改訂新版 世界大百科事典 「鹿の遠音」の意味・わかりやすい解説
鹿の遠音 (しかのとおね)
尺八楽古典本曲の曲名。琴古流と明暗(みようあん)系(明暗真法(みようあんじんぽう)流,明暗対山流,上田流など)に別曲が伝わる。いずれの場合も秋の深山に遠く聞こえる鹿の鳴き声の描写を曲想としており,描写的性格と音楽的な華やかさをもつ点で,《鶴の巣籠》と並んで古典本曲中の例外的な存在である。琴古流の曲は正式には《呼返鹿遠音(よびかえししかのとおね)》と呼ばれ,流祖初世黒沢琴古が一計子という虚無僧から伝授を受けたと伝えられるが,それ以上の起源は不明である。1管だけで奏することもあるが,通例は2管の掛け合いで奏する。美しい個性的な旋律が多く含まれ,琴古流本曲36曲中で最もよく親しまれ,琴古流の代表曲であるのみならず,古典本曲全体の代表といえるほどに広く知られている。明暗系の曲は,普化宗の宗教性重視のため秘曲とされ,一般にはあまり知られていないが,これも2管連管で奏され(ユニゾンと掛け合いの部分が交互に現れる),曲はまったく別曲だが琴古流の曲と同様の性格をもった美しい曲である。
執筆者:上参郷 祐康
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