遠山友政(読み)とおやま ともまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「遠山友政」の解説

遠山友政 とおやま-ともまさ

1556-1620* 織豊-江戸時代前期の武将,大名
弘治(こうじ)2年生まれ。美濃(みの)(岐阜県)苗木城主遠山友忠(ともただ)の3男。織田信長につかえたが,信長没後森長可(ながよし)に攻められ徳川家康をたよる。関ケ原戦い家康の命で苗木城を攻落し,その功で苗木藩主遠山家初代となった。1万500石。元和(げんな)5年12月19日死去。64歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の遠山友政の言及

【遠山氏】より

…7流に分かれ,戦国の争乱には織田・武田両勢力に圧せられた。遠山友政は1583年(天正11)森長可に父祖伝来の苗木城を奪われたが,関ヶ原の功賞として1600年(慶長5)苗木城1万500石余を与えられ,以後苗木藩として明治維新に至る。維新後子爵。…

※「遠山友政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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