外部の環境からなんらかの危険にさらされたとき、その危険を避けるのにもっとも原始的で容易な、自己防衛の手段が逃避である。たとえば、人間関係につまずき自我が損傷を受けると、人里を離れようとしたり、アルコールに頼ろうとしたりするのが逃避である。危険が差し迫ってきたとき、これを避けることは回避とよばれる。逃避や回避によって一時的に危険を避けることはできるが、それで危険がなくなってしまうものではないから、逃避は防衛手段としては完全なものではない。この意味から、可能な限り遠くに逃げるのでなく、危険を察知し、その場に応じて危険を避けられる程度のところまで逃げるのが得策となる。
外部の環境からくる危険に対してはさまざまな逃避の手段があるが、内面的な心理的葛藤(かっとう)や不安からの危険に対しては適切な逃げ場所がないため、しばしば逃避場所として病気が選ばれ「病気への逃避」がおこる。登校まぎわになって発熱したり、腹痛をおこしたりする子供は病気に逃避している。病気になることで不安・葛藤を避けようとしているのである。ドイツの精神分析学者ミッチャーリヒAlexander Mitscherlich(1908―1982)によれば、医療を求める患者の半数近くが精神的破綻(はたん)に基づく心身症と関係があるという。安全な逃避場所は、病気とは限らない。フロムによれば、現代人は「~からの自由」は獲得したが「~への自由」を創造することができず、自由であるためにかえって葛藤・不安がおこり、権威主義に逃避するという。これが全体主義を生み出す心理的メカニズムである。精神分析を受けている患者は、自分の病気を隠すため健康への逃避がおこり、症状がなくなることがある。これは精神分析によって、自分の無意識が明らかになることが恐ろしいからである。
[外林大作・川幡政道]
『エーリッヒ・フロム著、日高六郎訳『自由からの逃走』(1951・創元社)』▽『A・ミッチャーリヒ著、中野良平・白滝貞昭訳『葛藤としての病 精神身体医学的考察』(1973・法政大学出版局・りぶらりあ選書)』▽『飯田紀彦著『逃避の病理 現代青年の苦悩』(1998・関西大学出版部)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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