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阿茶局【あちゃのつぼね】

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  • 世界大百科事典 第2版の解説

  • あちゃのつぼね【阿茶局】
     
    1555‐1637(弘治1‐寛永14)
    戦国江戸初期女性。徳川家康の側室。武田氏の臣飯田筑後直政の女。名は須和,また神尾一位殿,雲光院とも称した。今川氏の臣神尾孫兵衛忠重(久宗)に嫁し,その没後,1579年(天正7)召し出されて家康の側室となる。妻妾才略第一の人物として出頭し,大坂の陣の和睦交渉使者を務めるなど内外枢機参画した。その活躍は家康没後におよび,1620年(元和6)秀忠の女和子(東福門院)入内の際の母代りや23年の皇女(明正天皇)誕生のおりの生母和子への近侍,また家光時代の26年(寛永3)の後水尾天皇二条城行幸の際の送迎饗応万般関与した。・・・

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  • 朝日日本歴史人物事典の解説

  • 生年: 天文23.2.13 (1554.3.16)
    没年: 寛永14.1.22 (1637.2.16)
    徳川家康の側室。甲州武田氏の家臣飯田直政の娘。名は須和。今川氏の家臣神尾忠重の妻となり,一子守世を儲ける。忠重没後に家康に仕え,阿茶局と称される。陣中にもしばしば伴われ,小牧・長久手の戦のおりに流産。やがて側室というより側近として重きをなすようになり,大坂冬・夏の陣では豊臣方との交渉にも当たった。家康没後も重用され,秀忠の娘,和子(東福門院)入内の際には母代を務め,皇女(明正天皇)誕生のおりも在京。従一位に叙されたため神尾一位局とも称される。秀忠没後に雲光院と称した。墓所は雲光院(東京都江東区)。<参考文献>『徳川諸家系譜』1・2巻
    (久保貴子)

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  • デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

  • 阿茶局 あちゃのつぼね
     
    1555-1637 織豊-江戸時代前期,徳川家康の側室。
    天文(てんぶん)24年2月13日生まれ。夫の神尾忠重の死後,家康につかえて大奥統制し,大坂冬の陣では徳川方の和議の使者となった。徳川秀忠(ひでただ)の娘和子(東福門院)の後水尾天皇への輿(こし)入れに母代わりをつとめ,のち従一位をさずけられ神尾一位,一位の尼とよばれた。寛永14年1月22日死去。83歳。本姓は飯田。名は須和。号は雲光院。
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    (C)Kodansha 2009.
    書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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阿茶局に近い言葉→阿茶羅漬|阿茶羅漬け

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