翻訳|armament
軍事力military powerとほぼ同じ意味で使われる、国家の自衛もしくは対外強制力。ただし軍備という場合、兵力、兵器・装備など軍隊のかたちに表された直接の戦闘能力のほかに、軍隊活動を支える軍事基地や情報システム、軍事生産基盤、さらに国力や政府の性格や政策を加えた集合的な要素が加わる。そこから派生的に、再軍備rearmament、軍備拡張expansion of armaments、軍備管理arms control、軍備縮小disarmamentといったようにより広く用いられる。20世紀以降の戦争が国家総力戦として戦われるようになった結果、そしてまた核兵器や弾道ミサイルの出現により、軍事力行使の場が国家の領域を超えるようになった兵器革命も手伝って、軍備=armamentという総称は安全保障や国際政治の用語として定着することとなった。したがって、軍隊・軍事力・軍備の関係は、国家の政治目的を国際関係の場で暴力=武力行使として表現する、三つの同心円で理解できる。軍備というとらえ方はそのいちばん包括的な概念である。
[前田哲男]
軍備の目的は、国家の意志と政策を軍事力によって明らかにし、プロイセンの軍事理論家クラウゼウィッツのいう「敵をしてわれらの意志に屈服せしめることを目的とする暴力行為」(『戦争論』)を実行することにある。かれが定義した「戦争は政治におけるものとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」という命題実現のための手段でもある。その内実は、同時代の戦争観と技術水準、生産能力によって規定される。戦争行為が「社会における自然の状態」(『ナポレオン言行録』)であった時代には、軍備は、外敵の排除や氏族、部族の存続と一体化を保持するため不可欠のものと考えられた。古代にあっては部族の成員がすなわち戦闘員であり、軍備は日々の生活のなかに混在していた。カエサルの『ガリア戦記』には「いつでもお目にかかろう。14年間も屋根の下に入ったことのない、戦争にもまれた不屈のゲルマン人の武勇を思い知るがよい」という異民族のことばが記されている。古代から中世にかけて国家が強大になり、それらによって初期の国際社会が形成されるようになると、貴族や傭兵(ようへい)を基盤にした軍隊という専門的な職業組織が生まれ、軍備の目的にも封建諸侯の勢力誇示や植民地征服など富と領土の獲得が加わっていった。以降、軍事力=軍備は国家諸制度の根幹を形づくるものとなり、正義の戦争は合法であるという正戦思想(トマス・アクィナスやグロティウスなど)を根拠にして国家意志の発現と国家利益追求の合法的な道具となる。
19世紀のフランス革命は、軍備のあり方を「国王の軍隊」から「人民の軍隊」へと転換させ、古代とは違った次元で戦争を社会全体に押し広げた。それは徴兵制に基づく「百万人の軍隊」の創設であり、部族の存続や国王の見栄ではない「民族イデオロギー」(国境の神聖、祖国防衛、国体護持)戦争観の出現である。さらに政治革命に続いた産業革命の成果により、軍隊における装備・兵器の技術的革新(連発銃、長距離砲、蒸気船)も急速に進み、国家の軍事的実力は、軍隊の精強さだけでなく経済力、科学技術、国民統合力などによって計られる時代が到来する。この二つの変革の結果、現代に至る軍隊・軍事力・軍備の同心円構造が明らかになった。
[前田哲男]
20世紀になって、戦争の規模と強度がいっそう拡大したことにより、軍備の意味が、経済的合理性、目的と手段の均衡性、倫理的人道的見地など、さまざまな面から問い直されることになった。すなわち二つの「世界大戦」は、一国もしくは数国間の戦争が世界全体を戦場に巻き込むことを現実の光景として現出させ、同時に、第一次世界大戦の戦場に登場した航空機と潜水艦、毒ガス兵器による無差別攻撃と大量殺戮(さつりく)は、「前線と銃後」「戦闘員と非戦闘員」の境界消滅をはっきりと示した。その極致が第二次世界大戦における広島と長崎に対する原子爆弾の投下である。とりわけ、冷戦期に進行した兵器威力の増大は、核兵器と弾道ミサイルの合体による人類絶滅の可能性を予告する事態として受け止められ、ここにおいて国家が自衛権の名の下に軍備を保有し、戦争の自由を主張することへの疑問が国際社会で真剣に論じられるようになった。もはや「戦争は…政治の継続である」と軍備の正当性を無限定で主張する声は聞かれない。国際連合の創設および軍備規制や軍備縮小に向けた取り組みは、こうした軍備の肥大化と、それによってもたらされた戦争観の変化を反映している。第二次世界大戦後に発足した国連は、憲章に「国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を…いかなる方法によるものも慎まなければならない(第2条4)」と定めた。これは第一次世界大戦以降、国際連盟設立(1920)や不戦条約(ケロッグ-ブリアン条約、1928)を通じ試みられてきた戦争違法化の一つの到達点といえる。
[前田哲男]
このように戦場の拡大と無差別兵器の誕生によって人類の戦争観に大きな変化が生じたのは確かだが、しかし、これによって軍備の有効性に終止符が打たれたのでない。冷戦時代、米ソ両国は「核戦争を抑止する」ため核軍備の増強に努めたし、一方、新たに国際社会に加わった国々も国家の威信や領域保全などの名目で軍備を保有し、過剰な軍備が安易な武力の行使に至った例は数えきれない。国際社会は、軍備のもつ意味が20世紀に決定的に変わったことを自覚しながら、なお伝統的な軍備に依存している点で、クラウゼウィッツの呪縛(じゅばく)から解き放たれないまま新世紀を迎えたといえる。とはいえ、前進がないわけではない。個別兵器の分野では緩やかにではあるが軍備規制に向けた具体的な努力が実を結びつつある。「中距離核戦力(INF)全廃条約」(1987年調印、完了)、「化学兵器禁止条約」(1993年調印、1997年発効)、「包括的核実験禁止条約(CTBT)」(1996年調印、未発効)、「対人地雷全面禁止条約」(1997年調印、1999年発効)、「クラスター爆弾禁止条約」(2008年調印)などがその例である。また国際司法裁判所が1996年に勧告的意見として判示した「核兵器の威嚇ないし使用は、国際法とりわけ人道に関する法に反する」という見解は、法的拘束力はないものの、軍備依存思考に転換を迫る画期的なものであった。軍備を時代遅れの遺物とする国際社会の合意は20世紀中に達成できなかったが、「核なき世界」への努力は、アメリカのオバマ大統領の「プラハ演説」(2009年4月)に受け継がれ、冷戦期に結ばれたSTARTⅠ(戦略核兵器削減条約、1991年)を進展させる新START条約が2010年4月に調印された。また、個別兵器規制の面でも、対人地雷やクラスター爆弾に続いて劣化ウラン弾、白リン弾禁止の国際世論が高まっている。
[前田哲男]
国家あるいはこれに準ずる独立集団が安全保障のため,あるいは対外政策を効果的に展開するために保有する軍事力機構(軍隊の兵力などの人的要素および兵器,施設などの物的要素をふくむ),およびこれを編成する行政措置をいう。また,国連憲章51条所定の〈個別的又は集団的自衛の固有の権利〉を行使するための機関を軍備と解釈することもできる。ここでいう〈安全保障〉とは,武力による威嚇または武力の行使に対応して国家の領土を保全し政治的独立を守るための行為であり,武力すなわち軍事力とは国家がその安全保障などのために保持する力をいう。第2次大戦後,核兵器の登場によって軍備は核軍備と通常軍備に区分されることとなった。しかし冷戦下で第一級の核軍備を保有している米ソ両超大国間で全面核戦争が行われれば,双方の,あるいは全世界の破壊とならざるをえない状況にあった。このため,核軍備は技術が進めば進むほど,敵に核による報復攻撃を加える能力を保持することにより敵の核攻撃を防ぐという抑止力としての役割が強くなり,政治・心理的威圧の道具としてしか認められない,いわば象徴的軍備になった。一方,局地的軍事紛争発生の可能性はなくならないため,通常軍備には侵略に対し直接対処するという現実的役割は残る。また,核をふくむすべての戦争防止のためには,軍備撤廃よりはむしろ通常軍備の地域的〈均衡〉維持をはかることにより,敵の侵略が引き合わないものであることをさとらせて侵略意思を事前に放棄させる,という判断に立つ,安全保障政策を採用する国が多い。しかし,〈均衡〉維持という名のもとに,互いに相手国への優位を確保しようとするのが国際政治の現実であり,このような安全保障政策も矛盾をはらんでいる。通常軍備は一般に陸海空の3軍に分割されるが,有事には国防軍として統合運用される場合が多い。また,常備軍,予備軍,地方軍などの区分もあるが,兵器の進歩のため,目標を短時間で確実に破壊できる能力,および事前の準備をほとんど必要とせずに戦闘を行える能力が高まり,戦争は短期化する傾向が強く,一般に即応性に優れる常備軍の整備に重点を置いている。現代の軍備は整備に5~10年を要し,限られた技術先進国だけが近代兵器の生産を可能とする。そのため武器輸出は国家の対外政策と不可分であり,また紛争防止のため大国兵力の海外派遣が日常化した。その結果,戦略要点では大国軍隊が直接接触する危険がつねに存在している。一方,軍拡競争防止,軍事費削減などのため軍備と軍縮・軍備管理の調整が重視され,各国は政治,外交,経済,社会などの施策と軍備との間の力の配分を情勢に応じて適切に行うことが求められている。
→軍縮
執筆者:久住 忠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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