打物(うちもの),鎚起(ついき)ともいう。平らな鉄床の上に金属塊を置き,金鎚(かなづち)や木槌で薄い板金を作る鍛造,打ちのばして作った板金を表裏から打ち,絞り縮めなどして立体的な花瓶,鍋などを作る〈鎚起技法〉,金属板を折りまげたり,鑞(蠟)付(ろうづけ)したりして立体的なものを作る〈板金技法〉に大きく分けられ,これらの技法を併用している場合が多い。この技法は金属の展延性を利用したもので,金属の発見された当初から行われた最も古い金属の成形技法である。地金は純銅や銀が多く用いられる。奈良時代に盛行した押出仏(おしだしぶつ)も鍛金の一種である。鉄床のかわりに銅鋳製の仏像型を置き,その上に薄い銅板をのせ,上からたたいて型になじませ完全に写しとってからはずしたもので,一つの原型から同じ文様を押し出した薄板を何枚も作りだすことができる。この原型(仏像型)が正倉院宝物中にあり,また法隆寺,当麻寺などに押出仏の遺品がある。原模が凹面であるときは,金属板の裏側より鎚起する。この技法はすでに古墳時代の帯金具にみられる。平安時代には内匠寮(たくみりよう)で酒壺,火炉を作っており,室町時代には甲冑の面頰(めんぼお),臑当(すねあて)などの製作に受けつがれた。作品には仏像(押出仏),銅鑼(どら),花瓶,鉢,香炉などがある。広義には刀鍛冶も鍛金技法の中に含まれる(日本刀)。鍛金の名称は岡倉天心が東京美術学校に金工科を設立した時に始まる。
執筆者:香取 忠彦 西洋では,すでにメソポタミア初期王朝時代に,琥珀金(金と銀の合金)の板を打ちのばし,鎚起によって浮彫を施した〈メスカラムドゥグの兜〉がある。またエジプトにおけるヒエラコンポリス出土の鷹の頭部(前2400年ころ)や,ミュケナイ文明における黄金のマスク(前1500年ころ。アテネ考古学博物館),バフェイオ杯など,金の鍛金による細工は,その輝きと加工しやすさによって他の金属よりも早くから行われてきた。アンデス文明においても,金,銀の細工が技術的にも装飾的にも高い水準にあったのに比べて,他の金属加工は積極的になされなかった。銅やブロンズは鋳造して使われることのほうが多いが,カイロ博物館にあるペピ1世の等身大の銅像の胴部分や,前1世紀の〈バターシーの楯〉と呼ばれるケルトのブロンズ製楯は鍛造である。鉄の鍛造(鍛鉄wrought iron)は最も広く行われたが,銅,ブロンズ,金,銀に比べると,美術・工芸品に使われるよりも多くは農具,武器あるいは日常品や道具に作られてきた。しかし中にはケルト文化における剣のように,武器とはいえ,鍛金による別の金属の溶接(鍛接)と象嵌(ぞうがん)とによって美しく装飾を施されたものも多い。
中世には教会堂入口の木扉に,精巧な鍛鉄による装飾蝶番(ちようつがい)がとりつけられていることが特筆される。熱した鉄棒をハンマーでたたいて自由な曲線を作り出し,細部は鏨(たがね)を使ってアクセントがつけられる。パリのノートル・ダム大聖堂西扉には,唐草文様のあいだに生き生きとした鳥や竜などをあしらった,素朴だが力強い作品がある。またイタリアの大聖堂には鍛鉄による装飾格子が多く使われている。中世を通じてイギリス,ドイツ,オーストリア,スペインなどの大聖堂でもこれらの鍛鉄の作品がみられる。そのほかヨーロッパでは鍛鉄の技術は装飾的な格子扉や門扉,柵,建築金物にも広く利用されている。17,18世紀にはフランスにおける金工の高い技術がユグノーの移民やルイ14世の宮廷デザイナーたちによって作られたデザイン・ブックを通じてヨーロッパ各国に広がっていった。
また,アフリカでは素朴で力強い造形が鍛鉄で作られているほか,インドの銅,あるいは東南アジア,特にミャンマーやタイにおける銀の細工が鍛金で行われている。
現在では回転動力を利用して,棒材の径をたたいて小さく加工するスエージングや,回転する固定木型に金属板をあててへら(篦)で型に合わせて絞り縮めていくスピニング(へら絞り)が行われている。
執筆者:多田 藍子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
金工技法の一種。金属の展延性・収縮性を利用してさまざまな器物をつくる技法で、鍛造(たんぞう)、打物(うちもの)、鎚金(ついきん)、鎚起(ついき)ともいう。金属塊を金槌(かなづち)や木槌で打ち延ばしたり、薄い板金を表裏から打ったり、金属のへらで絞ったり、折り曲げるなどして器物を成形するが、人類の金属利用の当初から行われた最古の金属成形技法である。すでに紀元前3000年ころのメソポタミアやエジプト、前1500年ころの中国殷(いん)代の遺品にその例がみられる。地金には古くは金・銀・銅が多いが、青銅・白銅・真鍮(しんちゅう)などの銅合金、鉄・錫(すず)もよく使われ、近年はプラチナ、アルミニウム、ステンレス鋼なども用いられる。
日本には弥生(やよい)時代に大陸から採鉱・冶金(やきん)技術とともに伝えられて以来、多種多様の遺例をみるが、その技法は、他の諸国と同じく、鎚起、板金(ばんきん)、押出(おしだし)の三つに大別される。
(1)鎚起技法 打ち延ばした板金を表裏から打ち出し、絞り縮めなどして立体的に成形したり文様を浮き出させる技法で、古墳時代の太刀(たち)、馬具、装身具などにすでにみられ、奈良時代以降は鉢、柄(え)香炉、盤、銅羅(どら)など仏具に多く用いられた。室町時代には甲冑(かっちゅう)の付属具である面頬(めんぼお)、臑当(すねあて)の製作に受け継がれたが、明治に活躍した山田宗美(そうび)はとくにこの技法に秀で、一枚の鉄板から獅子(しし)や鳩(はと)など複雑な造形をみごとにこなしている。
(2)板金技法 金属板を折り曲げたり、ろう付けなどして立体的なものをつくる技法で、古くは7世紀に創建された近江(おうみ)(滋賀県)の崇福寺の塔心礎から出土した金銀舎利容器の製作にみられるほか、経箱、釣灯籠(つりどうろう)などにも用いられている。
(3)押出技法 原型の上に薄い板金をのせ、上からたたいて原型の形を転写する技法で、同一文様を何枚もつくれる利点がある。これがもっとも活用されたのは奈良時代に盛行した押出し仏で、これは半肉鋳造の仏像形の上に薄い銅板をのせ、上から槌でたたいて型になじませ、細部までよく写し取ってから外したものである。法隆寺の玉虫厨子(ずし)の内側に貼(は)られた千体仏や、長谷(はせ)寺の法華説相図の千体仏もこの押出技法による。ほかに唐招提寺(とうしょうだいじ)や東京国立博物館にも現存している。一方、正倉院には、鼻がつぶれたり、衣文(えもん)の彫りの深い押出し仏の原型として使用された半肉仏像が残っている。
このほか、江戸時代に流行した鷲(わし)、鯉(こい)、竜などの鉄置物も特殊な鍛金作品で、刀鍛冶(かたなかじ)も広義には鍛金技法に属するといえる。近代以降は機械化による型打ち(プレス)やへら絞り(スピニング)による成形が行われ、大量生産が可能となった。
[原田一敏]
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…このほか,近年では日常品の素材としてアルミニウム,ステンレス,ニッケルなど,また装身具材料としてホワイトゴールド,プラチナなどの貴金属が利用されている。 加工技法は大別して鋳金,彫金,鍛金に分けられる。鋳金は溶かした金属を鋳型に流し込んで成型する技法であり,彫金,鍛金は金属の塊や板を,鏨(たがね)を用いて彫ったり,切り透かしたり,打ち延ばしたりして,成型・加飾する技法である。…
※「鍛金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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