1925年にパリで開かれた〈現代装飾・工業美術国際展〉(略してLes Arts Décos)にちなんで名づけられた,パリを中心とする1920-30年代の装飾様式。〈1925年様式〉ともいわれる。この時代は戦間期に当たり,29年の大恐慌による混乱でいくらかやけ気味の〈フォール・エポックfolle époque(狂った時代)〉であって,アメリカからヨーロッパに,ジャズやカクテル,黒人レビュー,チャールストン,自動車ラリーなどが入ってくる。この文化はガラスとクロムめっきのきらきら,ぴかぴかする現代都市にふさわしいモダンな装飾を生み出した。世紀末のアール・ヌーボーの過剰な曲線的装飾に代わって,アール・デコは実用的で単純な直線的デザインを好んだ。この変化を最もよく示しているのは,ラリックである。彼は世紀末には宝石細工をやっていたが,20世紀に入るとガラスのデザインをはじめ,アール・デコの代表的な作家となる。一品制作から大量生産へという変化が,二つの様式の変遷の背景としてあるのである。アール・ヌーボーは一部のエリートの芸術であったが,アール・デコは大衆社会の芸術である。大量に複製された香水瓶やポスターは唯一の芸術品というわけではないが,そのデザイン自体に新しい時代を伝える魅力があふれている。ファッション界では,パリの洋裁師ポアレが活躍し,エルテErté(本名Romain de Tirtoff,1892-1990)やルパープGeorges Lepape(1887-1971)のイラストレーションなどを載せたモード誌がアール・デコの流行を促した。アール・デコのデザインの源泉としては,キュビスムや黒人彫刻,バレエ・リュッスのオリエンタリズム,アステカや古代エジプトの美術に見られる幾何学的な形態などを指摘することができる。家具ではリュルマンJacques-Émile Ruhlman(1879-1933),シューLouis Süe,マールAndré Mare,ジュールダンFrancis Jourdain,グルーAndré Groultなどが,建築ではマレ・ステバンRobert Mallet-Stevens(1886-1945),ル・コルビュジエとオザンファンらが,ガラスではマリノMaurice Marinot,ラリック,デコルシュモンFrançois-Émile Décorchemontらが,それぞれ機能性と装飾性の両極を一つにまとめた新しいデザインをつくり出した。30年代になるとデザインはより機能主義的となり,流線形の傾向を強め,それはカッサンドルCassandre(本名Adolphe Jean-Marie Mouron,1901-68)の汽車や船のポスターによく表れている。アール・デコとその時代風俗は,ナチスの台頭と第2次大戦によって埋もれてしまったが,70年代以来,現代都市文化の始点として再発見されつつあり,同時代のバウハウスやロシア構成主義との関係も今後確かめられなければならない。
執筆者:海野 弘
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アール・デコラティフ(装飾美術)の略称。ただし1925年にパリで開かれた「現代装飾美術・産業美術国際展」を特色づける装飾のスタイルをさしていう。1925年様式ともよばれる。流れるような曲線を愛好したアール・ヌーボーとは対照的に、基本形態の反復、同心円、ジグザグなど、幾何学への好みが顕著にみられる。機械の時代に入った新生活との関連が当然指摘されるのだが、幾何学形態はかならずしも合理的かつ機能的な解決によって処理されず、むしろ優雅な趣味に裏づけされている。アール・デコの源泉の一つが異国情緒にあふれたロシア・バレエ団にあったことからも明らかなように、あるときは華麗な色彩を得て幾何学形態が繰り広げられた。この意味から、同じく1925年展にル・コルビュジエが純正な幾何学に基づいて出陳した「エスプリ・ヌーボー(新精神)」館は、際だった合理的精神において、アール・デコと一線を画するものがあった。
アール・デコを代表するデザイナーには、工芸のフォロ、ブラント、ルグラン、ポスターのカッサンドルらがあげられる。ファッション界ではポワレやシャネルがアール・デコの趣味を取り入れ、文字どおりの新時代をもたらした。ホフマンが主宰したウィーン工房の作風は、その高雅な趣味性によってアール・デコと近接する。1930年前後のニューヨークの建築装飾にも興味深いアール・デコ様式が現れている。
[高見堅志郎]
『G・ヴェロネージ著、西沢信彌・河村正夫訳『アール・デコ〈1925年様式〉の勝利と没落』(1972・美術出版社)』
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…しかしその一方で,抽象的ではあるが彫塑的な性格の強い造形を行うE.メンデルゾーンらのドイツ表現主義の建築家たちもいた。さらには,パリでの国際装飾博覧会(1925)に名称の起源をもつアール・デコと呼ばれる直線的な装飾性をもつ建築がニューヨークの摩天楼(スカイスクレーパー)や商業建築の様式を支配していたし,欧米の銀行や公共建築の大部分はなおもバロックを基調とした歴史的様式でつくられていた。しかし,これらは決して反動的傾向ではなく,30年代までは,むしろ古典主義の延長線上にある造形が建築の主流をなしていた。…
…バウハウスなどの近代デザインは,決定的に反キッチュとして成立している。2番目には1920年代のアール・デコがある。これはキッチュよりもはるかにデザインの問題に密着している。…
… 20世紀に入ると,より直線的で単純なスタイルがあらわれる。世紀末のアール・ヌーボーから1920年代のアール・デコへの変化である。カッピエロやホールワインL.Hohlwein(ドイツ)はこの過渡期に位置している。…
…ヘミングウェー,F.S.K.フィッツジェラルドなどのロスト・ジェネレーションに属する作家,ガーシュインやコール・ポーターなどの音楽家,そしてマン・レイなどの〈パリのアメリカ人〉たちがヨーロッパにジャズ,カクテルなどのアメリカン・スタイルを持ち込んだ。逆にファッションからアール・デコの家具に至るフランス文化がアメリカに送られた。フランスで学んだ建築家たちは,ニューヨークやロサンゼルスに巨大なアール・デコ様式の摩天楼を建てたのであった。…
※「アールデコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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