エスペラント(英語表記)Esperanto

翻訳|Esperanto

デジタル大辞泉 「エスペラント」の意味・読み・例文・類語

エスペラント(Esperanto)

エスペラント語で、希望する人の意》ポーランドの眼科医ザメンホフが考案し、1887年に発表した人工の国際語。ラテン系の語彙ごいを根幹とし、母音5、子音23を使用する。基礎単語数は1900ほどで、造語法もあり、文法的構造はきわめて簡単である。日本では、明治39年(1906)日本エスペラント協会を設立。エス語

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精選版 日本国語大辞典 「エスペラント」の意味・読み・例文・類語

エスペラント

  1. 〘 名詞 〙 ( Esperanto エスペラント語で「希望する人」の意 ) 人工国際語。ポーランド人ザメンホフがインド‐ヨーロッパ語族の言語に基づいて考案、一八八七年に公表。日本では明治三五年(一九〇二)頃から関心が持たれ、同三八年日本エスペラント協会が設立され、月刊誌を発行した。また、二葉亭四迷がエスペラント語の教科書「世界語」を出版するなど、二、三年流行するが、その後下火になった。
    1. [初出の実例]「私はエスペラントの将来に就いては大のオプチミストだ」(出典:エスペラントの話(1906)〈二葉亭四迷〉)

エスペラントの補助注記

ラテン語の espere (希望)から出た語。ザメンホフは当初、Dr. Esperanto の匿名でこれを発表した。

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改訂新版 世界大百科事典 「エスペラント」の意味・わかりやすい解説

エスペラント
Esperanto

1887年にロシア領ポーランドのユダヤ人眼科医,L.L.ザメンホフによって考案された国際補助語。16ヵ条の簡単な文法規則(アクセントの位置の規則を含む。ザメンホフにより制定されその後変更されていない)と,900余りの単語(現在では新語などの必要からもっと増えている)から成り,発音は1字1音,1音1字主義である。発表されたときの考案者の匿名が〈エスペラント博士(ドクトーロ・エスペラントDoktoro Esperanto)〉であり,〈エスペラント〉とはエスペラントで〈希望する者〉の意である。やがてその匿名が彼の言語の名となった。国際語は国際的な相互コミュニケーションの必要から,とくに19世紀末以来さまざまな提案があったが,結局エスペラントのみが広く実用に供せられ,現在まで生き残った。これはエスペラント自体の優秀さと,そのよって立つ国際的平和主義の信念と,有能で熱心な追随者に恵まれていたことによるものであろう。

 日本での代表的機関は1919年創立の日本エスペラント学会である。なお日本でも,いろいろな人たちがそれぞれの角度から,エスペラントに興味をもった。作家では二葉亭四迷,土岐善麿,秋田雨雀,学者では新村出(言語学者),黒板勝美(国史学者),思想家では大杉栄,長谷川テルなどである。

ロシア領ポーランドのビヤウィストクで生まれたザメンホフは幼時から多民族(ユダヤ人,ポーランド人,ドイツ人,ロシア人など),多言語(イディッシュ語ヘブライ語,ポーランド語,ドイツ語,ロシア語,リトアニア語など),多宗教(ユダヤ教,ギリシア正教,カトリック,イスラムなど)の複雑な環境に育った。当時とくにユダヤ人は圧迫・迫害されていた。人々を仲よくさせる方法として,共通の国際語を作ることは,ザメンホフの幼時からの思想であった。同時に,鋭く繊細な言語感覚の持主でもあったザメンホフは,その考案した国際語を,実際の使用に耐える,皆に納得される,芸術性をも備えた言語にしようとした。現在エスペランチスト(エスペラントでe-istoという)は約100万人,熱心な活動家は約10万人であろう。

 エスペラントはその理想とする国際主義・絶対的平和主義のために,とくにスターリン時代のソ連,ヒトラー時代のドイツのような全体主義体制の下で圧迫・迫害され,今も東欧圏にあっては,その活動はまったく自由ではないとする人もある。いろいろな政治的状況のなかで,特定の民族や国民が英語やロシア語などの大国の言語を学ぶことは,ときに強制され,ときには事実上必須であるが,そのような言葉によっては中小言語の話し手の気持は十分には代弁されず,ただロシア人や英語国民にとっての有利さが増すだけである,とエスペランチストは主張する。実際,東欧にあっても大国のはざまにある中小国家民族群,たとえばポーランド,チェコスロバキアハンガリーユーゴスラビアなどでは,熱心なエスペラント運動が展開されているもようである。だれの母国語でもない,中立的言語であるエスペラントは,踏まれても生き残る。しかし,それは逆に言うと,エスペラントはどこの国どの民族からも,とくに保護はされない。これに対してエスペランチストは,理想主義的国際主義の連帯をもって対抗するのである。

 エスペラントは国際語としてある程度の実用性はもつが,今のところ大きな実利性をもたない。実利性から見れば自由国家群はもとより,ある程度は東欧にあっても,英語が他を圧して有利である。英語の実利性の相当の部分は,19世紀にあってはイギリスが,20世紀にあってはアメリカが,世界的大国であることからきている。しかしこれを真の国際語にしようとすると,他の言語圏から反発される。それは英語を母国語とする人々を著しく有利にする。いわゆる〈自然語〉であるから,文法などのさまざまな面で規則的ではないし,英米の文学,民間伝承,生活習慣に根ざすところも大きく,その学習は,入りやすいが達しがたい。優れた言語ではあっても,国際語となるには幾多の障害がある。とくに現在,少数グループの固有の言語の失地回復の運動がある中で,それらの固有の言語と英語が択一されるとしたら,英語が生き残る可能性は乏しい。

 それに比し,当初からエスペラントは,固有の民族語を滅ぼすことを目的とせず,民族語を保存しつつ,相互の伝達のために国際補助語をも用いようという運動であった。現在のエスペランチストは現実的に,国境を廃止しようとせず政治からは中立に,国家と併存しながら国際的連帯をもとうとする。しかし趣旨から言ってそれは当然,言語的覇権主義に反対であるから,言語的大国からはよく思われない。そのような意味で政治的に〈危険な〉言語とされる恐れが常にある。世界は急速に,民族間,国家間の平衡の方向へ進みつつあるが,脱民族・脱国家は,永久に実現されない理想であろう。しかしこの多元的言語状態の中にあって,エスペラントの理想をなおまったく軽視することはできない。数ヵ国語を自由にあやつる能力と暇は,万人には期待できず,英語のみの覇権は世界で承認されず,かつ英語が世界中に広がりそのアングロ・サクソン性を失うことは,民族の固有文化という大きな特徴を失うことに等しい。したがってエスペラント運動は消えないであろう。

英語など西洋語の知識が少しある日本人を想定して,日本人にとってのエスペラント学習の問題点にもふれながら,以下にエスペラントの構造の概略を述べる。発音と綴り字は,英語よりはるかに簡略である。母音は五つあってa,e,i,o,uのイタリア的音価(ただし標準イタリア語のe,oの開口・狭口の別はない)であり,大部分の日本人にとって入りやすい。ただしuは円唇母音であり,日本語のウより深い発音が要求されよう。子音は28あって,lとrの区別が日本人にとってやっかいであるが,これは多くの他の言語の場合も同様である。

 文法では,すべての不規則性が原理としては存在しないことが,何よりの強みである。名詞(すべて-oで終わる。例:rozo ローゾ〈バラ〉,floro フローロ〈花〉。なお,以下の例でのカタカナ表記はすべて便宜的なものである)は,性をもたず単複2数(複数は-jの語尾で示される。例:floroj フローロイ〈花〉)と,主格および対格(ほぼ日本語の助詞〈を〉で表すことができる格)の2格を有する。冠詞は,不定冠詞がなく,定冠詞laのみである。定冠詞の用法は,ある点までは英語から類推できよう。形容詞(すべて-aで終わる。例:bela ベーラ〈美しい〉,granda グランダ〈大きい〉)の比較法も,英語から類推できる(比較級と,優級つまり最上級とがあり,優等比較・劣等比較・同等比較がある)。形容詞の数と格は,名詞のそれと一致する(例:belaj floroj〈美しい花(複数)〉,belan floron〈美しい花を(対格)〉)。これは英語のみの学習者には少々負担であるが,フランス語,ドイツ語,ロシア語などの学習者にはそう困難でもない。なお,この点を改正しようとする試みもあったが挫折した。副詞は原則としてすべて-eで終わる(例:grande グランデ〈大きく〉,bone ボーネ〈上手に〉)。動詞の活用体系はインド・ヨーロッパ語的であり,表にみるようにまったく規則的であるから,英語から入りやすい。前置詞は,たとえば英語のonのように後ろに続く語句によってさまざまな意味(接触,方向,原因,手段,関係,累加など)をもちうるのではなく,〈一定不変の意義〉をもっている。数詞,代名詞,関係を表す副詞は,整然とした体系を有する(いわゆる〈相関語表〉はとくに有名。日本語のこ・そ・あ・どに似た体系性がある)。

 語彙については,英語をある程度知り,フランス語の初歩を知り,ドイツ語を少々知っている人にはほとんど見当がつく。あとは独特の語形成法を知ればよい。語彙において英独仏以外の要素はごく少ないが,代表的なものは疑問詞ĉu(チュと発音し〈か(どうか)〉の意。ポーランド語czyからとったと推定される)と,英語のandの意のkaj(おそらくギリシア語kai〈そして〉から)がある。語形成法の例をあげると,〈小さな少女〉はmalgranda knabinoという。granda(形容詞)は〈大きい〉で,〈小さい〉は否定の接頭辞mal-(フランス語mal〈害悪〉を想起させる)を加えてmalgranda(〈大きくない〉つまり〈小さい〉)という。〈少年〉はknaboであり(ドイツ語Knabe〈少年〉を想起させる),-in-は女性を表す接尾辞であり(ドイツ語において-inで終わる名詞は女性名詞),-oは名詞語尾である。

 らんぼうに言えば,5分間の学習でどのような言語かだいたいの見当はつく。もちろん文法にも細目があり,語彙も確実に知らなければ使えないから,毎日学習して一月はかかるであろう。しかし不規則性ができるだけ排除され整然としているから,ふつうの〈自然語〉より学びやすい。ただし,この規則性・統一性は人為的なものであるから,絶えず中心機関(具体的にはエスペラント・アカデミーAkademio de Esperantoという委員会)で規制していなければならない。そうでないと,英語なまりのエスペラントや,日本語なまりのエスペラントができてしまう。エスペランチストは,複雑さを言語の本質と考えず,簡単な規則性こそ言語にとってプラスだとする。

 こういう,人為的に考案され規制された言語に対する非難の一つは,生きていない,微妙なニュアンスが欠ける,人工的で芸術性がない,というものである。ザメンホフはこの点に留意し,自分の手でシェークスピアの《ハムレット》や,旧約聖書の一部(現在は旧・新約全体の訳がある)をエスペラントに訳し,その優秀性を証明しようとした。現在までに日本文学からも《万葉集》,芥川竜之介,川端康成をはじめ多くの作品にエスペラント訳がある。芸術性の評価はむずかしいが,これらのエスペラント訳が多くのエスペランチストたちの心に訴えてきたことは否定できないだろう。また,エスペラントが〈生きた〉言語であるためには,単語の面で時代即応性をもつ必要がある。新しい事物,概念等を表すことばは,随時エスペランチストによって案出されていく。たとえばコンピューターはelektrona kalkulilo(電子・計算・機械)とかkomputeroとしている。しかし,各人,各国の新語をすべて認めていたら,〈自然語〉と同じようにことばが通じなくなってしまうから,先のエスペラント・アカデミーが各国,各民族の独自性にも配慮しながら,適宜それらを公認しまた廃止,統一していく。だが,それでも現在,〈西側〉と〈東側〉で若干のテクノロジー・軍事用語が異なるのはやむを得ぬことであろう。各民族語独特の単語は,エスペラントでも用いられ,〈下駄〉はgetaoj(-oは名詞,-jは複数(左右二つある)を示す),〈河童〉はkapaoとなる。

 エスペランチストは,エスペラントが〈人工語〉であり〈自然語〉に対して劣る,という批評に反対する。彼らによると,どんな言語もまったく〈自然的〉ではなく,社会・文化的な産物であって,多少とも意識的に維持されてきたとするのである。確かに〈自然語〉に比べれば,エスペラントは人工性が高い言語であるかもしれないが,それは相対的なもので,そのことがエスペラントを普及していく上で致命的であるとは考えにくい。エスペラントの普及を阻む最大の障害は,今まで論じてきたような,さまざまな問題はあるものの,やはり根本的には〈わが仏のみ尊し〉とする人の心の偏狭さ,非寛容にあろう。現実に国際的コミュニケーションの場で広く用いられている英語も,文化的プラス面とは裏腹に,これを話す支配層と,話さない被支配層の差別に役立つことがしばしばある。人間にハンディキャップを課し,それにより差別する,という心はいろいろの悪を生む。エスペランチストはそのことに反対し,理想主義的な言語的平等主義,国際的平和主義を説くのである。エスペラントの強さも,その弱みも,みなその理想主義のなかにある。
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百科事典マイペディア 「エスペラント」の意味・わかりやすい解説

エスペラント

1887年にザメンホフが公表した人工の国際語。母音5,子音23,1字1音の原則に従いアクセントの位置は一定である。語彙(ごい)はロマンス語系を中心に当初は900語から成り,少数を除いてすべて多音節語である。文法は容易で規則的,表現に弾力性がある。エスペラントは異なる文化や言語をもつ人びとがたがいに対等な立場で共通の言語を使うことで国際平和に寄与しようというザメンホフの思想に基づいて創られた。そしてその実用性と,その理想に共鳴する熱心な支持者を得たため,国際語の試みのうち唯一,現在まで残り,支持者(エスペランチスト)は現在世界中に約100万人程度いる。しかし,現実の国際社会での通用度は低い。
→関連項目黒板勝美

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世界の主要言語がわかる事典 「エスペラント」の解説

エスペラント【エスペラント】
Esperanto(エスペラント)

ポーランド生まれのユダヤ人、ザメンホフが1887年に考案した国際語。エスペラントは「希望する者」を意味する。ラテン文字を使い、1字1音(字母は28)、名詞はo、形容詞はa、副詞はeで終わり、名詞の格は2つ、動詞はすべて規則変化とするなど、習得の容易さがめざされている。語彙(ごい)は多くがイタリア語フランス語ラテン語や、英語ドイツ語など、ヨーロッパの言語をもとにつくられている。民族や大国・小国の違いを超えてすべての人々が平等な立場でコミュニケーションできるようにとの理念が共鳴者を得、今も世界各地でエスペラントの普及をめざす運動が続いている。日本では日本エスペラント学会(1919年創立)が精力的に活動し、同学会が加盟する世界エスペラント協会は国際連合やユネスコと正式な協力関係にある。

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旺文社世界史事典 三訂版 「エスペラント」の解説

エスペラント
Esperanto

1887年7月,ユダヤ系のポーランド人医師ザメンホフが発表した人工的な国際語
アルファベットは28文字,母音はA・E・I・O・Uの5音,子音は23音である。ラテン語系のヨーロッパ語を合理的に整理して考案したもので,世界エスペラント協会(本部オランダのロッテルダム)を通じて普及運動が行われている。

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世界大百科事典(旧版)内のエスペラントの言及

【国際語】より

…1922年にE.deバールが発表)などがあるが,いずれも成功しなかった。〈エスペラント〉は1887年にザメンホフによって発表された,今日まで残る唯一の人工国際補助語である。しかし,それも創始者の理想に反して,現在の使用範囲はごく限られている。…

【ザメンホフ】より

…今日もっとも広く使用されている人工語・国際語エスペラントの創始者。ユダヤ系ポーランド人でワルシャワの眼科医。…

※「エスペラント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」