地上または地下にとどめられている過去の人間活動の痕跡が,考古学研究の史料や文化財保護の対象となった場合,それらは遺跡とよばれる。類似した人間活動による痕跡であっても,研究や保護の対象にならないものは遺跡に含まれない。たとえば,弥生時代の水田跡とそこで検出された足跡は遺跡を構成するが,現代の休耕田や足跡を遺跡とすることはない。また,江戸時代の武家屋敷跡が遺跡とされることはほとんどないが,同時代の社寺跡は研究や保護の対象となり,遺跡にいれられることが少なくない。その結果,考古学でいう遺跡はその主要な研究対象となる原始・古代のものにまず集中し,最近の中・近世考古学の発達は中・近世のさまざまな人間活動の痕跡を遺跡としてとりあげる傾向を強め,産業考古学の開始は産業革命前夜の生産に関連する人間活動の痕跡を追跡し,それを遺跡とする。北海道では,開拓使時代のものが遺跡としてとりあげられているが,本州では明治時代以後のものが遺跡として研究や保護の対象になることは少ない。
研究や保護の対象になっているものでも,それが本来備えていた機能を喪失したもののみが遺跡とされることがある。現在も使われているパリのノートル・ダム大聖堂は遺跡ではないが,宗教的機能をもったであろうストーンヘンジは遺跡である。東大寺の建造物は文化財保護の対象にはなっているが遺跡ではなく,同一地域内の地下に埋没している東大寺の過去の部分は遺跡とされる。しかし,死者を埋葬する機能をなお維持していても,まつられることがなくなったためか,古墳は遺跡に含められる。
遺跡は一般に地下に埋没しているものとみられがちだが,一部またはほぼすべてが地上に顕在していて,土砂の類を除去せずとも遺跡と確認できるものも多い。ピラミッドや古墳,あるいは城郭遺跡などは主要部分が地上に顕在している遺跡である。現在,日本では26万4000ヵ所の遺跡が保護の対象として登録されているが,そのうちほぼ半分近くが地上に顕在している遺跡である。
遺跡は不動産的性格をもつ遺構と動産的な遺物から構成されている。また,遺構と遺物が一定の空間的関係を維持している状況を遺跡とする考えもある。この遺構の実態および遺構と遺物あるいはそれぞれ相互の空間的関係を解明し,遺物をとりだすための学問的手続が発掘調査であり,その成果を手がかりに遺跡を残した人間活動を復元する作業が考古学研究の重要な部分となる。
遺跡を残した人間活動の観点からそれを類別すると,集落遺跡,生産遺跡,埋葬遺跡,墓地遺跡,祭祀遺跡,都市遺跡,城郭遺跡……といった呼称ができる。また,遺跡の現状や立地によって,低湿地遺跡,洞穴遺跡,岩陰遺跡,砂丘遺跡,水中遺跡……などとよばれることもある。その他さまざまな呼称と分類があるが,いずれにしても正確な基準によるものではない。ただし,特定の様式あるいは型式の遺構や遺物を出土し,研究上の基準史料を提供した遺跡は標準遺跡とよばれ,とくに重視される。遺跡はかつてそれをつくった人間の意図のあらわれかたによって二大別できる。ひとつは銅鐸出土地などの埋納遺跡と墳墓とである。これらは原則として1度かぎりの人間活動によって短期間に形成され,地上または地下の現状が,盗掘や自然崩壊など後世の変化を除けば,旧状を保ちその状況がそれをつくったかつての人間の意図したものとほぼ一致する。他は集落遺跡や生産遺跡などで,同一地点において似かよった人間活動が反復継続され,当初の形状もその間に改変をうけ,さらにまた地上あるいは地下における現状は通常それらの人間活動の結果のみでなくて,人間活動を停止させた要因,たとえば戦闘,災害,移住などによる破壊や放棄の結果生じたものであり,その活動を維持した人間の意図と遺跡の現状は直接関係がない。この両者のちがいは,発掘調査や人間活動を復元する研究法の差異,あるいはその作業の難易の差にもつながる。
→考古学 →発掘
執筆者:田中 琢
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
過去の人間の残した物的資料、または人間の活動の結果を示す物的資料からなり、その存在する土地と不可分な関係にある単位空間を遺跡とよぶ。一般に遺跡と認められるものは、地上に築かれ、あるいは大地に穿(うが)たれた遺構の存在であるが、たとえば沈没船のようにそれ自体は遺物ともいえるものでも、その発見された場所が意味をもつ場合にはこれも遺跡とみなされる。遺跡には、住居跡、工房跡、水田跡、貝塚、墳墓寺院跡、都城跡などの種類がある。それらは単独で遺跡となる場合もあるが、ある人間集団の生活空間を表すものとして、そのいくつかが組み合わさったものであり、それらをあわせて一つの遺跡と認識する必要がある。なお遺跡に類似することばに遺物散布地がある。単に遺物の散布自体は、かならずしも人間の活動の結果によるものだけでなく、洪水などの自然現象によるものもあるが、それは近くに遺跡の存在する徴候であり、遺跡と同様に扱われる。
[植山 茂]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
人類の行為の痕跡が遺構や遺物として地上や地下・水底などに残されているところをいう。その性格によって生活遺跡,生産遺跡,墳墓遺跡,祭祀・信仰遺跡,政治関連遺跡などにわけられ,また存在している状態によって開地遺跡・洞窟(岩陰)遺跡・泥炭層遺跡・水底遺跡などに分類される。考古学的調査・研究の最も基礎的な資料であるとともに,人類の歴史を再構成するために必要なもので,人類共有の文化財として重視される。
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…考古学は古い時代のみを研究する学問と考えられがちであるが,その取り扱う時代範囲にはなんらの制限もない。実際に北海道では明治期の開拓使関係の遺跡のような新しい遺跡の発掘も行われている。 考古学の属する上位の学問区分については,歴史学とする立場と人類学とする立場とがある。…
…一般には,遺跡と同義で,明治時代末期以降現在でもその意味で使用されていることが多いが,1919年の〈史蹟名勝天然紀念物保存法〉以降は,遺跡のうち,特に法律にもとづいて指定保護されているものを指すようになり,現在では狭義の史跡は,国宝,重要文化財,名勝,天然記念物などとならぶ,文化財の種別の一つとなっている。 法律による史跡保護の制度は,〈史蹟名勝天然紀念物保存法〉により重要な遺跡の史跡指定と,その破壊や現状変更に対する規制その他の制度が定められたのを初めとし,50年,文化財保護法に制度の基本が引き継がれ,現在に至っている。…
…一般に土中その他に埋没して直接見ることのできない状況におかれている物件を,実見しうる状況に露出する行為をいうが,とくに遺跡において,考古学者が遺構や遺物を検出する作業行為を指すことが多い。ただしそのうちで,土地等を掘削する行為のみを発掘と呼ぶこともある。…
… これらと性質を異にする文化財に埋蔵文化財がある。文化財の性質による種類ではなく,埋蔵文化財とは,地下,水底,海底(領海内に限る)その他,土地の上下を問わず人目に触れない状態において所在している遺跡,さらにそこから発掘によって出土した遺物の両様の意味に用いる。遺跡のうち,全国で国および地方の台帳に登録されたものを〈周知の遺跡〉と呼び,遺跡分布図,地名表などが公刊されて周知徹底が図られている。…
…1950年に施行された文化財保護法にみえる概念で,考古学でいう遺構と遺物をほぼ指しているとみてよい。その所在地は埋蔵文化財包蔵地と呼ばれ,おおよそ考古学の遺跡に相当する。ただし,施行当初の同法では,埋蔵された有形文化財すなわち遺物にあたるもののみに限定されており,現在のように遺構や遺跡にも関連する用語になったのは54年の同法改正による。…
※「遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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