退行(読み)タイコウ

デジタル大辞泉 「退行」の意味・読み・例文・類語

たい‐こう〔‐カウ〕【退行】

[名](スル)
後方にさがること。
「若しも敵軍寄せ来たらば…打ち散らさんと、粛々として―せり」〈竜渓経国美談
銀行員が仕事を終えて銀行を出ること。また、銀行員が退職すること。
生物発達進化がある段階で止まり、むしろ元に戻るような変化を起こすこと。
心理学で、困難な状況に遭遇したとき、精神発達上より未熟で幼稚な段階の行動を示すこと。
天体逆行のこと。
[類語]逆行逆流逆走あと戻りあとずさり逆戻り後進後退退歩遡行後ろ向き

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精選版 日本国語大辞典 「退行」の意味・読み・例文・類語

たい‐こう‥カウ【退行】

  1. 〘 名詞 〙
  2. あとにさがること。しりぞくこと。退却。あとずさり。〔慶応再版英和対訳辞書(1867)〕
    1. [初出の実例]「若しも敵軍寄せ来らば取て還して打ち散らさんと粛々として退行せり」(出典:経国美談(1883‐84)〈矢野龍渓〉後)
    2. [その他の文献]〔史記‐太史公自序〕
  3. 発達や進化の過程で、病気や困難に遭遇することにより、すでに経過した子どもや原始的状態の段階にもどること。
    1. [初出の実例]「この霧は末梢の感覚を刺戟するにすぎず、それも次第に原始的な、あるいは幼年期的なそれへと退行させてゆくような気がした」(出典:河口にて(1960)〈北杜夫〉)
  4. 惑星が天球上を東から西へ運行すること。逆行。
    1. [初出の実例]「金水何れも夕伏合の前後に当りて、退行することあり」(出典:暦象新書(1798‐1802)上)

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改訂新版 世界大百科事典 「退行」の意味・わかりやすい解説

退行 (たいこう)
regression

精神分析の用語。現在においてなんらかのフラストレーションに直面し,現在のやり方でそれを克服するのに失敗したとき,過去の段階でのやり方に逆戻りすることをいう。この概念は,人間の性欲構造,人格構造,思考形式,行動形式,対象関係などはさまざまな段階を経て発達するということと,過去は不滅であって決して失われてしまうことはなく,どこかに潜在しているということとを前提にしている。S.フロイトは退行を,後方陣地に部隊の一部を残して前進した軍隊が強力な敵軍と遭遇して敗走し,後方陣地まで退却することにたとえている。ただし退行といっても過去のどの段階にでも逆戻りするわけではなく,上の例でいえば後方陣地,つまり発達過程の一定の固着点に逆戻りするわけである。

 人間のさまざまな異常現象は退行として説明される。たとえば,すでに夜尿をしなくなってから久しい子どもが,弟か妹が生まれるとまた夜尿しはじめるということがよくある。これは弟か妹が生まれて母親をそちらのほうに奪われてかまってもらえなくなった子どもが,ふたたび夜尿しはじめることで,かつて夜尿していた時代のやさしい母親を取り戻そうとしているのである。太平洋戦争末期に日本人が竹槍をもち出したのは,絶望的な戦況に直面して戦国時代に退行したのだと解釈できよう。統合失調症などはごく早期の精神構造,自己と他者,現実と空想の区別がまだ成立していなかった段階への退行と考えられる。しかし退行は否定的なものをもたらすだけとは限らず,積極的価値を生み出す契機になることもある。発達とは,ある意味では豊かな多くの可能性を放棄し,ある一つの狭い可能性だけを現実化していくことであるから,現在のやり方でうまくいかないとき,いたずらに現在の〈発達した合理的な〉やり方に執着しないで,それを破壊して過去に帰り,かつて放棄した多くの可能性を取り戻してそのなかから新たな選択をするほうがよいこともある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「退行」の意味・わかりやすい解説

退行
たいこう
regression

精神発達が止まり、逆の方向に進むこと。一般的には、組織化され分化した行動や表現が未成熟な発達段階に逆戻りすることで、幼児的になることをいう。たとえば、解決困難な状況に遭遇したとき人格的な独立性を失い、依存的になることなどである。精神分析では、性心理的発達につまずき、発達が部分的に停止し、そこに固着点が残されると、強いフラストレーションにさらされたときなどに、固着した段階に退行するといわれる。ヒステリーは性心理的発達が幼児的な男根期(エディプス期)に逆戻りし、強迫神経症では肛門(こうもん)期に逆戻りしていると考えられる。この意味では退行は好ましいものではなく病的なものと考えられるが、これと反対に積極的な意味をもつ退行も考えられる。たとえば、ゲシュタルト心理学ケーラー回り道の研究が示しているように、困難な問題に直面したとき一歩退いて考えると問題解決につながるように、一時的に退行することは創造的活動には必要であると考えられる。こうした健康な退行は、自我のコントロールの下での退行とか創造的退行といわれる。これは発達的な意味での退行でなく、精神分析でいう場所論的な退行である。一般に心理的緊張は運動反応で解放されるが、これが阻止され、外的な運動反応にかわって内的な想像や空想がおきるからである。この想像、空想が創造的意義をもつのである。

[外林大作・川幡政道]

『エルンスト・クリス著、馬場礼子訳『芸術の精神分析的研究』(1976・岩崎学術出版社)』『マイクル・バリント著、中井久夫訳『治療論からみた退行――基底欠損の精神分析』(1978・金剛出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「退行」の意味・わかりやすい解説

退行
たいこう
regression

一般的にはより原初的な型や段階に戻ることをいう。心理学では (1) 個体および集団が原型的な形に立戻る傾向,(2) 精神分析ではリビドーの発達が逆行して,結果的に初期の小児的行動様式を一時的あるいは永続的にとること,(3) K.レビンらによると,生活空間における分化した領域間の境界が欲求不満によってこわされ,行動の分化した状態から未分化の状態になることをいう。

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普及版 字通 「退行」の読み・字形・画数・意味

【退行】たいこう

後退する。

字通「退」の項目を見る

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栄養・生化学辞典 「退行」の解説

退行

 進歩した状態からより早期,未熟な状態へ戻ること.心理学,精神病理学の用語.

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世界大百科事典(旧版)内の退行の言及

【ボーン】より

…〈光は神の影なり〉というような,新プラトン主義的・ヘルメス主義的思想が,けっして抽象に向かうことなく,触感によって神の存在を体験するような信仰の直接性が最大の特色となっている。《退行》と題する短詩などは,19世紀ロマン派詩人ワーズワースの有名な《霊魂不滅の賦》の先駆的業績と呼べる。先輩の宗教詩人J.ダンやG.ハーバートとは違った体質の,信仰の詩人であった。…

【回帰分析】より

…ここで,身長の高い父親から生まれた息子の平均身長は父ほど高くなく,身長の低い父親から生まれた息子の平均身長は父ほど低くないという関係がある。F.ゴールトンは1889年この関係を発見し退行と名づけ,直線を退行直線もしくは回帰直線と名づけた。これが回帰という名称の起源である。…

【精神分析】より

…この抵抗は,患者自身が認めたくない衝動を無意識へと押し戻した自我の働きと同一のものである。また空想をも含む自由な連想が奨励されること,治療者の受容的態度,安楽な寝椅子の使用などの条件によって,患者は心理的に退行し,彼の幼年時代の重要な人物(主として両親)に向けた感情や欲求が再現し,これを治療者にさし向けてくる。この現象は転移(感情転移)とよばれるが,しばしば言語的表出よりも挙動によって表現される。…

※「退行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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