日本大百科全書(ニッポニカ) 「高畠藍泉」の意味・わかりやすい解説
高畠藍泉
たかばたけらんせん
(1838―1885)
戯作(げさく)者、新聞記者。本名瓶三郎(へいざぶろう)。藍泉はもと画号だが、のち通称とした。3世柳亭種彦(りゅうていたねひこ)、転々堂などの別号がある。江戸の生まれ。幕臣の出で、初め画工として立ったが、明治に入り新聞記者となり、多くの合巻(ごうかん)小説を執筆。1878年(明治11)創刊の『芳譚(ほうたん)雑誌』には早くから執筆し、『岡山紀聞筆命毛(ふでのいのちげ)』(1881~82)、『蝶鳥紫山裙模様(ちょうとりつくばのすそもよう)』(1883~84)などで筆名を高め、柳亭派の総帥と仰がれた。倉田藍江(らんこう)、三品藺渓(みしなりんけい)らはその門下である。84年から病み、門下の右田寅彦(みぎたのぶひこ)に口述筆記させ創作を続けたが、翌年11月18日没。
[岡 保生]
『『明治文学全集2 明治開化期文学集(2)』(1967・筑摩書房)』