」「漱石(そうせき)の語彙」などというように使う。個々の単語をさす場合には「単語・語・語詞」という。したがって、「西鶴(さいかく)の〈浮世〉という語彙」「〈哲学〉という語彙」というような使い方は誤りである。なお、特定の個人の語彙を考える場合には、「使用語彙」と「理解語彙」とに分ける必要がある。前者は、その人が話したり書いたりすることのできる語彙であり、後者は、聞いたり読んだりして理解することのできる語彙である。使用できれば理解できるが、理解できても使用できるとは限らないから、一般に、前者は後者に含まれ、その一部をなすことになる。
[山口佳紀]
単語は単独で存在するものでなく、つねに他の単語との相対的な関係において存在するものである。たとえば、兄弟関係について、日本語では、男か女か、年上か年下かに着目して、「あに・おとうと・あね・いもうと」を区別するが、英語ではbrother, sisterのように、男女の区別のみであり、年上・年下を区別するには、elderとかyoungerとか、別の単語で限定しなければならない。したがって、兄弟関係に限ると、英語のbrotherはsisterとだけ対立しているが、日本語の「あに」は「あね」「おとうと」「いもうと」との対立のなかに存在する。結局、ある単語は単独に把握されるべきものでなく、それぞれの言語の体系のなかでいかなる位置を占めているかが重要なのである。以上は集団のレベルのことで、個々の人間を超えて共通性を有する問題であるが、個人のレベルでも、個々の人間は微妙に違っているはずであって、たとえば紫式部と清少納言とは、同じ時代、同じ階層に属するが、まったく同じ語彙体系をもっていたとはいえないであろう。結局、語彙の体系は、それぞれの語彙ごとに観察される必要があることになる。
[山口佳紀]
日本語には同音語が多い。これは、おもに漢語(過去の中国語に由来する語)に原因がある。たとえば、「生計・整形・政経・正系」は、すべてセイケイという同音の漢語である。中国語の原音では違っていた音も、日本語化したために同音に帰したものが多く、同音語をいっそう増やした。たとえば、「計」は[kei]、「経」は[keŋ]であったが、日本語では両方ともケイになるというぐあいであった。次に、日本語には類義語が多い。外来でなく日本語内部で発生した単語を「和語(あるいは大和(やまと)ことば)」というが、この和語のほかに、中国との交渉によって漢語が流入し、のちに西欧語を中心に外来語が入り込んだ。したがって、ほぼ同じような意味を表すのに、和語、漢語、外来語が併立することになりやすい。たとえば、「かけごと」は和語、「賭博(とばく)」は漢語、「ギャンブル」は外来語である。
また、日本語の語彙を意味分野によって分けてみると、「春雨(はるさめ)」「時雨(しぐれ)」など天候語彙は豊富であるが、星の名など天体語彙は貧弱であるなどの偏りがみいだせる。これは、語彙の様相が人間の生活・文化の性格をうかがわせるという一例である。
[山口佳紀]
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…中国では学問の分類も図書の分類によったので,経,史,子,集の〈四部〉や集,六芸,諸子,詩賦,兵書,術数,方技の〈七略〉が用いられた。 語彙の分類としては,すでに古代エジプトやメソポタミアに分類語彙集があり,ローマ時代にもポルクスJulius Polluxがギリシア語の《名前の書(オノマスティコン)》を書いている。これは後2世紀であるが,同じころに中国では許慎が9353字を540部に分類した《説文解字(せつもんかいじ)》を完成した。…
…国学を清水浜臣に,漢学を狩谷棭斎に学び,和漢の学に博覧強記の才を発揮する。明治維新後は大学中博士となり,のち編輯(へんしゆう)寮に転じ《語彙》の編集に従事した。生涯を通じてものした編著は膨大な数にのぼり,とくに考証方面にみるべきものが多い。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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